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労働なんてこりごりだ! 有休3 ~八木寛人 / 角田颯真~

 「喜べ 新人ニュービー、大出世だ」

 

 グレインの言葉に、八木と角田は顔を見合わせた。


 大出世。

 指名依頼。

 魔女。


 単語だけを拾えば、確かに凄そうではある。

 凄そうではあるのだが――


 「……すみません」

 「帆布の魔女って、どなたで?」


 角田が恐る恐る尋ねた瞬間、受付周りにいた職員たちから驚きと呆れの声が上がった。


 「あ、あの方を知らないの……?」

 「異国人だから仕方ないだろ」

 「いやいやいや!帆布の魔女様だぞ!?」


 ざわつく周囲の反応から、ただ者ではないということだけは理解できた。

 

 「えっと、通訳術式の方ですか?」


 魔女と聞いて唯一知っている情報を八木が挙げる。

 

 「そう言えばそんな話聞きましたね」


 角田も隣で頷いた。


 「いや、違う。通訳術式は『白衣の魔女』だ」


 白衣の魔女。


 その名が出た直後、後ろに控えていた創司達の間に、微かなざわめきが走る。

 グレインはそれを訝しげに見たが、今は追及しなかった。

 

 「魔女ってのはそこらの術士とは格が違う。最も有名なのは、数百年前、勇者と共に世界を救った『聖核の魔女』。通訳術式を普及させた白衣の魔女も、今じゃ知らねえ者の方が少ない」


 そこでグレインは、依頼書を指で叩いた。


 「だが、このバルヘイムに限って言えば別だ。この街で“魔女”と言えば、まず帆布の魔女を指す」


 海路。

 迷宮。

 財宝。


 その3つの言葉を添えるように、グレインは続ける。


 「帆布の魔女は海路を開き、危険海域を抜け、迷宮から持ち帰った素材や財宝をここに流した。商人どもはその匂いを嗅ぎつけて集まり、職人も冒険者も後から増えた」


 帆布の魔女が拠点にしている。

 ただそれだけで、バルヘイムは少し漁業が盛んなだけの地方都市から、現在の交易都市にまで発展したと言う。


 「本人は滅多に戻ってこねえ。戻ってきたと思ったら、またすぐに海へ出る。だが、この街の……いや、この国の発展に、あの魔女は欠かせない存在だ」


 グレインは疲れたように息を吐いた。


 「つまり、この街にとっては恩人であり、看板であり……厄介ごとの発生源でもある」

 「いや最後」

 「事実だ」


 忌々しげに放たれたその言葉に、本気の嫌悪はない。


 面倒ではある。

 振り回されてもいる。

 だが、それでも無下にはできない。

 そういう相手なのだと八木と角田にも何となく伝わった。


 「で、その帆布の魔女様から、俺らに何の依頼が?」

 「読んでみろ」


 八木が依頼書へ視線を落とす。

 角田も横から覗き込む。


 依頼書には、几帳面な文字で次のように記されていた。

 ――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 【指名依頼】

 依頼主:帆布の魔女

 受領者:八木寛人、角田颯真


 依頼内容:大型探索船への乗船、および迷宮探索補助


 詳細:

 近日出航予定の大型探索船に乗船し、船上および迷宮内における記録・管理業務を補助されたし。


 主な任務は以下の通り。


 ・船内物資の確認、分類、保管状況の管理

 ・探索行程および発見物の記録補助

 ・迷宮内で得られた素材、遺物、採取品の一次分類

 ・探索班、船員、補給要員の配置確認

 ・補給計画および消耗品管理の補助

 ・緊急時における退避経路、保管物品、搬出優先順位の整理

 ・その他、依頼主が必要と判断した業務全般


 備考:

 貴殿らの記録能力、物品管理能力、空間把握能力、ならびに未知物品の分類能力を高く評価する。


 本依頼は、単なる船員募集ではない。

 探索を滞りなく進め、船と人員を生還させるための管理要員として、両名の参加を求めるものである。――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


 読み進めるにつれ、八木と角田の表情が変わっていく。


 最初は困惑。

 次に理解。

 そして――


 「船……」

 「迷宮……」

 「大規模探索……」


 2人の声が震えた。

 つい先ほどまで、異世界に来てまで事務職は嫌だと全力で拒否していた男たち。

 依頼書に並ぶ単語は、そんな2人の心を容赦なく殴りつけた。


 「角田」

 「先輩」


 2人は顔を見合わせた。

 そして同時に、依頼書を握りしめる。


 「「冒険っぽい!!」」


 受付周りの職員たちが吹き出した。

 酒場スペースで聞き耳を立てていた冒険者の1人が、面白そうに声を上げる。


 「おいおい、スーツ組が魔女の船に乗るってよ!」

 「マジかよ、新人で指名依頼か?」

 「大出世じゃねえか!」

 「帰ってきたら土産話聞かせろよ!」

 「沈むなよー!」


 軽い茶化しと祝福が、ギルド内のあちこちから飛んでくる。

 

 2人は戦力として見れば、まだまだ駆け出しもいいところ。

 だがこの一月ほど、依頼前の荷物整理や報酬分配の計算、迷宮探索のルート検討など、妙なところで何度も冒険者たちの相談に乗っていた。


 「その荷の積み方だと帰りに崩れますよ。そのでかいやつをもう少し右に——」

 「物資の代金は、事前に決めた数量分だけパーティで折半した方がいいのでは?例えば弓手の矢は——」

 「そのルートはダメです。帰還時に負傷者が出たら詰みます。それよりここから迂回して——」


 荒くれ者達が言葉と拳で語り合っている時であろうと、2人は物怖じせずに話しかけた。

 冷静に考えれば醜い喧嘩でしかない。

 だが2人から見たそれは、創作物でしか触れる事のできなかった冒険者たちの世界。

 首を突っ込まずにはいられなかったのである。


 最初は面白半分に絡んでいた冒険者たちも、その助言が有用だと気付いてからは自然と2人の意見を聞くようになった。

 本人たちも意図せぬうちに、八木と角田は周囲の職員や冒険者達から認められ始めていたのである。

 

 グレインが鼻を鳴らす。


 「魔女の依頼だ。しかも帆布の魔女から直々の指名。こっちで握り潰すわけにも、勝手に断るわけにもいかねえ」


 つまり、ギルド側としては止められない。

 それを理解した瞬間、八木が小さく拳を握った。


 「つまり、職員勧誘は」

 「一旦なしだ」

 「よっしゃ!」

 「一旦だぞ」


 グレインが釘を刺す。

 だが、その口元にはわずかに笑みが浮かんでいた。

 自分が見込んだ新人たちが、周りの信用を勝ち取り、魔女にまで目をつけられた。

 面白くないはずがない。


 ただし、それを素直に口にするような男でもなかった。


 「浮かれるのは勝手だが、魔女の船に乗るんだ。ただの遠足じゃ済まねえぞ。荷が崩れれば船が止まる。記録を間違えれば大海原で迷子。判断を誤れば、海の上じゃ逃げ場もねえ」


 八木と角田の表情が、少しだけ引き締まる。


 「分かってます」

 「でも、受けたいっす」


 グレインは2人をしばらく見つめた。

 それから、軽く息を吐き、そっぽを向いて言う。


 「……明日の午後から準備を進める。装備、保険、契約条件、報酬の確認。ゆっくりしてる暇はねえ」


 「だが――」と前置きし、支部長が使い込まれた革袋を机に放る。

 中で硬貨が、じゃらりと鳴った。

 

 「今日は飲め。前祝いってやつだ」


 ギルド中から歓声が上がった。

 「支部長の驕りだーーーっ!!」と叫んだ酔漢の声を合図に、宴会の幕が上がる。

 

 ——ああ、これだ。こういうのが見たかったんだ。

 

 ギルド内を見渡せる受付奥の席に座りながら、八木はそんな事を思った。

 その隣で、依頼書を読んでいた角田が声をかける。


 「先輩、先輩」

 「何だ」

 「これ、船員兼管理要員って書いてます」

 「うん」

 「管理要員って、つまり」

 「言うな」

 「船上事務職では?」

 「……言うなって言っただろ」


 八木の悲痛な声に、ギルド内でまた笑いが起きる。

 

 それでも2人の顔は明るい。

 たとえ事務仕事が混ざっていても。

 たとえ管理要員扱いでも。


 それは間違いなく、2人がこの世界で初めて掴んだ、冒険らしい依頼だった。

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