飛空箒 航程29 〜羽田創司〜
今は亡きとある小国に、1人の少女が生まれた。
名はカルミナ。
モルガン男爵家の長女として生まれたその少女は、生まれながらに“石肌病”と呼ばれる奇病を患っていた。
体内へ取り込んだ魔素を正常に排出できず、皮膚の表面へ石のような塊となって析出する病。
多くの罹患者は蓄積した魔素に臓器を損なわれ、成人まで生き延びることすら稀だという。
男爵家は悲嘆に暮れた――かと思いきや。
カルミナはまるで粘土で遊ぶかのように、皮膚から析出した魔素の塊をこね始めた。
丸め、伸ばし、くっつける。
3歳になる頃には動物の置物を作り、5歳で使用人の顔を模した精巧な像を作った。
成長するにつれ、魔素の塊から濁りが消える。
灰色の石は半透明な玉となり、やがて淡い桃色の光を宿す。
しかもそれは、疑似的な魔石としても機能した。
異常なまでの魔素への適性。
その脂質により、本来なら命を奪うはずの奇病は天賦の才へと昇華されたのである。
男爵とその妻は娘を溺愛した。
求められれば何でも与える。
そう告げる2人に対し、カルミナが望んだのは贅沢ではなく勉学。
文字、算学、歴史に始まり、あらゆる学問を求め、教えられる端から吸収していった。
優秀な生徒に金払いの良い貴族。
家庭教師を募集する度、国内外から多くの学者が名乗りを上げ、その悉くが彼女の知性に慄いた。
異常性が最も顕著に現れたのは『術理』である。
魔術。
錬金術。
呪術。
治癒術。
召喚術。
本来なら適性によって扱える系統は大きく制限される。
しかし、カルミナは教本に記された術理のほとんどを理解し、程度の差こそあれ実際に行使してみせたのだ。
人々は彼女を称賛し、同時に恐れた。
人では作れない魔石を生み、あらゆる術理を使いこなす才女。
羨望と畏怖、そして少なからぬ嫉妬を込めて、誰かが彼女を『魔女』と呼んだ。
魔女の疑似魔石によって、モルガン男爵領は急速に豊かになる。
街灯が夜を照らし、農具や灌漑設備に術式が導入され、商人たちが魔石を求めて集まった。
しかし、富は争いも呼びよせる。
禁術を使っているのでは。
魔族と通じているらしい。
事実無根の噂は恐怖と嫉妬に大義を与え、周辺領主たちは魔女討伐を掲げて侵攻を開始。
兵力は圧倒的に不利。
それでも、カルミナの術理と疑似魔石に加え、それらの恩恵を受けてきた領民たちの結束により、モルガン領は辛うじて侵攻を退けた。
だが、一度目を退けても次が来る。
周辺領地の向こうには王国、その更に向こうには他国、背後には教会が立ちはだかる。
深謀遠慮な魔女の知性は戦乱の未来を予見した。
このまま自分が留まれば、いつか領地そのものが滅ぼされる。
そう判断し、カルミナは旅に出た。
旅路には様々な冒険があったという。
襲ってきた山賊を返り討ちにし、彼らと話し、貧困を嘆き、街道にほど近い隠れ砦を宿屋へ改装。
後年、大そう繁盛したと歴史書に示されている。
人喰い沼として恐れられていた地を干上がらせた時には、沼の底から古代遺跡を発掘。
観光地と化した。
拾った卵を熱したところ竜が孵った。
砂漠の大国から多額の報酬と引き換えに竜を譲るよう求められるが、親竜のもとへ帰すために拒否。
指名手配された。
やがて、魔女は勇者と出会う。
各地で魔王が覇を競う時代。
勇者一行が討たんとするは、人類最大の脅威と目された魔王。
カルミナは成り行きから勇者たちに協力し、気づけば仲間になっていた。
一行は長い戦いの末、魔王を討伐。
世界に束の間の平和が訪れる。
各国および教会は、勇者一行を英雄と称えた。
魔女も例外ではない。
かつて彼女の力を危険視した教会は、掌を返したように、その疑似魔石を聖なる力を宿す核――『聖核』と評した。
以降、カルミナは『聖核の魔女』と呼ばれるようになる。
畏怖と侮蔑を込めて呼ばれた“魔女”という名はこの時、世界を救った英雄の称号へ変わったのである。
その後、勇者が歴史の表舞台から身を引くと共に、魔女も姿を消した。
後世の学者たちの研究により、『聖核の魔女』の力について1つの仮説が立てられている。
カルミナ・モルガンはあらゆる術理への適性を個別に持っていたのではない。
様々な術理へ接続し、組み替えることのできる、全く別の術理を有していたのではないか。
当人がいない以上、証明することはできない。
仮説上の術理は、魔女にちなんで<魔女術>と名付けられた。
それからおよそ400年。
『聖核の魔女』は、再び歴史の裏で動き出す。
何が起きたのか、彼女以外には分からない。
ただ、彼女だけが世界の危機に気づいた。
長い思考の末、結論を下す。
——自分には対処できない。
——自分に対処できない事態なら、この世界の誰にも対処できない。
傲慢が導き出した帰結ではない。
あらゆる術理を修め、数百年を生きた者による冷静な推論。
対処できないなら、どうすればいい。
答えは1つ。
自分へ託す。
異なる世界。
異なる歴史。
異なる選択を重ねた、自分とは異なるカルミナ・モルガン。
自分にはない知識を持ち、異なる道を歩んだ自分が、答えへ辿り着く可能性。それに賭ける。
聖核の魔女は”迷宮核”を利用した。
尽きることなく魔素を生み出し、世界に満ちる魔素の源とも言われる、正体不明の核。
彼女は自らを”迷宮核”へ封じ、術理と意志と|身体的特性(石肌病)を持って、”迷宮核”を1つの巨大な『聖核』へ作り替えた。
肉体。
魂。
術理。
そして。生み出した膨大な聖核。
自らのすべてを組み込み、時空と因果を越えるための術式を発動。
並行世界に存在する『カルミナ・モルガン』が、この世界へ呼び寄せられた。
術式は今もなお稼働を続け、不定期的に各地で新たなカルミナ・モルガンが出現している。
呼び出されたカルミナたちには3つの贈り物が与えられる。
1つは聖核の魔女の記憶の一部。
1つは親指ほどの『聖核』。
そして最後の1つは、<魔女術>。
聖核の魔女が有していた『術理』への適性が、新たに芽生えるのだ。
◇◆◇
「――すなわち、君たちが見た『帆布の魔女』も、今ここにいる私も、『魔女』であり『カルミナ・モルガン』というわけだ」
そこで一度、カルミナさんは言葉を切った。
「私たちは徒党を組んでいる」
白衣の魔女は机上に置かれた桃色の結晶へ視線を落とす。
「目的は大きく3つ。迷宮核へ封じられた聖核の魔女を探し出すこと。この世界へ呼び寄せられた新たなカルミナ・モルガンを発見し対処すること」
そこまで告げて、カルミナさんは淡々と続けた。
「そして、各々が元の世界へ帰還する方法を見つけることだ」
元の世界へ帰還する方法。
その言葉に、誰かが小さく息を呑んだ。
カルミナさんは何事もなかったように紅茶へ口をつけ、こちらを見る。
「他に質問は?」
……質問。
聞きたいことはいくらでもある……はずなのだが、返ってきた話の規模がでがすぎて頭の外へ吹き飛んでしまった。
タロウさんは口に茶請けを詰めたまま固まり、ティナさんは眉間に皺を寄せて考え込んでいる。
周りを見ても、皆似たような顔だ。
――だが、長瀬さんの反応は違った。
俯いたまま、両手でカップを握り締めている。
元の世界へ帰還する方法。
森で帰りたいと叫んでいた彼女にとって、その言葉がどれほど重い意味を持つのか。
「……帰る方法は、あるの?」
掠れた声が、ぽつりと呟かれた。




