飛空箒 航程25 〜羽田創司〜
「それじゃ、本題に入りましょうか」
角田さんが資料を脇へ寄せ、卓上へ手をかざした。
「そうだな……【能力】からにしますか」
「ならまずは自分すね。昨日も見せたし——<界面地図>」
空中に淡い光の線が走り、半透明の地図を形作る。
現れたのはギルド内部の見取り図と、その中を行き交う光点。
一度訪れた場所とその周辺を地図として表示する。
さらに光点を色分けすることで敵味方を判別でき、地図を誰に見せるかも自分の意思で選べるらしい。
昨夜も思ったが、まるでゲームだ。
「じゃ、次。先輩」
「はいはい。あーっと……これでいいか」
八木さんが机の上に置かれていた燭台へ視線を向ける。
「――<鑑定>」
一瞬だけ、その瞳の奥に淡い光が灯った。
「青銅製の燭台。製造から18年ほど。底に製作者の印あり。右側面に亀裂。今すぐ壊れるほどではないけど、強くぶつけると危ないな」
そう言って燭台を持ち上げる。
底には小さな槌のような印。
右側面にも注意して見なければ気づけないほどの細い亀裂が走っていた。
「鉄板チートだ!」
「ラノベで見たことあるやつっす!」
例の如く、タロウさんと震明さんがやいのやいのとはしゃぎ出す。
「何でも分かるのか?」
「いや、そこまで便利ではないです」
ティナさんの問いに、八木さんは首を横に振る。
「自分が知らない概念だったり、強い術式が施されてたりするとほとんど分かりません。あと生物相手だと得られる情報も曖昧です。今のところは、物品の種類や状態を調べる程度ですね」
「それで倉庫管理を任されてたのか」
「言わないでください……」
遠い目をする八木さん。
確かに、八木さんと角田さんの能力なら倉庫業務の効率は爆上がりだろう。
使い様によってはチートだろうに……お労しや、社会人の責任感。
「そうだ、羽田くん。さっきの首飾り<鑑定>しても?」
「え?ああ、どうぞ」
ペンダントを服の中から引き出し、八木さんへ見せる。
「――<鑑定>」
細められた目に光が宿った。
数秒。
さらに数秒。
やがて八木さんは諦めたように椅子の背へ体を預けた。
「……駄目だ、何も分からん。材質も用途も製作者も不明」
「まじですか。先輩の<鑑定>で情報ゼロとかゲームなら絶対キーアイテムじゃん……何これ?」
「カルミナさ……白衣の魔女からもらいました」
「「…………は?」」
そこからは俺達の事を話した。
転移した森。
拠点を襲った魔物。
カルミナさんの研究室。
交都バルヘイムへ辿り着くまでのあれそれを大雑把に説明。
「だ、大冒険だっ……!」
「こんな事言ったら!こんな事言ったら失礼だってわかってるんですけど……!正直ちょっと羨ましいなって……!」
話し終えるなり、八木さんと角田さんは机に突っ伏して泣き始めた。
そんなに?
1ヶ月間倉庫の物品と格闘していた2人にとって、数日間の森での魔物との闘いは羨ましく思えるものらしい。
まあ、どちらが良いかと聞かれたら……どっちも嫌だな。
「ちくしょう……絶対こっから冒険してやる」
「ちなみに魔女ってどんな感じだった?」
どんな感じ……。
カルミナさんや店でのことを思い返す。
金髪。
褐色の肌。
白衣。
途轍もない技量の『術理』に、地球人類が求めてやまない箱庭型迷宮の完全利用。
加えて、共犯者やらの不穏な単語。
連想されるイメージを一言で表すなら——
「マッドサイエンティスト?」
「ダメだやばそう」
「めっちゃ不安になってきた」
これから帆布の魔女とやらの船に乗る事が確定している2人を不安にさせてしまった。
とりあえず、「悪い人では無さそうでした」と慰めにもならないフォローを入れておく。
俺の個人的な感想でしかないが……。
2人が落ち着いたところで話を再開。
「じゃあ次は、これまで会った日本人について話しましょうか」
「私たち以外にもいるんだったな?」
八木さんが頷く。
昨日、2人は俺たちで3組目だと言っていた。
「最初に会ったのは高校生の3人組です。放課後に部室から転移したと言ってました」
3人は私立校のボードゲーム同好会に所属しているらしい。
部長を務める、外国人とのハーフの女子生徒。
眼鏡をかけた男子生徒。
ほとんど口を開かない、体格の大きな男子生徒。
「俺たちがあった時は転移して4日目と言ってましたが、既に旅の準備してましたね。行きたい街があるとか」
「『まず情報を集めよう』とか、『失敗しても取り返せる行動から試そう』とか。完全にTRPGやってる感覚で笑っちゃいましたよ」
俺たち同様、3人とは万灯市で偶然出会ったらしい。
互いに日本人だと分かり、短い時間だけ情報を交換。
しかし急ぎの用があり、乗合馬車に遅れるからとすぐに街を出てしまったという。
「そのうちバルヘイムへ戻るって話でした」
「その時に改めてゆっくり話そうってことになったんですが……」
「船乗ることになっちゃったな」
八木さんが苦笑する。
いつ戻るのかわからない以上、八木さんと角田さんがその3人と再会できるかは運次第だ。
それなら俺達がその3人を待つのはどうだろう。
今後の動きはこれから相談していく予定だが、それも1つの案かもしれない——そう考えていると。
「その3人、どこへ行った?」
それまで黙って話を聞いていたガイさんが、不意に身を乗り出した。
「えっと、北へ向かうと聞きましたけど」
「……そうか」
それきり、ガイさんはまた口を閉ざした。
場に気まずい沈黙が流れる。
「それで?もう一方の日本人は?」
「え?ああ、はい。藤岡という大学生です」
ティナさんが無理矢理話を戻した。
八木さんも話を続ける。
「会ったのは10日程前ですね」
門前で大男が倒れているという噂を聞きつけ、2人で野次馬しに行ったのがきっかけらしい。
「先輩が面白そうだって」
「お前もノリノリだっただろ」
2人が門へ着いた時、噂の大男は既に目を覚ましていた。
何人もの門番に囲まれ、身振り手振りを交えながら必死に何かを訴えている。
後で聞いたところによると、何日も街道を走り続け、夜中にようやくバルヘイムへ辿り着いた直後、閉ざされた門の前で力尽きたらしい。
朝になって見つかった時には、全身泥だらけで立っているのもやっとの状態。
その上言葉も通じず、門番たちから盛大に怪しまれていた。
「近づいたらカタコトの英語が聞こえて。『アイムジャパニーズ!』とか、『エンバシープリーズ!』とか」
「それで俺たちが間に入りました。といっても、藤岡に状況伝えるのがやっとでしたけど」
突然現れた八木さんたちに対し、藤岡さんは最初こそ警戒していた。
ここが異世界だという事実を受け止めきれず、2人の事も何かの罠ではないかと疑っていたようだ。
それでも話を続けるうちに、少しずつ態度を軟化させていく。
「結局、その日は留置所に入れられましたけどね」
「留置所……」
「まあ俺たちもこの街来た初日は同じだったので。門でもどこでも、この街は交通止めると即座に衛兵が来てしょっ引かれます」
まじか、気を付けよう。
とはいえ、藤岡さんは翌日には釈放されたという。
今はギルドから素材採集の依頼を受け、バルヘイムを離れているらしい。
「登録してすぐ街の外ですよ」
角田さんが恨めしそうに言う。
「薬草探したり、魔物の素材集めたり。ちゃんと冒険者してるんすよ」
「素直に羨ましい」
2人揃って遠い目をしている。
しばし藤岡さんへの羨望に沈んだ後、八木さんが話を続けた。
「それで、野球の話で打ち解けたんです。共通の球団が好きだと分かって。歴代の選手とか、印象に残ってる試合の話をしました」
知らない世界へ放り出された者同士。
故郷の話題で盛り上がるのは自然なことだろう。
応援していた球団。
有名な選手。
記憶に残る試合。
互いに興奮しながら話し込む。
――しかし。
「すぐに違和感を覚えました。話が噛み合わないんですよ」
八木さんの声から、先ほどまでの軽さが消える。
「藤岡が当然のように口にする選手を、俺たちは知らなかった。逆に俺たちが有名選手の名前を出しても、藤岡は誰だって顔をする」
「世代が違うとか、所属球団を勘違いしてるとか、最初はその程度に思ったんすけどね」
角田さんが頬を掻く。
「引退した時期も違う。優勝した年も違う。監督の名前も違う。そもそも、同じ年に全然違う球団が優勝してたんです」
話せば話すほど、食い違いは増えていく。
野球だけではない。
過去に起きた事件。
流行した音楽。
歴代の総理大臣。
大きな災害が起きた年。
学校で習った歴史。
地名も、国名も、大まかな出来事も同じ。
それなのに、細部だけが決定的に異なっていた。
「藤岡という男の記憶違いじゃないのか?」
ティナさんの問いに、八木さんはすぐには答えなかった。
卓上へ視線を落とし、わずかに迷ってから口を開く。
「最初は、そう思いました」
その言葉を境に、室内の空気が変わる。
「でも、決定的な違いが1つあったんです」
そこで、八木さんは俺達を——いや、俺達が身に着けている武器や防具を順番に見ていく。
角田さんも同じだ。
しばらくそうした後、八木さんは深く息を吸い——
「俺と角田がいた地球に、迷宮は存在しません」
そう告げた。
「……は?」
誰かの驚きが、酒場に響いた。
思考が止まる。
八木さんが、再びゆっくりと俺たちを見回す。
「地球は1つじゃない」
静かな声だった。
だからこそ、その言葉ははっきりと耳へ届いた。
「よく似た地球がいくつも存在している。歴史や文化はほとんど同じでも、どこかで枝分かれした別の地球が」
あたり前だと思っていた前提が揺らぐ。
俺たちは全員、同じ地球から来た。
これまで疑いもしなかったその認識に、深い亀裂が走る。




