Breaking God 取引6 〜網代恒一〜
即席の長いトンネルを抜けると掃き溜めだった。
「うわ臭っ」
思わず鼻を摘まむ。
生臭いし油臭い。
あと何か、生乾きの雑巾みたいな臭いもする。
薄暗い室内には、壊れた木箱や樽、腐りかけの棚が雑然と転がっていた。
『廃墟か?ついてるな。これも祖霊のお導きだ』
「嫌がらせでは?」
いやまあ、見つかりにくい場所がいいってのは分かるんだけど。
こちとら犯罪者&怪物様御一行だ。
善良が服着て歩いてると言われる俺もセットでついてるとはいえ、流石に相殺とはいかないだろう。
転がっている木箱のうち、比較的綺麗なものを2つ選んで並べる。
背負っていたカルミナを片方に座らせ、俺も向かいに腰を下ろした。
「そんで、こいつらどうする?」
穴の方を指差す。
怪物、狼、デカ蜘蛛、鳥鹿。
多種多様な魑魅魍魎が揃っていやす。
折角街へ入れたところで、こいつら引き連れて出歩けば悪目立ちどころの騒ぎじゃない。
パニックホラーの幕開けだぜ。
「てかさ、普通どうしてんの?街中に魔物とか入ってこないわけ?」
『これだけの都市だからな。間違いなく魔物除けの結界が張られてる』
「ほーん……って、あれ?じゃあこいつら入れなくない?」
振り返れば、穴の下からつぶらな瞳(洗脳済み、虚ろ目)でこちらを見つめる"小鬼"達と目が合った。
うふふふ、夢に出そうだわ。
『そこのお前。こっちへ来い』
カルミナが一番手前にいた“小鬼”へ手招きし、呼ばれた奴が穴からのそのそと這い出してくる。
普通に入れた。
「入れんじゃん」
『城壁下部をくぐった時点で結界も越えてる。エル・ティオの力を借りて正解だった』
「結界ザルぅ……」
『人の結界と地底の王を比べるな』
怒られてしまった。
『"醜鬼将"と"小鬼"数体は連れていこう。ローブでも着せれば隠せるだろ。他は基本、穴の中かこの廃墟で待機だな』
「見つからない?」
『<認識阻害>はかけ直すが……確かに効力も時間も心許ないか』
ぶつぶつと考え込むカルミナ。
俺は俺で別の問題を考えていた。
こいつらの餌、どうしよう。
街の外では勝手に動物狩ったり木の実採ったりしてたので、今まで気にした事も無かった。
人狩りいこうぜ、なんてモンスターがハンターする展開は避けたい……。
「なあ、カルミ――」
『よし、まずは山羊の血を手に入れるぞ』
タイミング悪く、俺が食料について相談しようと口を開くのとほぼ同時にカルミナも言葉を発した。
「……餌用?」
『いや、呪術用』
なんでもより高度な<認識阻害>を使うための触媒に使うらしい。
「ヤギの血なんてどこで手に入れるんだよ」
『肉屋に決まってるだろ。普通は捨てる物だから大抵格安で買える』
精肉店か。
基本通販かコンビニしか使わない俺にはない発想だ。
『ここは港町だが、門前に家畜を連れた奴がいた。これだけ大きな都市だ。交易も盛んなのかも』
「なるほど」
そういえば、荷車に野菜を山積みにした商人ぽい人もいた気がする。
人が集まれば、物も集まる。
当たり前の話だ。
「じゃあ肉屋行けば、こいつらの餌もどうにかなるかな」
売り物にならない筋肉や内臓でも安く買えれば十分だろう。
“小鬼”どもは雑食だし、狼と蜘蛛も生肉なら文句は言うまい。
食料問題、意外とあっさり解決――
「あ」
大事なことを忘れていた。
「金は?」
『ん?』
「いや、だから金。俺こっちの世界の金なんか持ってないぞ。カルミナって今いくら持ってんの?」
カルミナが、不思議そうに首を傾げた。
『持ってないが?』
「Oh……」
日本人と野蛮人。
文無しが2人。
しかも扶養家族50体に加え、ペットも50匹以上。
「終わった……エンゲル係数が殺しにくる……」
『何言ってるのか分からんが、売れる物ならあるだろ』
「……へ?マジで?」
思わず身を乗り出す。
廃墟に金目の物でもあったか?
いや、まさか……カルミナの手持ちから高価な品でも売ってくれるつもりなのか?
それは申し訳なさと共に、何だか胸の奥がじんわり温かくなるような優しい感情を俺にもたらした。
すまないカルミナ……!
今は甲斐性の無い俺を許してくれ……!
いつかきっと、ビッグになって幸せにしてやっからな……!
泣きながら抱きしめようとした、その瞬間。
カルミナがにやりと笑い、人差し指を俺に突きつけた。
『お前の幻覚剤を売るぞ』
◇◆◇
曰く、俺が今までダークウェブで取り寄せた薬物の中には、呪術の触媒には使えない、混ぜ物の多い低品質なものもそれなりの数あるらしい。
今回売るのはそういった品。
「へへっ……毎度」
人生初の麻薬取引は、廃墟から歩いて数分の距離にあった故買屋であっさり終わった。
店を出る。
細い路地。
傾いた木造家屋。
頭上には、後から増築したと思われる渡り廊下や物干し台が複雑に張り出している。
表通りへ向かう路地にはところどころ石段があり、奥へ進むほど辺り一帯が沈んでいくような造りになっていた。
どうやら俺たちの穴が繋がったのは、街の発展から取り残された旧港区――要するにスラムらしい。
カルミナ曰く、あの廃墟も昔は魚から油を採ったり、保管したりするための蔵だったんじゃないかとのこと。
道理で臭いわけだ。
歩きながら、さっき受け取った小袋を開く。
中には大小いくつかの硬貨。
一番高そうなのは銀色のやつ。2枚入ってる。
売ったのは呪術に使用できない低品質な薬物だが、この世界で薬に溺れたい連中からすれば十分すぎる代物らしい。
故買屋にはだいぶ買い叩かれたそうだが、当面の買い物には困らない程度の額は貰ったとの事。
銀貨を1枚摘まみ、空へ透かしてみる。
「これが異世界マネーかぁ……」
薬を売って得た金だ。
当然こっちの世界でも違法。
誰かの不幸が、この手にある。
そう考えると、もう少し何か感じてもよさそうなものだが……実感が湧かない。
夢でも見ているような気分だった。
『おい馬鹿。こんな場所で金を見せびらかすな』
「うわっ、さーせん」
慌てて袋へ戻し、懐へしまう。
迂闊だった……やっぱ俺、思ったより動揺してるっぽいな。
現在は故買屋の店主に教えてもらった肉屋へ向かっている。
肉屋と聞いて精肉店を連想していたが、どうやら屠殺場らしい。
朝の市場へ出すために、夜のうちに捌いているのだとか。
ちなみに、俺とカルミナは土で汚れた白い布を外套代わりに頭から被っている。
護衛として連れてきた“醜鬼将”と三匹の“醜小鬼”は、染みだらけのフード付き作業着姿だ。
廃墟を漁っていたところ、古びた作業着が何着か見つかったのだ。
“小鬼”が着るにはオーバーサイズもいいところだが、逆に言えば身体を隠すには十分使える。
肉壁への着用は確定として、指名手配犯も目立たないに越したことはない。
「カルミナも着たほうがよくない?」
そう提案したところ——
『絶対に着ない』
即答だった。
「いやいや、見つかったら困るじゃん。その刺青とか絶対目立つし」
『これは私のアイデンティティだ。むしろ世界に見せつけてやる』
こじらせたヤンキーかな?
……いや、日本ではちょっとまだ受け入れ準備が整ってないだけで、昨今流行りの多様性的な思想に則れば刺青くらい普通なのかもしれない。
相手を理解する努力が必要とも聞くし、ここは1つ真剣に話し合いを行わねば——そんな人道支援団体も絶賛の優しさを炸裂させて問いを重ねてみたところ、作業着がカビ臭くて気に入らないだけ、という事が分かった。
「捕まるよりマシだろうが!ちょっとくらい我慢なさいよ!」
『やだ!絶対やだ!むしろコウイチが着ろ!その珍妙な服装のほうが目立つ!』
「ち、珍妙……!?」
改めて自分を見る。
転移前から着っぱなしの部屋着。
……否定しづらい。
「はぁ……分かったよ、着るよ」
こんな事で揉めてるのも時間の無駄だ。
俺が着れば、カルミナも諦めて着てくれるかもしれない。
そう思って作業着を手に取り——そこで気づいた。
作業着の内側がカビだらけだ。
しかも近づいて初めて分かったが、日焼けして色落ちしてるのかと思ってた部分は、どうやら魚油か何かの染みらしく、腐った魚の臭いまで染みついている。
「……ごめん」
『分かればよろしい』
その後、どうするか少し悩んだが、ペリュ車の幌がある事に気づいた。
トンネル作業で使ったため土まみれではあるものの、魚油まみれよりは百倍マシ。
適当に切り分け、頭から被れるようにしたものを2着分作る。
俺とカルミナが外套代わりに纏うことにした。
作業着は“小鬼”共へ。
『顔と体さえ覆ってしまえば、ぱっと見では分からん』
この世界には小人系の種族も珍しくないらしい。
言われた通り、深くフードを被せてみる。
染みだらけで悪臭を放つローブを纏い、背を丸めて歩く小柄な人影。
背を丸めて歩く、小柄な人影。
日本なら児相へ通報待った無しだが、この辺りの薄汚れた街並みに紛れると、割と馴染んで見える。
俺とカルミナは商人。
“小鬼”共は俺達が雇った下男。
そういう設定で行くことになった。




