Dear My Flower 2通目 〜藤岡辰人〜
草のいきれが鼻を刺す。
吹き出した汗が額を伝って目に入る。
滲む視界の先――鼻先ほどの距離の葉に、太い芋虫が張り付いていた。
慌てて隣に座る治癒師の口を塞ぐ。
「——っ!〜〜っ!?」
……危なかった。
一拍遅れていたら、悲鳴が森中へ響いていたかもしれない。
「来るぞ!」
茂みに隠れる俺たちの元へ、斥候役の小人が駆ける。
見た目は子供そのものだが、そういう種族なのだと一昨日知った。
「"小鬼"5匹!棍棒4に剣が1!」
「ひゃっはああああ!行くぞデカブツ!どっちが多く狩れるか競走だああ!」
「あっ、ちょっと!?作戦はっ……」
斥候が報告を終えるより早く、モヒカン頭の前衛が茂みへ飛び込む。
『精霊術』とやらを使う後衛が慌てて制止するが、当然聞いちゃいない。
……まあ、正直予想通りだ。
即席の寄せ集め。
依頼のたびに顔ぶれが変わる新人のパーティなんて、大体こんなものらしい。
嘆いても状況は変わらない。
感情を切る。
今必要なのは、現場を回すことだ。
——<段取り>を発動。
視界の情報を拾い上げる。
敵の動き。
味方の位置。
地形と導線。
脳裏で無数の手順が組み替わり、チームでの最適な動きを構築していく。
……いける。
こんなもの、金曜夜の居酒屋に比べればぬるま湯もいいところだ。
モヒカンはやる気だけは人一倍な指示を聞かないホールスタッフ。
止めても無駄。好きに暴れさせ、カバーに回る方がいい。
精霊術師はマニュアル社員。
咄嗟の対応は苦手だが、具体的な指示さえあれば意図を汲んで動いてくれる。
斥候は優秀な怠け者。
頼んだ仕事は完璧にこなすが、それ以上は絶対やらない。
出前担当のベテランさんがあんな感じだった。
怪我した弓手は戦闘不能。
治癒師も看病で手一杯。
欠勤2名。何の問題もない。
ならばまずは——
「術師、弓も多少打てるんだよな?」
「え……あ、はいっ」
倒れている弓手の傍へ駆け寄り、弓を引っ掴んで精霊術師へ押し付ける。
「走って来る先頭を牽制、いけるか?当てる必要はない」
「は、はいっ、いけます!」
欠員は今いる人員でカバー。
完璧なんて求めなくていい。
「治癒師は弓手を抱えて後退」
「了解!」
体調不良は帰すに限る。
無理されても、こっちの仕事が増えるだけだ。
「斥候、悪い。もう一仕事頼む」
「ちっ……何だよ。オレは戦闘は無理だぞ」
「煙幕を術師に1個渡してくれ。あともしもの時の逃げ場確保も頼む」
「一仕事じゃねえだろ、それ……」
ベテランへの指示は曖昧な方がいい。
必要な事だけ伝え、後は任せる。
ぶつぶつと文句を言いながら動き始めた斥候を横目に、中古で買ったバスタードソードを担ぎ直す。
「……大丈夫だ。このシフトならまだ回る」
モヒカンが暴れる前線へ、俺も駆けた。
◇◆◇
迷宮だと思ったら異世界だった。
その現実を何とか咀嚼し飲み下し、留置所の中でこれからの身の振り方を考えたのが約2週間前。
日本だろうと異世界だろうと腹は減る。
そこに人の営みがあるのなら、必然的に金も要る。
こちとら入国ならぬ入街直後に留置所送りになるような怪しい異邦人。
俺より先にこの世界へ来ていた日本人――八木さんと角田さんの勧めもあって、冒険者になった。
最初は荷運びや倉庫整理ばかり。
……と、聞いていたのだが、体格を買われて危険度低めの採集依頼が早々に回ってきた。
目的地は【哭き成りの森】。
危険な魔境だが、浅層なら新人でも何とかなるらしい。
薬草を摘み、日が暮れる前に帰る。
それを3度ほど繰り返し、八木さんたちに借りた宿代と飯代は返すことができた。
当面は冒険者として働き、金を貯める。
その先に何を成したいのかは、まだ分からない。
ただ、自分に何ができるのかということは、嫌というほど分かっていた。
ブラックな居酒屋でバイトリーダーまで任された身だ。
店のメニューと作り方は、一通り頭に入っている。
金が貯まったら屋台でも始めよう。
万灯市に並ぶ店々を眺めてそう考えつつ、その日も依頼を受けにギルドへ向かった。
「藤岡、丁度いい」
登録時から世話になっている、顔馴染みの受付職員に手招きされる。
「薬草採集だ。少しだけ奥へ入る必要がある」
いつもより危険な依頼。
その代わり報酬はいい。
悪くはないが、リスクも伴う。
返事を迷っている間に、職員が近くにいた冒険者たちへ話を回していた。
「こいつも前衛で入れる。人数は揃ったな」
「いや、待ってくれ。俺はまだ受けるとは――」
「ちょうど前衛が足りなかったんだ。受けるだろ?」
即席パーティの面々が、揃ってこちらを見る。
……ちょうどって何だ。
いつの間にか、俺は“小鬼”討伐を兼ねた採集依頼へ組み込まれていた。
「防具は訓練用のものを貸そう。武器も要るな」
職員がカウンターの奥から、使い古されたバスタードソードを取り出す。
刃には細かな傷が刻まれているが、手入れはしっかり行われている。
「中古だが拵えはいい。金は報酬から引いておく」
以前の持ち主は亡くなり、引き取り手もいないためギルド預かりになった品らしい。
提示された値段も店売りに比べて随分安い。
縁起を気にする質ではないし、金銭的にもかなり助かる。
……だが、このままでは本当に前衛として森へ放り込まれてしまう。
“小鬼”と戦った経験はあるが、それは一対一の話だ。
複数を相手にする集団戦では、勝手も違うだろう。
「悪いけど、俺は――」
「それと、この薬草は必ず別の袋へ入れろ」
断ろうとした言葉へ被せるように、一枚の紙を差し出された。
採集する薬草の図解と、簡単な保存方法が書かれている。
見たことのない種類だった。
「他の採集物と混ぜるな。傷もつけるなよ」
「そんなに扱いが難しいのか?」
「高名な薬師からの依頼でな。納品時の監査が厳しいんだ」
職員はそう説明したあと、声を少し落とした。
「持ち帰ったら他の受付には渡すな。必ず俺を通せ」
随分と面倒な薬草らしい。
興味本位で紙に目を通しているうちに、職員によって依頼は受理され、即席パーティの結成手続きも完了していた。
……仕事が早すぎる。
◇◆◇
“小鬼”5匹。
討伐証明となる耳を剥ぎ取りながら、ここへ至るまでの経緯を思い返していた。
それにしても、集団戦でも案外何とかなったな。
こっちの世界で得た謎の力——八木さんたちの言う【能力】とやらのおかげだろう。
まだ分からないことばかりだが、少しずつ使い方を掴めてきた気がする。
「……おい」
斥候の声に、思考を引き戻された。
嫌な予感を覚えて振り返る。
呆然と立ち尽くす斥候。
森を見つめるその顔から、血の気が引いていた。
「……逃げるぞ」
——小さく呟いた直後、森の奥から地鳴りのような音が響いた。




