Breaking God 取引5 〜網代恒一〜
俺の思いつきから始まった城壁突破作戦——その名も『The Great Entry』は驚くほど速やかに実行へ移された。
作戦名は昔見た映画タイトルのオマージュだ。
本家が脱走だったのに対し、俺たちは逆に街へ侵入するわけだが。
ただ一点気になるのは、俺の記憶が正しければ元ネタでは1年くらい穴掘ってたはず……流石にそんなに待てないぞ。
なんとか一週間くらいになりませんかねぇ、と揉み手で尋ねてみたところ、絵空事だと吐き捨てられてもおかしくない俺の妄言を、稀代の呪術師様は容易く飛び越えた。
『1日だ。明日の夜には街に入るぞ』
カルミナはそう宣言し、俺たちが潜む涸れ川一帯へ、念入りに<認識阻害>をかけ直す。
次いでその場へしゃがみ込み、足元の土を掬い上げ、酒を垂らしてこね始めた。
ちなみに酒は”小鬼”集落に戦利品として樽入りで転がっていたものだ。
暫く後、出来上がったのは小さな人形。
ずんぐりと太った身体。
不格好な手足。
目と鼻と口には、ぽっかりと深い穴が穿たれている。
なんというか、小太りのおっさんみたいな見た目だ。
『コウイチ、煙草を持ってたな。一本よこせ』
「えぇ……」
こんな状況だ。
煙草だって貴重品である。
正直1本たりとて渡したくないが、何か呪術に必要なんだろう。
今唐突に喫煙願望が目覚めたわけではないはず。
黒地に金の意匠が施された箱から、紙巻き煙草を一本取り出す。
違法サイトに普段吸ってる銘柄がなかったので、箱が格好いいという理由だけで買った一品だ。
……煙草のジャケ買い。
昔の映画に影響され、格好つけて煙草を吸い始めた痛めの大学時代を思い出す。
恥ずかしい。
あの頃から何も成長してない。
しかも、煙草によく似た別種のハーブまで当たり前のように同梱されており、届いた直後は全部まとめて投げ捨てたくなった。
高かったから絶対捨てないけど。
『あと幻覚剤もくれ。植物から作った、白くて舌が痺れるやつ』
ナチュラルにドラッグ要求してくるのほんとやめて欲しい。
そしてそんな環境に慣れてしまった俺自身の高すぎる適応能力が恨めしい。
しかし、薬物の種類なんざ聞かれても分からん。
手持ちから白っぽい粉が入った袋を適当に並べる。
『ん、これだ』
選ばれたのは「Cocaine」でした。
透明袋に油性ペンでそう書かれている。
そういや、コカインってコカの葉から抽出されるとかなんとか。
吸引しただけで原材料わかるのほんと呪術師。
カルミナは人形の口に煙草を差し込み、コカインを鼻先へ擦りつけた。
『地底の王たるエル・ティオへ』
土人形の頭に残った酒をかける。
『地下を借りる。代価は前払いだ』
軽く掘った穴へ埋め、上から土を被せた。
――こん。
少しの間を空け、地面の下から響く音。
離れた場所から、こん、こん。
さらにその先から、こん、こん、こん。
何者かが地底を歩いているかのように、土中から音が鳴る。
カルミナは最後に音のした場所を指差した。
『あそこから掘るぞ。城壁の基礎を避けられるはずだ』
命令を受けた“小鬼”共が地面へ殺到。
爪を土へ突き立てた瞬間、固く締まっていた地面が焼き菓子のようにぼろぼろと崩れた。
「すっげえ……」
五十体あまりの“小鬼”が、凄まじい勢いで地面を掘り進めていく。
「呪術って何でもできんの?」
『そんなわけあるか』
何の気負いもなく投げかけた問いに、疲労の滲む声が返ってきた。
見れば、額には玉のような汗が浮かんでいる。
「どしたん!?話聞こか?」
『何だ急に……この呪術は本来なら鉱山で使うためのものだ。正しい手順を踏み、質のいい触媒を揃えたとはいえ、術理を無理やり拡張した反動は大きい』
「……よく分からんけど、ヤバそうなのは分かった」
どうしよう。
おろおろ。
『安心しろ。私を誰だと思っている』
そう言ってニヤリと笑うカルミナ。
ど、ドヤ顔だと……!
破壊力高すぎるっ。
城壁壊せるんじゃないか?
とか言っている間に早くも掘削の効率が落ち始めた。
掻き出した土が後方に詰まり、“小鬼”が1体、腰まで埋まっている。
「またか」
薬物で脳みそ溶けてるのか、洗脳で命令に絶対遵守だからか、あるいは単純に知能が低いだけなのか。
“小鬼”共は偶にこういうマヌケな行動を取る。
ペリュ車に張られた幌を外し、土を運ぶ袋の代わりとする。
さらに、“小鬼”共を3つの班に分ける。
"土を掘る奴"、"袋に詰める奴"、"後ろへ運んで捨てる奴"。
これだけで効率が激的に改善した。
日が明ける頃にはだいぶ進んだが、カルミナの表情は険しいままだ。
『こういう仕事は、本来なら精霊術師の領分なんだ』
地面へ座り込んだまま、カルミナが疲れた声で続ける。
『高位の土精霊を使役できる奴なら、この程度の穴は一瞬で開ける』
「一瞬!? マジで?」
ヤバすぎるだろ異世界。
映画秒で終わっちゃうぞ。
『まあ、そんな術師は滅多にいないが……並の魔術師でも<土壌軟化>を使える奴なら、呪術よりかなり効率的に土を崩せるはずだ』
「何そのしょぼそうな魔術。家庭菜園用?」
『馬鹿を言え。国によっては盛衰を左右するほど重要な術だ』
曰く、“シルヴァ森林連邦”とかいう国なら、使い手は一生食いっぱぐれないらしい。
さらに<土壌軟化>が付与された魔道具ともなれば、どんなにちゃちな品でも、小さめの豪邸が建つほどの値段で売れるとか。
しかし逆に、"ンガ・ラバン逃地"とかいう地域では絶対に使ってはいけない。
なんせ地下にあるらしい。
国として認められてはいないが、下手な小国よりも広く、住民の数も多い。
中へ入った後で<土壌軟化>の使い手だと知られようものなら、住民全員から袋叩きにされるとか。
恐るべき家庭菜園魔術。
そんな話をしているうちに、昨夜まで固く閉ざされていた大門がいつの間にか開いていた。
荷を積んだ馬車。
背に大袋を担いだ旅人。
鎧を着込んだ門兵さん。
バズった直後のスイーツ店レベルの行列ができ、人々が門の内外を忙しなく行き交っている。
思っていたより、だいぶでかめの街っぽい。
街というより都市かこれ。
「てか普通に人通ってるけど大丈夫なの?」
掘削地点を振り返る。
涸れ川の底で、醜い化物の大群が今もなおゲヒゲヒ言いながら土を掘り続けている。
多少距離あるし窪地になっているとはいえ、簡単に見つかりそうな光景だ。
『<認識阻害>かけてるからな。見えていても意識に昇らない。仮に近くまで来ても、何かあると分かってなければ気づかない』
何それ怖い。
俺が今まで見てきた景色の中にも、実は怪物50匹くらい隠れていた可能性があるってこと?
……まあ、そんな怪物が手下になってるんだけど。
「まあいいや。とりま、今のうちに寝ようぜ」
『……寝る?』
ひどく鈍い反応を返された。
マジで疲れてんじゃん。
「俺も眠いけど、カルミナの方がヤバそうじゃん。穴が完成するまで交代で寝とこうよ」
『この程度で――』
「倒れられたら困るんですけど」
言葉を遮る。
カルミナは何か言い返そうとしたが、しばらく俺の顔を睨んだ末、諦めたように息を吐いた。
『……先に寝ろ。私は術が安定してから休む』
「はいはい」
そっちから先に寝て欲しかったが、言っても聞かなそうだ。
出会って日は浅いが、割と頑固な性格なのは分かってきた。
ペリュ車へ戻り、荷台の隅に身体を横たえる。
板張りの床。
獣と土と、微かに残る血の匂い。
さらに幌を外したため、日光を遮るものがない。
快適とは言い難い。
それでも目を閉じると、不思議なくらい眠気が押し寄せてきた。
◇◆◇
顔のすぐそばで、何かが鳴いている。
「エ゛ッ、エりゅっ」
目を開ける。
醜い顔が鼻先にあった。
「ひっ――!」
悲鳴を上げかけ、慌てて口を押さえる。
“小鬼”が1体、荷台へ身を乗り出し俺の肩を揺すっていた。
「心臓止まるかと思った……」
最悪の目覚めだ。
バクつく心臓を宥める。
そうだよね、寝起き直後にあのビジュはないよね、うんうん分かる分かる。辛かったねーよしよし。
ある程度落ち着いたところで身体を起こす。
あちこちが痛い。
硬い荷台で寝たせいか、背中も腰もばきばきだった。
幌無しの馬車から外を見る。
太陽によく似た恒星。その最後の一片が、海の向こうへ沈んでいくところだった。
もう夜か。
「……もう夜!?」
カルミナ、あいつ……!
荷台から降りて穴に向かうと、入口前でしおしおになったカルミナが倒れていた。
「なんてこったい!おい大丈夫か!しっかり——」
『コウイチ、起きたのか』
起きたのか、じゃない。
「何で起こさなかったんだよ!というか俺を呪術で眠らせたな!?」
こちとら現代人だぞ。
フカフカのベッド以外であんなに熟睡できるわけがない。
『私が寝たら呪術が不安定になるだろうが』
「そ、そうなの?いやでも、それならせめて――」
『自分も起きていた、とでも言うつもりか?』
先回りされた。
カルミナは地面で丸くなったまま、呆れたように鼻を鳴らす。
『二人揃って無駄に消耗してどうする。お前までへろへろになったら、誰が私を運ぶんだ』
「……え?」
運ぶ?
カルミナが、こちらへ両腕を突き出した。
『疲れた。もう歩くのもしんどい』
いつもの尊大な顔のまま、子供のように手を伸ばしてくる。
『おぶって』
「…………」
何それ。
かわいい。
◇◆◇
前を行く“小鬼”の松明を追い、掘りたての抜け穴を進んでいく。
暗闇の中、俺は必死に戦っていた。
落ち着け。
落ち着け、俺。
無心。
俺は今、無心。
悟りの境地だ。
『ああ、そうだ』
耳元でカルミナが小さく呟く。
吐息が耳にかかった。
「ひゃい」
変な声が出た。
『言い忘れてたが、街では私を名前で呼ぶなよ』
「え?何で……って、指名手配犯だったな」
危ない。
完全に忘れていた。
というか近い。
近いですよ。
喋るたびに唇が耳へ触れそうになる。
さっきとは違う意味で心臓がバクついてます。
『それもあるが……そうだな。お前には聞かせておこう』
カルミナが姿勢を正す。
2つの煩悩が、俺の背中で揺れ動いた。
理性が悲鳴を上げる。
『少し長くなるが――』
そこから語られたのは、何だかすんごく壮大な話。
魔女、迷宮、世界の危機に、並行世界。
ちょっと設定盛りすぎでは?と言いたくなるような内容だった。
巨匠の手がけた超大作か、あるいはB級映画のあらすじみたいなその話は、もしかするとこの世界の命運に関わる秘密だったのかもしれない。
だが残念な事に、俺の頭には半分も入ってこなかった。
なんせ今は、世界の危機より俺の理性が危機なのだ。




