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Breaking God 取引4 〜網代恒一〜

 瞼を開くと、固まった血がにちゃりと剥がれた。

 睫毛がぱりぱりとほどけ、汚泥に沈んだ意識が晴れる。

 

 二畳ほどの狭い部屋。

 天井の硝子灯が明滅し、薄汚れた部屋を途切れ途切れに照らしている。

 

 部屋にあるのは、硬い椅子がひとつだけ。

 そこに俺は座っていた。

 

 膝の上と、足元にひとつずつ。

 人の死体が転がっている。


 壁と床に飛び散った血は、ほとんどが黒く乾いていた。

 気を失った後、かなりの時間が経ったようだ。


 「ひゅ……ひゅぅ……」


 呼吸をするたび、両頬に開けられた穴から耳障りな音が漏れる。

 両頬と舌を何度も針で貫かれたのだ。

 

 鼻で息をしようにも、潰れた骨は空気を通さない。

 代わりに、焼けるような痛みと生臭い血の匂いが脳天まで突き抜けた。

 

 手元でカタカタと音が鳴っている。

 視線を落とすと、俺の右手が震えていた。

 黒い拳銃(・・)を握ったまま、止まらない。


 見覚えがある。

 俺が買った銃。

 俺が取り出して、俺が狙って――


 膝の上で、男の頭がずるりと傾く。


 「……あ」


 開いたままの目がこちらを向いた。

 さっきまで俺を殴り、針を刺し、笑っていた男。


 気づけば銃口を向けていた。

 指が再び引き金に触れる。

 

 「ち、ちが」

 

 乾いた音が弾けた。

 肉が跳ねる。


 違う。

 違うんだ。


 殺されそうだった。

 仕方なかったんだ。


 「おぶっ……」


 誰に言い訳してるのか自分でもわからない。

 頭でやめろと叫んでも、意思に反して指は動く。

 

 残弾を全て吐き出した後も、銃は死体に向かってカチカチと虚しい音を鳴らし続けた。


 「お゛え゛ぇ゛ぇ゛っ……」


 胃がひっくり返る。

 吐き出すものは何もなかった。

 腹の中など、とっくに空だ。

 

 口から垂れた半透明の胃液が、床の血に落ちる。

 濁りながら混ざり合い、ゆっくりと黒く染まっていった。


 ◇◆◇ 


 街道を見つけた後。

 俺たちは数日かけて出発の準備を整えた。

 

 街道を徒歩で歩く、なんて面倒な事はしたくない。

 至極真っ当な俺の主張には、どうやらカルミナも賛成らしい。

 初日に遭遇した羽を持つ鹿の魔物——”影翼鹿(ペリュトン)”を呪術で従え、これに乗って行こうと提案してきた。


 「乗れるわけないじゃんww怖すぎなんですけどwww」


 デカい生き物とか無理に決まってんだろ。

 中型犬がボーダーラインだ。

 

 笑いながら放った至極真っ当な主張は、どういう訳かお気に召さなかったらしい。

 拳と一緒に、馬車移動という代替案が飛んできた。


 「|はんへいへふ(賛成です)」


 張れた頬を撫でながら答える。

 可愛い顔してやっぱり野蛮だ。

 すぐ暴力に訴えるのはどうかと思います。

 

 馬車なんてどこにあるのか、という疑問はすぐに解決した。

 薬物洗脳した”小鬼(ゴブリン)”共の集落で、物置棚として使われていたのだ。

 どこから持ってきたのか知らないが、人間から奪った戦利品らしい。


 ”影翼鹿(ペリュトン)”もドラッグで従えたのかと思ったが、どうやら違うようだ。

 

 こいつらには、生まれつき"影"がない。

 人型の生物を殺し続けることで一時的に人の姿をした影が生え、種としての格が上がるのだという。

 

 そんなトラウマもののメガ進化を、カルミナが呪術によって再現&永続化。

 見返りに服従を求めたとの事。


 こうして俺たちは”影翼鹿(ペリュトン)”が曳く馬車——鹿車、いや鳥車か?……ペリュ車でいいか。ペリュ車を手に入れた。

 

 

 『こんな事で足が手に入るとは嬉しい誤算だ。冒険者の死体から影を剥ぎ取ってくっつけるだけの簡単な作業だぞ?粘土遊びと同じ、子供でもできる』

 「できてたまるか」

 

 ……できないよね?異世界さん。

 

 死んだ人間の影だと思うと不気味ではあるが、背に腹は代えられない。

 一日歩きっぱなしなんてことになれば、煙草と恋人関係にある俺の肺はご臨終待ったなしだ。

 

 従えた”影翼鹿(ペリュトン)”は全部で4体。

 ゲリラ部隊の1つに、出発まで人間の死体を探すよう命令していたが、見つかったのがそれだけだった。

 

 2体は馬車の牽引用。

 残る2体は、同じく2体いる”醜鬼将(ロット・ホブ)”の騎獣に回した。


 「レりぃぃイイイいいイ!」

 「エるぁ!おボびゅっ!」


 喜ぶ姿がキモくて怖い。


 人里を探すにあたり、護衛&もしもの時のおとりとして、”小鬼(ゴブリン)”共を何体か連れていく事にした。

 ”醜鬼将(ロット・ホブ)”の1体は確定。

 

 もう1体は森に残して拠点の防衛と周辺探索を任せる。

 

 街道が見つかったとはいえ、その先に何があるかは分からない。


 なんせ街道の両方向へ走らせたゲリラ部隊がまだ帰ってきていないのだ。

 このまま待ってもよかったが、森を出る準備のほうが先に終わってしまった。

 

 どこかで野垂れ死んでいる可能性もある。

 帰ってくるかも分からない連中を待って、さらに何日もここで過ごす気にはなれない。


 そんなわけで出発と相成ったが、何かあったときに逃げ込める場所は残しておきたい。

 田舎の実家みたいなもんだ。

 

 それに、アホみたいに広いこの森は呪術触媒の宝庫らしく、カルミナの提案で素材も集めさせることになった。

 


 連れていくゲリラ部隊だが、こいつらを歩かせるわけにはいかない。

 別に優しさからではなく、単純にペリュ車より遅いのだ。


 『出発までに騎獣を用意しろ』


 カルミナのそんな雑な命令を、哀れな奴隷共はボロボロになりながらもどうにか完遂した。

 

 淡緑色の狼の群れが、濃緑色の”醜小鬼(ロット・ゴブリン)”共の前でヘソ天している。

 カルミナ曰く、"風走群狼(ゲイルランナー)"と呼ばれるこいつらは、森から少し離れた草原に生息する魔物らしい。

 

 さらに——


 「ま、麻辣(マーラー)ばかデカ虫……!」 

 『おお、こいつを狩れるなら戦力にはなるな』


 えぐみがえぐい麻辣(マーラー)ばかデカ虫こと、巨大蜘蛛が3体。

 "風走群狼(ゲイルランナー)"同様、”小鬼(ゴブリン)”共に手懐けられていた。


 どうやったのか問えば、何言ってるのかさっぱり分からない耳障りなだけの鳴き声と共に、身振り手振りで説明してくれた。

 餌と暴力で従えたらしい。

 

 ばかデカ蜘蛛はカルミナもこの森で初めて見た魔物らしく、種族名までは知らなかった。

 ただし、1体で見習い教会騎士3人分ほどの強さはあるという。

 

 教会騎士って何?

 とは思ったが、自分で言いながら勝手に機嫌を悪くしていたので聞かない事にした。


 とりあえず、ウチのゲリラ兵共は集団戦なら騎士モドキさん3人を相手取れる戦力らしい。


 

 そんなこんなで、出発したのが2日前。


 現在、俺の前には巨大な街を取り囲む城壁が聳え立っていた。

 城壁に設けられた大門は、俺たちの来訪を拒むかのように固く閉ざされている。

 

 「いや閉まってんじゃん」

 『あたり前だろ。何時だと思ってるんだ』


 ラップトップを開く。

 煌々と輝く文明の利器が顔面を照らし、時間という名の絶対の指標を俺に突きつけてくる。

 

 AM2:00。

 日本ならコンビニ行くか迷ってる時間だが、残念ながらここは異世界。

 こんな時間に門は開かないし、夜中にラーメン食べたくなっても我慢するしかないらしい。

 どうやって生活してるのか謎だ。


 「てかさ、俺らなんで隠れてんの?」


 街道から外れた涸れ川の底。

 街道移動中にもかけ続けていた認識を阻害する術とやらを再度張り直し、俺たちは土手越しに街の門を窺っていた。


 『本気で言ってるなら、私はいよいよお前の正気を疑うぞ』


 そう言って、美女が背後に目を向ける。

 合わせて俺も振り返れば、屈強な”醜鬼将(ロット・ホブ)”と、配下の”醜小鬼(ロット・ゴブリン)”50体強。

 さらにはそれらの騎獣共が、雁首揃えて俺とカルミナに頭を垂れている。


 「……やっぱ、こいつら従えてんのって不味い?」

 『あたり前だろ』


 ですよね。

 正直予想はついていた。


 森での生活中は、遭遇した人型生命体が"醜悪な怪物(ゴブリン)"と"麗しの蛮族(カルミナ)"だけだったので、法律とかマナーとか無さげな世界かもと考えていた。

 

 だが街道はちゃんと整備されてたし、眼前の城壁は地球でも数百年後には観光名所になってそうな堅牢な造り。

 蛮族に作れるとは思えない。

 

 それに城門脇の物見櫓には、鉄製らしき鎧に身を包んだ門番が直立不動で立っている。


 「こいつら撤収させて、俺とカルミナだけ街に入るのは?」

 『却下だ。街中が安全だと思ったら大間違いだぞ』


 た、確かに……!

 完全に盲点だった。


 ようやく見つけた文明社会。

 風呂入りたい欲求と、ベッドで寝たい欲求に冷静な判断を奪われていた。


 やはり護衛は必須。

 聞けば『従魔登録』なる制度もあるらしいが、”小鬼(ゴブリン)”種は対象外だという。

 

 そうなると朝まで待って門が開いてから入る、というのも無理か。

 

 『そもそも私は指名手配犯だ。堂々と門から入れるわけないだろ』

 「………………は?」


 待て待て待て待て!

 どういうことかと肩を揺らして問いただす。


 どういう事なの!

 肩ちっさいね!

 お肌すべすべ!


 『"玄甲族(トータス)"の一団を教会の収容所から逃がしたんだ』

 「"玄甲族(トータス)"?」


 どうやら、アニミズム信仰が根強い亀の獣人らしい。

 教会とやらに異端認定された村が襲われ、住民の多くが収容所へ送られた。

 難を逃れた者が以前から村と交流のあったカルミナを頼り、彼女は収容所を襲って一団を逃がしたのだという。


 「つまり虐められていた亀を助けたと……」

 『そうなるな。ついでに追っ手を殺したが』


 ……まあ、うん。

 ホロコーストはいかんぜよ。

 正義は浦島(カルミナ)にあり。


 『潜入するしかないが……呪術だとどうやっても足がつく』


 門番を見る。

 夜勤はやっぱりストレス溜まるのか、ウチの近所のコンビニ店員並みに厳めしい顔をしている。

 だがコンビニ店員と違って仕事への熱意はありそうな感じ。

 

 ワンチャンサボって寝てないかと期待したけどダメそうだな。


 「少し離れた場所から”小鬼(ゴブリン)”共に壁の内側まで穴掘らせるとか?時間かかるかもだけど」

 

 思いついた案を口にする。

 言っててアホな考えだと自分でも思ったが……いやほら、映画とかだとありがちな展開だろ?

 

 『……悪くないな』

 

 マジですか。

 まさかの採用。

 朝になるまでに超特急で木馬作らせて隠れる作戦は不要になった。

 

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