飛空箒 航程21 〜羽田創司〜
祝福を受ける八木さんと角田さんの姿を背に、俺たちは冒険者ギルドを後にした。
軽く聞いた話では、彼らがこの世界に来たのは一月ほど前。
日本人に会うのは俺たちで三度目らしい。
話したいことは山ほどある。
彼らがどう過ごしてきたのか。
他の日本人はどうしているのか。
転移後に芽生えた力、彼らの言うところの【能力】の事。
食事でもしながら情報交換を――そう考えていたのだが、あの様子では難しいだろう。
指名依頼。
帆布の魔女。
大出世。
正確にその意味を理解できたわけじゃない。
けれど、あれだけの人々が沸き立つほどの出来事だ。
きっとあの2人は2人なりに、この1ヶ月を必死に生きてきたのだろう。
周囲の反応が何よりの証拠だった。
俺達もあの2人も、明日またギルドに行く用事がある。
ならそこで改めて話をしよう。
そう言って2人とは別れた。
「……それにしても」
ギルドの重い扉が閉まる。
喧騒が遠のく中、俺は思わず呟いた。
「白衣の魔女、か」
八木さんと角田さんに指名依頼を出した、帆布の魔女。
受付周りの反応を見る限り、ただの有名人ではないらしい。
そんな人物と引き合いに出されたもう一つの名前。
通訳術式を普及させた魔女。
高度な魔術を操る、白衣を着た女性。
……心当たりしかないな。
「あの、それって……カルミナさん、て人の事ですよね」
隣にいたサエさんが小声で尋ねてくる。
彼女はカルミナさん本人に会っていないが、俺やジャンクスフィアの話を聞き、同じ結論に辿り着いたようだ。
「たぶん、そうだと思います」
カルミナ・モルガン。
白衣を着た、褐色金髪の研究者。
確かジャンクスフィアの話では、俺に分かりやすく例えるなら大学の研究者……教授とか?に近いという話だった。
「その辺含めて本人に聞いてみたいね。いつ会えるの?カルミナさん」
レナさんからの何気ない質問。
声は淡々としているが、その目はどこか輝いて見える。
意外と楽しみにしているみたいだ。
『忍術』と『魔術』は別系統の術理だが、俺が熱を込めてカルミナさんの常識外れの魔術について語ったため、『術理』の使い手として興味が湧いたのかもしれない。
「早く飲んでみたい、紅茶」
いやそっちかよ。
確かに魔術と同じくらい語ったけど。
下手したら魔術より熱を込めて語ったけど。
「えっと、今日は会えないみたいです」
俺は胸元のペンダントに触れながら答えた。
中にいるはずのジャンクスフィアは、街に入ってからはほとんど声を出していない。
理由は事前に聞いていた。
——街中では必要最低限しか喋らぬ。
——特に不特定多数のサピエンスが集まるような場所ではどれだけ呼びかけても絶対に返事はせぬ。
——何処にどんな術式や設備があるかわからないからである。
——というわけで、暇だからマンガ読んでていい?
街に来る前、そんな感じで念押しされた。
「カルミナさんどうも忙しいらしくて。店に寝床は用意しとくから使ってくれて構わない、と」
「店?」
タロウさんが首を傾げる。
そういえば、その辺りをきちんと説明していなかったな。
「お店やってるらしいんですよね。転移ポータルあるようなデカい街なら大体どこにでも系列店があるとか」
「……チェーン展開?」
「……ファンタジー感皆無っすね」
震明さんの感想には共感しかないが、何にせよ宿探さなくていいのはありがたい。
とりあえず向かってみる事になった。
店の名前は『留守番猫の○○』。
○○に入る言葉は街ごとに違うらしい。
ペンダントに魔力を流すと、嵌め込まれている透明な水晶から小さな光がふわりと浮いた。
蛍のようなその光は、ふよふよと俺たちの先頭を進みだす。
「あの光が案内してくれるみたいです。ついていきましょう」
便利ー。
魔術すごーい。
カルミナさんすごーい。
と、気の抜けるような感想が次々挙がる。
みんな疲れているのだろう。
数日間魔物を警戒しながら森で過ごしたのだから当然だ。
道中、屋台で全員分の食事を買う事にした。
ありがたい事に実はお金も貰っている。
『当面の活動資金だ。足りなくなったら遠慮なく言ってくれ』
そう言って渡された革袋の中を覗く。
……なんか金貨っぽいのばっかなんだけど。
「うわすご、絶対大金入ってる」
横から覗いてきたタロウさんも同意見らしい。
とりあえず、一番小さいくすんだ色の硬貨を取り出した。
適当な屋台で売っていた串焼きを指さし、ジェスチャーを駆使して「この硬貨で何本買える?」と聞いてみる。
腕が6本ある店員のおっちゃんは青褪めた顔になり、物凄いスピードで首を何度も横に振った。
「……どゆこと」
「分からんが、それじゃ買えないみたいだぞ」
ティナさんが革袋から金貨を1つ摘み、親指ではじいて店員に渡した。
「それで買えるか?売れるだけ売ってくれ」
……かっけぇ。
言葉は当然伝わってないが、意味は通じたみたいだ。
ちょっと時間かかるよ、的なジェスチャーの後、おっちゃんが串焼きを作り始める。
待ってる間、触発されたタロウさんがティナさんを真似て金貨を指で弾こうとするも、ぱすぱす虚しい音が鳴るだけで全然うまくできていない。
「お金で遊んじゃダメですっ」
サエさんに止められ、明後日の方向に飛んで行った金貨は不機嫌そうな長瀬さんが拾って革袋に戻した。
出てきた串は大量だったが、こっちは9人いる。
さらにティナさん、ガイさん、タロウさんの前衛組が他のメンツの4、5倍を平らげることで何とか完食。
「美味いな。何の肉だ?」
「<丸牙豚>だね多分。これ結構痛いな……」
「ブフォッ!?」
タロウさんが口から伸びた巻き牙を撫でていた。
先端は鼻の穴へ突き刺さっている。
それを見たガイさんが屋台で追加購入した飲み物を吹き出した。
「……っ!……っ!」
「すまん。ガイは笑いのツボが浅いんだ」
「無表情のまま震えてる方がおもろいんだけど」
屋台の前で食事を摂った後、おっちゃんにお礼を言って再び店へと歩きだした。
大通りから一本外れる。
賑やかな屋台の声が遠のくにつれ、心地の良い静けさが建物に染み渡る。
案内役の光は迷うことなく細い路地を抜け、やがて小さな広場のような場所へ出た。
そこに、その店はあった。
二階建てのこじんまりとした建物。
白っぽい石壁に、濃い木材の柱。
丸みのある窓枠には小さな鉢植えが並び、軒先には柔らかな色のランプが吊るされている。
派手ではないが、手入れが行き届いている。
現代日本の街角にあっても、ちょっとお洒落な雑貨屋として普通に馴染みそうな外観だ。
軒先から突き出した鍛鉄の吊り看板には、丸くなって眠る猫の絵。
その下に、こちらの文字で店名らしきものが書かれている。
案内役の光は店の前でふわりと揺れ、すっとペンダントの水晶へ戻っていく。
目的地に着いたらしい。
「……入りますか」
誰にともなくそう言って、俺は扉を押した。
からん、と澄んだ鈴の音が鳴る。
中は、外観と同じく小綺麗な雑貨店だった。
木製の棚には、布袋に入った薬草、硝子瓶に詰められた香辛料、針や糸、携帯用のランプ、革紐、筆記具、保存食らしき包みが整然と並んでいる。
ほんのりと甘い茶葉の香り。
床は磨かれていて、窓際には丸いテーブルと椅子が二脚。
壁際の棚には、猫を模した置物がいくつも並んでいる。
普通だ。
あまりにも普通。
「いらっしゃいませ」
奥から声がした。
カウンターの向こうに一人の女性が立っている。
二十代半ばほどに見える、柔らかな雰囲気の店員さんだ。
薄い栗色の髪を後ろでまとめ、白いエプロンを身につけている。
笑顔は穏やかで、立ち居振る舞いも丁寧。
女性店員は俺たち一人一人をゆっくりと見た後、にこりと微笑んだ。
「お探しの品はございますか?」
その瞬間、街に入ってから沈黙を守っていたジャンクスフィアが初めて声を出した。
『灯りを頼む。三番扉に灯火を』
女性店員は笑顔のまま。
だがその瞳から、雑貨屋の店員らしい柔らかさが消える。
彼女は静かに両手を重ね、俺たちに向かって深々と頭を下げた。
「——お待ちしておりました。魔女の共犯者の皆様」
なんだか不穏な肩書きと共に、俺たちは歓迎されたのだった。




