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労働なんてこりごりだ! 有休2 ~八木寛人 / 角田颯真~

 扉を引いた直後、ギルド内部の喧騒が一行を出迎えた。

 倉庫街や市場とはまた違う、冒険者達特有の熱気がそこにはあった。


 「おお……」


 誰かが感嘆の声を漏らす。

 この世界の人間であっても、交都バルヘイムの冒険者ギルドに初めて足を踏み入れた者は皆、大抵似たような反応を示す。

 

 約一月前、同じような反応を示した2人はしかし、魔王との決戦に挑む勇者のような目をしていた。


 「……行くぞ、角田」

 「はい、先輩」


 覚悟を決め、2人が向かうは受付カウンター。その最奥。

 帳簿の積まれた机の向こうに、一人の男が座っていた。


 年の頃は五十前後。

 短く刈り込まれた髪に、傷の残る厳つい顔。

 肩幅は広く、座っている椅子が何故壊れないのか不思議に思えるほどの巨体。

 

 この支部のギルドマスターたる男——グレイン・バッカスは、八木と角田を見るなり、子供が見ればそれだけで泣き出しかねない凶悪な笑みを浮かべた。


 「よう、待ってたぜぇ……遅かったじゃねえか」


 低く、よく通る声だった。

 八木の眉間にはっきりと皺が寄る。


 「早速だが報告を聞こうか」


 机の上で指を組み、鋭い眼光を2人へ向けた。

 

 後ろにいたサエが緊張したように背筋を伸ばす。

 レナも視線を細めた。


 「その前に、おっさん」

 「あぁ?」

 「後ろの人たちの登録手続き、お願いできますか」


 八木が後ろを親指で示す。

 ギルドマスターの視線が創司たち一行へ向いた。


 異国人。

 八木、角田と同郷人と思われる風貌。

 だが2人と違い、その大半は戦える者の体つき。

 そうでないものも含め、一様に疲労の色が濃い。

 

 どこか事情を抱えていそうだ、と一瞬で看破したギルドマスターはすぐに首を横に振った。


 「無理だな」

 「……理由を聞いても?」

 「人数が多い。時間がかかる」


 八木がわずかに肩を落とす。

 角田も「あー」と声を漏らした。


 「なら通訳術式の付与だけでもお願いできません?」

 「できん。あれは身元を保証できる者にしか付与できない決まりだ」


 ギルドマスターが机の上に置かれた書類を指で軽く叩く。


 「今は夜間受付。全員分の身元・犯罪歴の確認、簡易面談、登録書類の作成。今日中に片付く量じゃねえ」

 「俺らの時はすぐできたじゃないですか」

 「そうっすよ。けっこうサクッと終わりましたよね?」


 角田が便乗するように言う。

 ギルドマスターは呆れたように鼻を鳴らした。


 「お前らの時は衛兵隊から推薦状と身元保証が回ってきた。犯罪歴なし、危険指定なし、身元不明だが害意なし。そこまで調べが済んでりゃ、こっちは確認と登録だけで済む」

 「……あー」

 「そういうことかぁ」


 二人が同時に納得する。

 グレインは机の脇に置かれた水晶——<念話>の魔道具へ手を伸ばした。

 淡い光が灯り、先ほどの説明が術式を通して創司たちにも伝えられる。


 「明日の朝一で来い。受付に話は通しておく」

 「わかった。よろしく頼む」


 坂東ティナが素直に頭を下げ、一行もそれに続く。

 

 八木と角田同様、礼儀は悪くない。

 少なくとも、街に害をなすつもりで来た連中には見えない。


 グレインは内心でそう評価を改めつつも、警戒までは解かない。


 ここは冒険者ギルド。

 人の善悪を、見た目や態度だけで判断するほど甘い場所ではない。


 彼は受付脇に控えていた事務職員へ、指先だけで合図を送った。

 諜報役も兼ねる事務職員は、表情一つ変えず、書類を抱えて奥へ下がる。


 「それで」

 

 机の上で、太い指がとん、と鳴った。


 「依頼の報告を聞かせろ」


 グレイン・バッカスがこの日2人を呼び出した理由。

 それは先日依頼した——というより押し付けた——犯罪組織の隠し倉庫に関する調査、その経過報告を聞くためだった。

 

 表向きは異国の商会を装っていた連中の倉庫。

 押収品の中には、密輸品、偽造書類、申請されていない迷宮産のポーションや魔道具まで含まれていた。


 近頃、交易都市バルヘイムの裏側で出回り始めた妙な薬。

 まだ大事には至っていないが、放置すればいずれ街全体を蝕む。

 だからこそ、時間をかけてでも慎重に調べたい。

 そう思い2人に任せた依頼だったのだが——


 「……こちら、押収品の分類一覧です」


 八木が書類の束を机に置いた。


 「こっちが倉庫内の配置図と搬入経路の推定です」


 続いて角田が、細かな線やメモ書きがびっしりと書き込まれた倉庫の見取り図を差し出す。


 「……待て」


 グレインの太い眉がぴくりと動いた。


 「何だ、これは」

 「報告書です」

 「……経過・・報告か?」

 「……完了・・報告です」


 八木と角田が揃って目を逸らす。

 グレインは一度天を仰ぎ、それから無言で書類をめくった。


 押収品の一覧には、当然のように物品名、数量、保存状態、さらには危険性までが記されている。

 見取り図には流通経路の推定や隠し棚の位置。

 さらにそれとは別に、見つかった偽造書類の共通点、倉庫管理者の癖、同種の犯罪組織が再び倉庫を使用する場合に備えた再発防止案までもが、過不足なく、簡潔にまとめられていた。


 「……お前ら」


 書類を読み進めながら、グレインが口を開く。


 「やっぱり職員にならねえ?」

 「絶対嫌だ……!」

 「だから報告したくなかったんすよ!」


 2人は食い気味どころか、ほとんど反射で拒絶した。


 転移前、2人は外資系総合商社に勤めていた。

 染みついた習慣で言われた事以上の仕事をこなし、「やり過ぎた」と気づいた頃には依頼を終え、できあがった資料を抱えていたのである。

 

 現実逃避気味に、わざわざ万灯市を抜けて遠回り気味にギルドに向かっていた時、たまたま創司達の転移に出会したのだ。


 「通常雇用じゃない。俺の権限をフルに使って、出来うる限りの高待遇を約束する」

 「職権濫用!?てかそういう問題じゃないです」

 「専用の机も用意するぞ」

 「な、生々しいな……」

 「定年まで働けば年金も出る」

 「先輩、そこだけ聞きません?」

 「角田ァ!」


 八木が低く唸る。

 角田は「あ、いや、つい……」と視線を逸らした。

 

 そんな二人を見ながら、ギルドマスターは深々とため息を吐く。


 「……この街は今、面倒な時期だ」


 何だかんだと言いながらも冗談交じりだったグレインの声色から、茶化すような響きが消えた。


 八木と角田が口を閉じる。

 創司たちも自然と視線を向けた。


 「急激に栄えたこの街には、人も物も金も集まる。良い物だけじゃねえ。偽造品に盗品、出所の知れない薬や魔道具……果ては、攫われた子供なんかもな」


 グレインは報告書の一枚を持ち上げる。


 「この倉庫を管理してた連中も、そんな犯罪組織の一つだ。異国の商会を偽った連中が街の裏で何を運び、何処に売り込んでいたのか。こいつはその手掛かりになる」


 その声音は、ただの勧誘ではない。

 支部長として。

 この交易都市の一翼を担うギルドのマスターとして。

 街の裏側に広がり始めた問題を、確かに見据えている者の声だった。


 八木は少しだけ表情を引き締める。

 角田も、浮ついた態度を引っ込めた。


 「だからこそだ。お前らみたいな人材は、ギルドの内側に置いておきたかった・・・

 「……かった?」

 「過去形すか?」


 通訳術式の精度を疑い始めた2人を他所に、グレインが机の引き出しから一枚の紙を取り出した。

 

 掲示板に張り出されている依頼書よりも数段上質な紙。

 端には防水加工でも施されているのか、薄く引かれた蝋の光沢。


 そして、封蝋。

 そこに押された印を見た瞬間、仕事をしながらちらちらと様子を伺っていた受付嬢の一人が「えっ」と思わず驚きの声を漏らした。


 「お前らに、指名依頼が来てる」


 八木と角田は、数秒ほど固まった。


 「……指名依頼?」

 「自分達にすか?」


 グレインは無言で依頼書を机の上へ滑らせる。

 八木が恐る恐るそれを受け取り、角田が横から覗き込む。


 そこに記された依頼主の名。

 差出人は——


 「帆布の……」

 「魔女……?」


 2人が呟いたその瞬間、周囲の空気が変わった。

 

 近くにいた職員が仕事の手を止める。

 書類を抱えていた受付嬢が振り返る。

 酒場スペースで飲んでいた冒険者までもが、ちらりと視線を向けた。

 

 片眉を上げた支部長が、困惑する2人へニヤリと笑う。


 「喜べ 新人ニュービー、大出世だ」


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