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飛空箒 航程22 〜羽田創司〜

 魔女の共犯者カヴン・メイト

 

 <念話>によって告げられた肩書には、確かに"共犯者"というニュアンスが含まれていた。


 何だ?

 どういう意味だ?

 

 そう問い返す暇も無く、ジャンクスフィアと店員さんが話を進めていく。


 『人数は9名。全員"白衣の魔女"の預かりだ』

 「承っております。お部屋は個室でよろしいでしょうか?大部屋もご用意できますが」

 『個室にしておこう。そこの大柄な男女はつがいであるが故、相部屋でよい。ベッドはキングサイズ。照明は暗め。ついでにムーディーな音楽を——』

 「おい」


 要らない気を利かせ始めたジャンクスフィアの要望を慌てて遮る。

 だが笑顔の店員さんが走らせるメモは止まらない。

 

 穏やかで温かい笑顔だが、そこにあるはずの感情は感じとれない。

 "笑顔"というテクスチャを選び、顔の上に貼り付けた。

 そんな奇妙な違和感があった。

 

 「——ねぇ、大丈夫なの?何かおっかない雰囲気の単語聞こえた気がするんだけど!」

 

 レナさんが”擬体ミミック”戦で披露した、小声のまま叫ぶというある種器用な発声方法で問いかけてきた。

 内緒話をするように口元を隠しているが、多分店員さんには丸聞こえだ。

 

 横からタロウさんと震明シンメイさんも会話に参加。


 「——いや、そっちも気になるけど普通に<念話>使ってんのすごくない?水晶ないよここ!」

 「——そうっすよ!<念話>の言葉が流暢すぎるっす!あの人がカルミナさんすか?」


 何故か2人も小声だ。

 

 <念話>というのは俗称で、様々な『術理』に該当する術が存在する。

 地球でも有名な術式だ。

 

 習得は非常に難しく、何かしらの術理に対する高い適正と長期にわたる修練が必要と言われている。

 

 確かに、街中の雑貨店で働く店員さんが何の気なく使っているのは違和感がある。


 ちらりと目を向けると、にこりと微笑む店員さんと目が合った。


 「当店は"白衣の魔女"様が開発された最新式の簡易念話用通訳術式を壁や天井の内部に刻んでおります。お客様同士の会話、従業員とのやりとり、全て<念話>にて意思疎通が可能でございます」

 

 やはり聞こえていたようで、店員さんは貼り付けたような笑顔のまま答えた。

 

 というか、すごいな。

 フリーWi-Fiみたいなノリで<念話>環境が整えられてる。

 

 「なお、暴言、呪詛、契約魔術の一方的な破棄宣言、ならびに特定の神格への挑発は自動翻訳の対象外となります」


 よく分からないが、コンプライアンスとセキュリティも万全のようだ。


 「こちらへどうぞ。足元にお気をつけくださいませ」


 そう言って、店員さんがカウンター脇の猫の置物の前で軽く柏手を打つ。

 かちり、と小さな音がした。


 一拍置き、カウンター奥の棚が音もなく左右へ割れる。

 載っていた品物ごと壁の内側へ折り畳まれる。

 現れた木製の床へ店員さんが何かを唱えると、木目がくるりと螺旋を描く。

 板が沈み、影がねじれ、灯りが木目の縁をなぞった。


 何もなかった床に、地下へ続く螺旋階段が現れる。

 

 「これウチにも欲しい」

 「ファンタジー感でてきたっす!」


 店員さんが店に飾られていたカンテラに灯を入れ、階段の先頭を歩いていく。

 テンション上がったタロウさん、震明シンメイさんが駆けるようにその後へ続こうとする。

  

 「階段から転び落ちると目的地が変わることがございます。地上へ戻れなくなりますので、手すりから手を離さないようご注意ください」

 「「……」」

 

 一気に大人しくなった2人に続き、残りのメンバーも階段を下りていく。

 最後尾は坂東夫妻。

 無表情だが茹蛸みたいに真っ赤になったガイさんと、両手で顔を隠しながらもガイさん同様耳を赤くしたティナさんが階段に足を踏み入れる。

 その瞬間、虚空から滲み出るように木板が現れ、隠し階段の入口を塞いだ

 

 『何故恥じるのだ?繁殖は有機体生物が繫栄するために必須の行為であろう?』

 「まじで黙ってろ」


 カンテラの光を頼りに、薄暗い螺旋階段を下っていく。

 しばらくすると螺旋が途切れ、円形の踊り場へ出た。

 不自然なほど何もない。

 あるのは周囲を取り囲む石壁だけだ。


 「2番扉はいかがなさいますか?」

 『軽く見せるだけでよかろう。皆疲れておる故、明日以降時間をとればよい』


 店員さんは小さく頷くと、エプロンのポケットから一粒の種を取り出した。


 黒く艶のある、小指の爪ほどの種。

 それを石壁の継ぎ目へ埋め込み、指先で軽く押し込む。


 種が淡い光を放った。


 細い根が壁の内側へ潜り込み、白い亀裂となって一面へ広がっていく。

 やがて亀裂の隙間から蔓が芽吹き、石壁を這い、青々とした葉を茂らせていく。

 店員さんがカンテラを掲げて一歩近づく。

 すると葉の一部が左右へ退き、隠されていた扉が花開くように姿を現した。


 「あ、あれも欲しい……!」

 「ファンタジー!ファンタジーっすよ!」


 鈍い音を立てながら扉が開く。

 奥には雑貨店とは似ても似つかない広大な売り場が広がっていた。


 壁一面を埋め尽くす硝子棚。

 色とりどりの薬瓶。

 勝手にページをめくる本。

 鎖で棚に繋がれた小箱は小動物のように動き回り、杖や剣は陳列台の上を魚のように泳いでいる。

 

 「こちらが2番扉——"種明かし"でございます」


 店員さんが、感情の読めない笑顔のまま説明する。


 「ご紹介を受けたお客様にのみ、魔女様方が製作された薬品、魔道具、その他特殊な商品を販売しております」


 見ているだけでも好奇心が刺激される。

 そう思って眺めていると、瓶詰めにされたナニかの眼球と目が合った。

 ……今絶対動いたよな、あれ。


 「後日、改めてご案内いたしますね」


 店員さんがカンテラを下ろすと、扉はひとりでに閉まり、伸びてきた葉がその姿を隠した。

 石の破片が吸い寄せられ、時間を巻き戻すように壁を埋めていく。


 店員さんは気にした様子もなく、床へカンテラを置き、蓋をわずかに開いた。

 中からひとひらの灰がこぼれ落ちる。


 灰は床に触れることなく宙を舞い、その数を増やしていく。

 一摘みが一掬いに。

 一掬いが一抱えに。


 渦を巻いた灰が床の上に円を描きだし、カンテラの炎が大きく揺らめく。

 

 灰の輪の中央が音もなく崩れ落ちた。

 

 下から現れたのは、さらに深い場所へ続く螺旋階段。

 段差の縁には赤い火が細く灯り、俺たちを誘うように、一段ずつ地下へ続いている。


 「これは、かっこいいけど欲しくはない!」

 「掃除大変そうすよね」


 手すりを掴み、灰の中から生まれた階段を再び下っていく。

 先ほどと違いカンテラも無い。

  床に置かれたカンテラは、螺旋階段が現れると同時に姿を消した。

 足元に積もる灰の中で、燻る余燼が光源となり、ぼんやりと階段を照らしている。


 どれだけ下っただろう。

 やがて暗闇の底に、巨大な影が浮かび上がった。


 灰色の石で造られた、のっぺりとした扉。

 表面は焼け焦げたように黒ずみ、取っ手も鍵穴も見当たらない。

 中央には先ほどのカンテラが、扉に沈み込むように埋め込まれている。


 店員さんがポケットからマッチを取り出し、火をつける。

 カンテラへ近づけると、吸い込まれるように火が硝子の中へ移り、灰色の扉全体へ細い光の筋が走った。


 「こちらが3番扉——"灰かぶり"でございます」


 重い音を立て、3番扉がゆっくりと開き始める。

 柔らかな絨毯。

 控えめな照明の廊下。

 等間隔に並んだ扉。


 異世界の宿というより、少し高級なビジネスホテルのようだ。


 「個室を8部屋ご用意しております。各部屋に鍵はございませんが、ご本人様が取っ手に触れた場合にのみ開く仕様ですので外部から侵入される心配はございません」

 「はい欲しい。一番欲しい」

 「ファンタジー感は……ないっす」


 店員さんは俺たちの反応を意に介した様子もなく、廊下の奥へ向けて手を差し出す。


 「3番扉を越える方の身分、所属、出自、過去の行いについて、当店から尋ねることはございません」


 一拍置いて、店員さんは笑顔のまま続けた。


 「審査基準はただ一つ。その方を守ることが、魔女様方の利益となるか否か。それだけでございます」


 微笑みを浮かべた店員さんが、扉の向こうで深々と一礼する。

 3番扉が、重い音を立てて閉じていく。

 

 ——どうか、裏切ることがございませんよう。

 

 閉じゆく扉の隙間から、最後にそう告げられた。

 

 貼り付けた笑顔。

 カンテラの光を映した瞳。

 

 その瞳に、初めて感情が宿ったように見えた。

 

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