飛空箒 航程27 〜羽田創司〜
カルミナ・モルガン。
確かにそう名乗った。
八木さんと角田さんの肩を抱き、豪快に笑う女性はどう見ても俺の知るカルミナさんとは別人だ。
顔、声、体格、雰囲気。
どれもまるで違う上、性格に至っては正反対のタイプに思える。
だが、全くの別人かと問われれば、何故か即答はできなかった。
容姿や仕草なんかじゃない。
もっと根本の……目に見えない部分が引っかかる。
上手く言葉にはできないが、確かにそう感じた。
「あの、すみま——」
「帆布ァ!テメェ何度言えば分かる!?」
分からないなら本人に聞くのが1番手っ取り早い。
そう思って話しかけようとした俺の声はしかし、ギルドマスターの怒声によって掻き消された。
「帰還前に一報入れろっつったよな!?港が滅茶苦茶じゃねえか!」
わお。
ブチギレていらっしゃる。
「はぁ……?入れたじゃねえか。帰るって決めた日にウミネコで手紙送ったっつーの」
「届いたの昨日だバカ野郎!海鳥と同じ速さで戻ってくる船があるか!」
「へへっ!」
「褒めてねえよ!」
額に青筋を浮かべるギルドマスターと、照れ臭そうに鼻の下を擦る海賊のような魔女。
コントでも見ている気分だ。
「ソウジ君、ちょっとちょっと」
名前を呼ばれ、声のした方へ顔を向ける。
少し離れたところで、タロウさんたちが俺を手招きしていた。
顔には揃って困惑が浮かんでいる。
「あの人がカルミナさん?」
声を潜めたタロウさんが帆布の魔女を指す。
「聞いてた感じとだいぶ違くない?」
「いや、違います。俺が会ったカルミナさんはあの人じゃない」
「……んん?でも魔女だよ?カルミナって名乗ってたし」
「それが、俺にも何が何だか……」
同姓同名。
それどころか、どちらも”魔女”と呼ばれる特異な存在。
どうにも無関係とは思えない。
「わーったよ!次から気をつけるって」
まるで反省しているようには聞こえない声が響く。
帆布の魔女はギルドマスターに背を向けると、再び八木さんと角田さんの肩を抱いた。
「っしゃ、おら行くぞ新人ども!最初の仕事はてめぇらの歓迎会だぜ!」
「え?今からですか?ギルマスからの依頼が——」
「んなもん後でいい!依頼は逃げねえが歓迎される機会は今しかねえ!」
よく分からない理屈を叫び、帆布の魔女は2人を連れてギルドを出ようとする。
「待て!」
背後から飛んだ声に、帆布の魔女が勢いよく振り返った。
「ああ!?んだよ、いい加減しつけえぞ!」
「違う。そっちの2人に【緊急依頼】だ」
ギルドマスターが、いつの間にか手にしていた依頼書をバシバシと叩く。
「これから仕事だ。置いていけ」
「ああ?【緊急依頼】だぁ?」
帆布の魔女が眉を寄せ、ようやく2人の肩から腕を外した。
依頼書をひったくるように手に取ると、ざっと目を走らせる。
「街中に"小鬼"……?んだよこれ。結界はどうした?」
「それを今から調査するんだ。街中で見つかった上に、侵入経路も分かってねえ」
「ふーん……」
先ほどまでの雑な態度とは打って変わり、帆布の魔女の目がわずかに細められる。
依頼書を上から下まで、今度は先ほどより丁寧に読み返していく。
「期間、未定じゃねえか。どんくらいかかる?」
「未知数だが……そいつらなら、長くても半月あれば解明できる見立てだ」
「半月ぃ!?」
帆布の魔女が依頼書を机へ叩きつけた。
「ふざけんな!歓迎会の半分が終わっちまうだろうが!」
「は、半分!?」
「俺ら何日歓迎されるんすか……?」
角田さんの問いに、帆布の魔女は胸を張った。
「補給班が物資を集め終わるまでだ!大体いつも1ヶ月だな!」
「なっが」
「長いっすね……」
2人の声が重なる。
その顔は休日の夜に接待へ駆り出される父さんにそっくりだった。
「長くねえ!新人が船に馴染むまで飲ませて食わせて騒ぐ!それがうちのやり方だ!」
よくわからない伝統を主張し、帆布の魔女は舌打ちしながら依頼書を突き返す。
「他の奴に回せねえのかよ?」
「適任だから八木と角田に回したんだ。街中の調査にはこいつらの力が確実に役立つ」
不満げにため息をつき、帆布の魔女が周囲を見回す。
代わりになりそうな人間を探しているのだろうか。
魔女の視線がギルド内をゆっくりと巡り——何故か、俺のところで止まった。
正確には、俺の胸元で。
服の隙間から覗いていたペンダントを見て、帆布の魔女が驚いたように目を見開く。
「なんだお前!?」
大股でこちらへ近づいてきた。
「え?」
「そのペンダント、白衣のだろ!」
顔を覗き込まれ、思わず一歩後ずさる。
「白衣の身内か!?根暗で引き籠りなあいつに身内なんかいたのか!」
なんだかすごく失礼な事を言ってるが……やっぱり別人らしい。
通訳術式が伝えてきたのは、日本語で「白衣」を表す単語。
それが代名詞になる人物など、そうたくさん居るとは思えない。
「いや、身内というか……預かってるだけで――」
「わはははは!そうかそうか!」
まるで説明を聞いていない。
帆布の魔女は俺の背中を豪快に叩くと、そのままギルドマスターに振り返った。
「こいつにやらせろ!」
「ふざけるな!」
再びギルマスさんの怒声が響く。
しかし帆布の魔女は気にした様子もなく、虚空を見つめて何処かへ向かって話し始めた。
「あー、もしもし白衣?おう、久しぶり。え?昨日?あー悪ぃ悪ぃ。分かった分かった、次は出るから。それよりお前のペンダント持ってる奴見つけたんだけど——」
どうやら<念話>を使っているらしい。
相手が誰なのかは聞くまでもなく、話の内容から察せられる。
いきなり念話し始め、発言を無視される形となったギルマスさんは浮かんだ青筋で迷路ができそうなくらいキレている……が、話が終わるまで口を挟む気はないようだ。
「おっけー。んじゃまた……はーい、もうしつこいでーす。次は出まーす。念話切りまーす」
しばらくすると帆布の魔女は一方的に会話を打ち切り、満足げに頷いた。
「よし。問題ないってさ!」
何が?
ギルドマスターが問い詰めたところ、どうやら俺たちが依頼を受けても構わないか確認していたらしい。
結果——
「本人達が受けたいならそうすればいい。というか何故私に聞く……?」
といった返答を貰ったようだ。
……何というか、このペンダントに対するカルミナ(白衣の方)さんの認識と、周囲の認識に致命的なズレがある気がしてきたぞ。
「こいつ、白衣の助手だってさ。後ろの奴らも戦えるらしいぜ。これで解決だな!」
「そういう話じゃねえ!今回の調査には八木と角田が適任なんだよ!こいつらはさっき登録したばかりだ。何ができるのかすら、俺はまだ把握してねえ!」
「細けえなあ。白衣の仲間ならどうにかできるだろ」
帆布の魔女は、心底面倒臭そうに鼻を鳴らした。
「オレの<帆布操演>までパクりやがったんだぜ?あいつの『魔術』の汎用性は折り紙つきだ」
そう言うと、帆布の魔女は八木さんと角田さんを片方ずつ担ぎ上げた。
「ちょ、魔女さん!?」
「せめて歩かせてください!」
「うるせえ!新人は大人しく歓迎されろ!」
2人の抗議を無視し、そのままギルドの出口へ向かっていく。
扉を潜る直前、帆布の魔女がこちらを振り返った。
「そうだ、白衣が落ち着いたら店に来いってよ!」
それだけ言い残し、今度こそ八木さんたちを担いだまま出ていく。
閉じた扉を、誰もがしばらく無言で見つめる。
やがてギルドマスターが両手で頭を抱え、疲れ切った声で俺に尋ねてきた。
「……坊主。一応聞くが、お前 ”小鬼” の死骸見ただけで衛兵の調査以上に情報を掴めたりするか……?もしくは地元で何十年も暮らしてる連中すら知らねえような裏路地まで把握してるくらい、この街の地理に詳しかったりは……?」
明らかに<鑑定>と<界面地図>の事だった。
「人並み以上のことは分かりませんし、この街には昨日来たばかりです」
「だよなぁ……」
ギルドマスターの肩が目に見えて落ちる。
だが、すぐに顔を上げると、今度は真剣な目で俺を見た。
「……白衣の魔女とは会ったことねえが、多忙な方だと聞いている。俺らも世話になってる通訳術式はじめ、色々研究したり作ったりしてるんだから時間がねえのは百も承知だ」
そうなのか。
確かに、昨日も用事があるため皆との顔合わせは後日になるという話だった。
「だが坊主。さっき帆布が言ってた話が本当なら、お前、白衣の魔女の助手なんだろ?長くそばで働いてるなら、口添えできたりしねえか?」
……なるほど。
どうやら俺の予想は的中していたらしい。
「登録したばかりの新人に頼むことじゃねえのは分かってる。だが、お前から助力を頼めば、白衣の魔女が手を貸してくれたり——」
「待ってください」
真剣な声色だった。
多分このままだと新人の俺に頭を下げることも厭わない感じだ。
非常に申し訳ない気持ちを抱きつつ、俺はギルマスさんとの認識の齟齬を訂正するため、1つの事実を口にした。
「——俺も、昨日初めて会いました」
数秒の沈黙。
ギルドマスターは再び頭を抱えた。




