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Dear My Flower 5通目 〜藤岡辰人〜 

 長枝の横薙ぎを屈めて躱す。

 返す刃で振り下ろされた枝を弾き、間髪入れず背後へ叫んだ。


 「伏せろぉ!」


 巨枝が頭上を薙ぎ、髪を掠めていく。


 振り返る。

 4人とも無事だ。


 治癒師は弓手を抱えて後退し、斥候は精霊術師の腕を掴んで小さな体で必死に引き摺る。


 モヒカンが死んだ今、前に立てるのは俺だけ。


 だが――


 「ジリ貧だ……!」


 左手から耳を劈く絶叫。

 "小鬼(ゴブリン)"共の断末魔だ。


 "木妖(トレント)"は箒で埃でも払うように枝を振るい、結界へ群がる侵入者をまとめて薙ぎ払っていた。


 人も魔物も関係ない。

 奴にとって、この結界へ近づく者は等しく排除対象なのだ。


 俺たちがまだ生き残れているのは、数の多い"小鬼(ゴブリン)"へ攻撃が集中しているからに過ぎない。

 その数が減るたび、こちらへ向く枝は1本、また1本と増えていく。


 何か打開策を——そう考えた直後。


 「言ってるそばからか!」


 3本の枝が同時に襲ってきた。

 

 捌き切れない。

 咄嗟に腕を交差するも、3本の枝は絡み合い、拳のような形となって俺の脇腹を殴りつけた。


 「がふっ……!?」

 「デカいの!?」

  

 肺の空気が一気に押し出される。

 身体が宙を舞い、腐葉土の上を何度も転がる。


 立て。

 立たなきゃ死ぬ。


 痛む身体を無理やり起こし、転がる武器へ手を伸ばす。


 その瞬間。

 影が落ちた。

 巨枝が真上から振り下ろされる。


 避けようにも間に合わない。

 手に触れた武器を反射的に振り上げる。


 ――ギィィンッ!!


 鈍い衝撃が腕を突き抜けた。

 

 「づううっ……!」

 

 枝が止まる。

 押し負けそうになる腕へ力を込め、どうにか横へ受け流す。


 「はぁ、はぁ、なんだ……?」


 武器に違和感を覚え、視線を落とす。

 握っていたのはバスタードソードじゃなかった。


 黒ずんだ柄。

 歪な片刃。

 人骨を削り出したような、不気味な斧だ。


 まともな鍛冶屋が打った武器には見えないが——

 

 「なんだ、この斧……」


 妙に手へ馴染む。

 重心が吸い付くように定まり、重いはずなのに重さを感じない。

 

 業物だ。

 

 一振りで分かった。

 ギルド職員には悪いが、はっきり言ってバスタードソードより遥かに扱いやすい。


 体が淡い光に包まれ、打ち身の痛みが薄れていく。

 『治癒術』か。


 ちらりと後ろを見る。


 先程まで無かった筈の岩。

 その陰から身を乗り出した治癒師が、両手をこちらへ向けていた。

 

 斥候に取り押さえられるように拘束された精霊術師が、何かを叫びながら苦しげに胸を掻きむしっている。

 ……また無理をしたようだ。

 

 背後には、1本たりとも枝を通すわけにはいかない。


 再び長枝が迫る。

 縦横無尽に襲い来る枝を、斧で迎え撃つ。

 甲高い音が立て続けに鳴り、次々と弾き返した。


 「いける……!」


 踏み込み、横薙ぎに一閃。

 太い枝が宙を舞う。


 それまで弾くか払うことしかできなかった枝を、あっさりと断った。


 だが——


 「――ぁ?」


 左腕が、千切れた。

 そう錯覚するほどの激痛が肩口から指先まで一気に駆ける。


 「がぁあああああっ!!?」


 絶叫が漏れる。

 堪えきれず斧を取り落とす。

 腐葉土へ転がった黒い斧が鈍い音を立てた。


 何だ。

 何が起きた。


 腕はある。

 指も動く。

 だが身体に走る痛みは、確かに腕を引き千切られたと訴えている。


 ——その隙を、"木妖(トレント)"は見逃さなかった。


 枝が一本、ゆっくりと持ち上がる。

 先端が捻れて圧縮されるていく。


 槍だ。

 狙いは俺の胸。


 「動け、動けよ……!」

 

 歯を食いしばる。

 だが左腕を中心に広がる、今までに感じた事のない激痛が身体を縫い止める。

 

 俺が死んだら背後の仲間も死ぬ。

 思考が絶望に染まりかけた、その時。


 「ぎルるルルルァァァあァぁぁッ!!」


 咆哮が森を揺らした。

 

 空から落ちる影。

 

 翼を広げた鹿。

 その背に跨る、デカくて醜い”小鬼(ゴブリン)”——"醜鬼将(ロットホブ)"だ。


 怒りに目を血走らせ、槍を脇に抱えて一切速度を緩めずに落下。

 狙いは部下の骸を積み上げた、巨木の胴体。


 「グリィいいィァあァッ!!」


 怒りの雄叫びと共に、騎士さながらの突撃が、"木妖(トレント)"へ叩き込まれた。


 「——————————!!」

 

 痛みに悶えるように枝が揺れ、"醜鬼将(ロットホブ)"目掛けて無数の枝が伸びる。


 鹿が大きく翼を打ち、枝の隙間を縫うように旋回。

 勢いを殺さず2撃目、3撃目。


 槍が幹を抉るたび、樹皮が砕け、木片が爆ぜた。


 「————————————!!」


 怒り狂った”木妖(トレント)“が枝を暴れさせる。


 鞭のようにしなる枝が空を埋め尽くし、鹿を容赦なく打ち据えた。


 翼が裂ける。


 鮮血を散らしながらも、鹿は最後の力で高度を稼ぐ。

 その背から、“醜鬼将(ロットホブ)“が跳んだ。


 「ギリりィいァァあッ!!」


 重力に手を引かれ、巨躯が槍を振るう。

 地面へ着陸するまでに、縦一文字の傷が幹へ刻まれた。


 風を切る枝。

 地を砕く一歩。


 枝と槍が火花を散らし、互いの咆哮が森を震わせる。

 


 「怪獣映画かよ……」


 あんな奴らから逃げてたのか。

 戦おうなんて無謀にも程がある……が、どちらかが落ちれば、残った方に殺されるのがオチだ。


 この状況で生き残る方法。

 残念ながら1つしか思い浮かばない。


 「……漁夫の利、か」


 無謀を通り越し、最早ただの自殺行為に思えてくるが、やらなければそれこそ死ぬのだ。

 

 不幸中の幸いか、俺への攻撃は一時的に止んでいる。

 

 「ふぅー……」 

 

 深呼吸。

 注意が向く前に立て直さなければ。

 

 震える左腕を右手で抑え、再び斧を握り締める。


 痛みの原因は、恐らくこの斧。


 この形(ナリ)だ。

 禍々しいのは見た目だけじゃなく、何らかの効果があってもおかしくない。

 

 ……覚悟を決めろ。

 

 痛みの種類こそ違う物の、常日頃から頭痛・腹痛・筋肉痛とは友達だ。

 戦闘に身を置くベテラン冒険者やプロ探索者ほどではないにせよ、バイトのストレスで鍛え上げた痛覚耐性は中々のものだと自負している。


 「いくぞ……!」


 気合の言葉と同時、再び枝が向かってきた。


 斧頭で払う。

 痛みはない。

 

 刃で弾き返す。

 原因不明の痛みが走るが、無視できる程度。

 

 切り飛ばすのがNGなのかもしれない。

 振るった回数や角度なんかが起点になる可能性もある。


 基本は避けつつ、枝が1本だけ来たタイミングを狙って斧を振る。


 発動条件が不明な以上、激痛が走るのは余裕がある時に絞りたい。


 

 何度も枝をやり過ごすうち、こちらに向かう枝の物量がまた増してきた。

 

 左方を見る。

 "醜鬼将(ロットホブ)"の身体は既に血塗れ。


 一方の"木妖(トレント)"もボロボロではあるものの、植物系故の痛覚の鈍さによるものか、刻まれた傷に対して攻勢が衰えていない。


 このままでは……まずい。


 「治癒師!俺はいい!あいつにかけろ!」


 枝を払い除けた直後、"醜鬼将(ロットホブ)"を指差し後ろを見ずに叫んだ。


 先程から一定間隔で飛んできている治癒師の『治癒術』。

 タイミング的にそろそろ次がくるはずだ。


 俺の言葉の数秒後、燐光が"醜鬼将(ロットホブ)"を包んだ。


 「ウじゅぎゃィいィィいっ!!」

 「——————————!!」


 歓喜か、怒気か、驚きか。

 訳の分からない雄叫びと共に、再び"醜鬼将(ロットホブ)"の攻撃が苛烈さを増す。

 ”木妖(トレント)”も負けじと応戦し、俺への攻撃が手薄になった。


 ——ここだ、ここしかない。


 前へ出る。


 その瞬間、地面が隆起した。


 腐葉土を突き破り、太い根が次々と地上へ躍り出る。

 蛇のようにのたうちながら、枝と共に俺と”醜鬼将(ロットホブ)”へ襲いかかった。


 「まだそんな隠し玉が!」

 

 正面、左右、死角から。

 迫りくる枝、根、枝、根。


 それらをギリギリで躱し、弾き、払い除ける。


 「くっそ忙しいな……!」


 息をつく暇さえない。

 だが、奴も相当追い詰められているはず。

 その証拠に攻撃の精度が落ち始めていた。


 ここが正念場だ。


 「舐めるなよ化け物!」


 森を逃げ回っていた時にも思ったが、俺は冒険者になって日が浅い。

 

 魔物の討伐依頼なんて、今回受けた“小鬼(ゴブリン)”退治が初めて。

 剣も斧も、握り方すらまともに知らない。


 俺は、部下を殺された槍の名将なんかじゃない。

 精神を蝕まれながら、それでも仲間を助けるために、命を張れる英雄志望者でもない。


 なら俺は何だ?

 俺にしかない武器は、何だ?

 

 「俺はぁ——!」


 枝と根が視界を埋め尽くす。

 足を止めれば死ぬ。


 踏み込む。

 さらに一歩。

 

 俺にあるのは、ただのバイト経験だ。


 「——団体客3組を、ワンオペで回した男だぁッ!!」

 

 忙しさには、慣れている。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 業務経験が一定に達しました。

 職能欄を更新します。


 職能(スキル)

 <ピーク対応>を獲得しました。

――――――――――――――――――――――――――――――――――――


 「……は?」


 突如、脳裏へ文字列が浮かんだ。


 何だ、今の。

 職能(スキル)?

 職能って……俺の【能力(アビリティ)】のことか?

 

 困惑した一瞬の後——


 世界が静まった。


 ”醜鬼将(ロットホブ)”の猿叫。

 耳をつんざく風切り音。 

 荒れていた自身の呼吸の音までもが、遠ざかっていく。


 視界が開ける。


 今まで無秩序に暴れ回っていた枝と根の動きが、1本1本規則的なものとして認識できた。

 

 動きが妙に遅い……いや、違う。

 遅く見えているのだ。


 次に来る枝。

 踏み込む位置。

 避ける角度。

 斧を振る軌道。

 それらが組み上がり、答えだけが脳へ流れ込んでくる。


 枝を潜り抜け、迫る根を斧の腹で逸らす。

 

 別の根が足首へ巻きつこうと伸びてくる。

 踏み潰し、そのまま駆ける。


 斧頭で根を弾き、首を傾けて枝を躱す。

 足元を薙ぐ一撃を跳び越え、着地と同時に斧を振り上げる。


 枝を断った。

 左腕へ痛みが走る――が、気にならない。


 もう一本。

 さらに一本。

 痛みより先に、次の動きを考える。


 身体が勝手に最短距離を選んでいく。


 止まらない。

 止められない。


 気づけば幹まであと数歩。


 そこで——


 バキンッ、と。


 硝子が砕けるような、澄んだ高音が響き渡った。


 意識が急速に引き戻される。


 "醜鬼将(ロットホブ)"の槍が、幹の中心深くへ突き刺さっていた。


 「ルあギゃあありゃあアアああああっ!!!」


 勝利の雄叫びと共に、砕け散った琥珀色の魔石が細かな光となって宙へ舞う。


 無数の枝から力が抜けた。

 持ち上がっていた根が音を立てて崩れ落ちる。


 葉は枯れない。

 幹も倒れない。

 

 ただ——永い眠りについたように、巨木は静かに動きを止めた。


 「…………終わった、のか」


 俺の呟きに応えるように。

 槍を引き抜いた"醜鬼将(ロットホブ)"が、ゆっくりとこちらを見る。


 血走った赤い瞳。

 思わず斧を構える。

 ……だが、襲ってこない。


 互いに数秒、視線だけが交わる。

 やがて"醜鬼将(ロットホブ)"は小さく鼻を鳴らすと、静かに背を向けた。


 ふらつく足取りで歩き出す。

 向かう先は、結界の前。

 幾重にも折り重なった”小鬼(ゴブリン)”の亡骸。


 その中心まで辿り着き。

 槍を杖代わりに、身体を支え――


 「グ、ルゥゥ……げラァァァァァアアアッ!!」

 

 天を裂くように咆哮を上げ、その場へ崩れ落ちた。

 

 あとに残ったのは、風に揺れる枝葉の音だけ。

 斧を構えたまま、俺はしばらく動かなくなった"醜鬼将(ロットホブ)"の背中を見つめていた。


 「…………」


 やがて、背後から腐葉土を踏み荒らす音が聞こえた。

 背後から、駆けてくる足音が2つ。


 振り返る。

 木々の間を縫うように、斥候と治癒師がこちらへ駆けてくる。


 「デカいの!」

 「すぐに治癒を……!」


 ああ、終わった。

 守り切れた。

 

 そう思うと一気に力が抜けた。

 片手を上げ、一歩踏み出し——


 「がっ……は……!」


 全身の筋肉が悲鳴を上げた。


 千切れるどころじゃない。

 身体中が焼けるように痛い。


 受け身を取ることすらできず、腐葉土へ倒れ込んだ。


 ……そうか、<ピーク対応>か。


 疲れた体を無理矢理動かし、退勤後には動けない程疲れている。

 この感じ、正にピーク対応後のバイトと同じだ。


 「はは……」


 乾いた笑いが漏れた。

 意識が少しずつ霞んでいく。


 暗くなる視界の端。

 

 転がったままのモヒカンの生首が見えた。

 口元だけは相変わらず薄ら笑いを浮かべている。


 「……仇は」


 息を吸う。

 肺まで痛い。

 それでも、どうにか言葉を絞り出した。


 「……取った、ぞ」


 モヒカンは何も答えない。

 ただ、その締まりのない笑みは、どこか満足そうに見える。


 その顔を最後に、俺の意識は沈んでいった。

 

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