Dear My Flower 4通目 〜藤岡辰人〜
地を這う木の根が靴に絡む。
平均より大柄な自身の身体に加え、両肩にかかる2人分の重量。
一歩ごとに腐葉土が沈み、背後に足跡が残されていく。
早々に復帰した斥候は再び先頭を走り、可能な限り進みやすい道を切り拓いてくれている。
治癒師とモヒカンも問題はない。
治癒師は負担の大きい俺に『治癒術』による継続的な体力回復。
モヒカンは自ら殿を申し出、服(……服か?)に仕込んだ様々な爆発物で敵の動きを鈍らせている。
2人への信頼度が急騰中だ。
土色の顔で伸びているのは弓手と精霊術師。
逃げている間、危ない場面は何度かあった。
中でも1番やばかったのが、待ち伏せしていた"小鬼"による挟撃。
後ろばかりに気を取られていた……というのもあるが、ギリースーツで潜伏する魔物なんざ、注視していても見分けられる自信はない。
知能低いんじゃないのかよ……。
いよいよダメかと思ったその時、目の前の空間が軋み、全身を苔に覆われた巨大な熊が現れた。
「ガァァァァッ!!」
咆哮と共に振るわれる前脚。
迫っていた”小鬼“共がまとめて吹き飛ぶ。
困惑する俺たちを他所に、苔熊はのそりと首を巡らせ——
「ひぃっ……!」
鋭い視線で術師を睨みつけた。
「ご、ごめっ……ごめんなさいっ!」
泣きながら頭を下げる精霊術師。
不機嫌そうに鼻を鳴らす苔熊。
霧が晴れるように、ゆっくりとその姿が消えた直後——
「ぁうっ!ゔぅっ……!」
術師が膝から崩れ落ちた。
治癒師曰く、恐らくは無理矢理に精霊術を発動したようだ。
精霊の怒りを買い、一時的に『祟り』とやらを受けているらしい。
……頑張った奴に、重たいなんて文句は言うまい。
こいつが無理しなければ死んでいたかもしれないのだ。
「……ない……ジオカ、俺……捨て……」
弓手が何か言っている。
聞き取れたのは謝罪と提案。
俺を捨てて逃げるんだ、と。
初日に森に入って早々、弓手は罠に引っかかった。
モラルの低い同業者による嫌がらせか、あるいは罠師が回収前に死んだのか。
どちらにせよ、冒険者業界では浅層の罠に引っかかるのは、引っかかる奴の実力不足と見做されるらしい。
多分、こいつは緊張していたのだろう。
即席パーティ結成時、職員から名指しでリーダーに任命された弓手は張り切っていた。
パーティリーダー。
新人からの卒業。
長いことこの森で活動し、その実績が認められた。
成長している実感を得て、嬉しくない人間などいない。
……今、こいつは俺の事を「フジオカ」と呼んだ。
俺はこいつに名乗っていない。
俺だけではない。
弓手含め、ここにいるメンツで名乗った奴など一人もいない。
即席パーティはその時々で各人が判別しやすい呼び名をつける。
咄嗟に本名が出てこなくては困るからだ。
わざわざ名乗る事の方が稀だという。
何故こいつは俺の名前を知っていたのか。
簡単なことだ。
ギルドに登録された、各人の公開情報を読み込んできたのだろう。
誰がどんな戦い方をするのか。
どんな依頼を受けてきて、何を得意としているのか。
事前にメンバーの事を把握し、リーダーとしての仕事を全うしようとしたのだ。
「……冗談言う余裕があるなら寝てろ」
こいつの気持ちは痛いほどわかる。
吐きそうなくらい、プレッシャーを感じていたに違いない。
死にそうなくらい、不甲斐ない自分が悔しくて堪らないはずだ。
俺は、この場にいる誰よりも冒険者になって日が浅い。
戦闘、採集、探索の全てにおいて経験不足。
だが、リーダーとしての経験は、少しばかり覚えがある。
「報告、後処理、報酬の分配。街に戻ったら、あんたには面倒な仕事が山ほど残ってるんだ」
「……」
「自分だけ楽しようなんて許さないぜ、リーダー」
「……まないっ……りが……と……」
無事に帰れたら打ち上げをしよう。
まずは自己紹介からだな。
「おい、デカいの!」
先を走る斥候からの声。
まさかまた待ち伏せか、と身構えた時——
「見ろ、あれだ!結界だ!」
目の前に現れたのは、木々が開けた空間。
そこに佇む朽ち果てた建造物と、その周りを取り囲むドーム状の半透明な膜。
「突っ込むぞ!」
結界を通れるのかは分からない。
だが通れなければここで詰み。
一か八かで突っ込むしかない……!
「おおおおぉぉっっ!!」
雄叫びを上げて飛び込んだ俺たちを、結界は何の抵抗もなく受け入れた。
薄い膜を潜り抜けた感触すらない。
……これで防げるのか?
不安が脳裏を過る。
崩れそうになる膝をギリギリのところで踏ん張る。
振り返れば、木々の隙間から続々と”小鬼”共が向かってきていた。
逃げるべきか——そう考え始めた直後。
先頭を走っていた一匹が、突然足を止めた。
後続がその背中へ次々とぶつかり、群れの一角が縺れるように崩れる。
……何が起きた?
”小鬼”共はこちらを見ている。
……いや、こちらを見ているが、俺たちのことは見ていない。
血走った目で結界の膜を睨みつけていた。
「ギりゅああアア!」
歯を剥き、唾を飛ばす。
棍棒を振り上げた。
「ギャァあああッ!!」
結界へ叩きつける。
棍棒は薄い膜をすり抜け、空を切る。
それでも構わず、何度も、何度も振り下ろす。
他の”小鬼”共も同じだ。
膜に嚙みつこうとする者。
爪を立てる者。
頭から結界へ突っ込み、地面を転がる者。
俺たちを追っていたことなど忘れたかのように、群れ全体が半透明の膜へ襲いかかっている。
「……何だ、これ」
斥候が呆然と呟いた。
「多分、精神に作用する結界なんじゃないかしら」
治癒師の返答。
顎に手を当て興味深げに眺める様子からは、やはり疲れは見られない。
「感情を刺激して判断を狂わせてるんだと思う。結界そのものに意識を引き寄せられてるんだわ」
「……大丈夫なのか?物理的な障害にはなってないが」
「”小鬼”種が相手なら寧ろこっちの方が安全だと思う。本能が強い種ほど効きやすいの」
なるほど。
原理は分からないが、効いているなら何でもいい。
「……ただ、”酷鬼将”にまで効くかは分からない」
鹿に跨ってたデカいやつか。
集団に目を向ける。
後方にも姿は見えないが……だからと言って安心して良いわけがない。
「すぐに『帰還陣』を使う。弓手の荷物にあるはずだ。手分けして探——」
「ヒイイイイハアアアアアア!!死にさらせや蛆虫共がああああ!」
雄叫びが俺の言葉をかき消した。
荷物の前に屈む俺の目の前を、モヒカンが駆けていく。
咄嗟に足を掴んだ。
「ぐべああぁぁっ!」
「何する気だ!」
「るせぇデカブツ邪魔すんなっ!俺様はなぁ!英雄になるんだよお!」
暴れ出すモヒカンを取り押さえる。
目を血走らせ、唾を飛ばして叫ぶ様子は明らかに正気ではない。
まるで目の前の"小鬼"共と同じ——
「——こいつにも結界が作用している!」
背後の2人へ呼びかける。
人にも効くのか……!
「安心して。多分私たちは大丈夫よ」
治癒師が俺の肩を叩いた。
聞けば、精神作用系は『治癒術』の得意とする術らしく、この手の術は知性の有無が効き易さに影響するようだ。
「ははっ、中身まで鳥頭とはな」
斥候がモヒカンヘアーをべしべしと叩きながら言う。
懐から小瓶を取り出し、中の液体を適当な布切れに垂らした。
モヒカンの口元に当てる。
「はい吸ってー、大きく吸ってー」
「てめっ、何しや……が……」
モヒカンの力が徐々に抜けていく。
「……毒じゃないよな?」
クロロホルム的な。
あれで気絶するのはフィクションだけだと思っていたが……。
「あたり前だろ。”過酔羊”っていう、家畜魔物の小便。 ”惰眠羊”を眠り茸の餌で育てるんだ」
「……そうか」
毒と大差ない気もするが、価値観の違いに考えを巡らせている場合じゃない。
斥候が荷物から『帰還陣』を見つけ、治癒師に手渡す。
魔力を込めている間に倒れている3人を担ごう。
そう思って辺りを見回し——モヒカンが居ない事に気づいた。
「俺様はあっ!英雄だぁぜえええ!!」
再びモヒカンの雄叫び。
しかし結界の方からではない。
多量の魔力を『帰還陣』に供給するため、一時的に身動きが取れなくなっている治癒師。
そんな彼女を、モヒカンが走る勢いそのままに突き飛ばした。
「何し——がはっ……!」
次いで斥候を蹴り飛ばす。
直後。
風を引き裂く音が鳴り——
モヒカンの首が飛んだ。
「…………え?」
ドサッ、と頽れる胴体。
ニヤけた笑みを浮かべた顔が、宙を舞っている。
視線の端で何かが動いた。
枝だ。
太く捻じれた枝が、結界の中央——朽ちた建造物の方へ、ゆっくり引き戻されていく。
一本の巨木が立っていた。
地を這う根が蠢き、宙へ伸びる無数の枝が、獲物を探すように揺れる。
「ト、”木妖”だ……!」
震える声で斥候が告げる。
巨木の幹に刻まれた裂け目が、笑うように吊り上がった。




