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飛空箒 航程20 〜羽田創司〜

妹視点の前話から時間が戻ります。

 転移前。

 夜の街と聞いてまず最初に思い浮かべたのは、人影のない暗い路地。

 だが通りを歩いてすぐ、その思い込みが間違いだと気付いた。


 軒先に下げられた硝子灯。

 石畳に等間隔で埋め込まれた魔石。

 屋台の看板を照らす赤や黄色の小さな灯火。


 それらが夜闇を押し返すように、通り全体を淡く、けれど確かに照らしていた。


 『万灯市』。


 そう呼ばれているらしいこの市場は、交易で栄えるこの都市の心臓部だという。

 実際、その名に恥じない光量と賑わいだ。

 香辛料と焼いた肉。

 甘い果実にアルコール。

 汗と皮革と、荷車を引く馬や魔物。


 あらゆる匂いが混ざり合い、熱気と共に押し寄せてくる。


 「活気あるでしょ!逸れないように気をつけてください!」

 「何だ!?悪い!もう一回言ってくれ!」


 先頭を歩くスーツの男性――八木やぎ 寛人ひろとさんが声を張り、すぐ近くにいたティナさんが耳に手を当てて聞き返した。

 隣を歩く者同士でさえ、喧騒が言葉を塗り潰す。

 売り子の呼び込み。

 値切り交渉の怒鳴り声。

 車輪が叩く石畳。

 どこかで鳴る笛の音に合わせて、頬を赤らめた人々が手拍子を打って踊り行く。


 再度の言葉も、結局届かなかったらしい。

 八木さんは苦笑しながら肩をすくめると、先へ進もうと指で前方を示した。

 それに従い、俺たちは人の流れを搔き分けるように進んでいく。

 

 それから10分ほど。


 煌びやかな灯りと屋台の数が減り、代わりに大きな倉庫が並ぶ。

 市場ほどではないにせよ、こちらも静寂とは程遠い。

 荷を担いだ労働者たちが行き交い、頑丈そうな荷車が何台も並び、夜だというのに忙しない声が飛び交っている。


 そんな区画の一角。

 剣、盾、杖が重なるように描かれた紋章旗の前で、八木さんが足を止めた。

 

 「着きました!ここが『冒険者ギルド』です!」

 「「おおーー!」」


 タロウさんと震明シンメイさんが、テンション高めな歓声を上げる。

 正直、気持ちは分かる。


 周囲の倉庫に負けないどころか、一回りほどデカい建物。

 分厚い石壁、太い柱。

 見るからに頑丈そうな造りだが、入口の門や窓枠には繊細な装飾が主張し過ぎない程度に施されている。

 

 重厚さと品の良さ。

 その2つが、不思議なほど自然に同居していた。


 「よし、角田。いつもの頼むわ」

 「らじゃっ!」


 八木さんの呼びかけに、角田さんが軽い返事を返す。

 ネクタイを指で直し、ギルドの扉へ一歩進み出た。


 「……?」


 何をするんだろう。

 そう不思議に思って見ていると、角田さんが両手の指で四角を作った。

 親指と人差し指で作る、即席のフレーム。

 それを目の前に掲げ、左右に押し広げる。


 「——<界面地図ワールドマップ>」


 瞬間、角田さんの前に四角い何かが展開された。


 薄い光で縁取られた、半透明の板。

 ホログラムのように宙へ浮かぶそれは、どう見ても地図——いや、地図というよりマップ・・・だった。


 ゲームなんかでよく見る、特定エリア内の簡易マップ。

 建物の輪郭。

 通路を示す細い線。

 その内部を動き回る、色とりどりの光点。

 

 「何それ!?すげぇ!」

 「ゲームみたいっす!」


 テンション高めな2人に、角田さんがふっと笑う。


 「わかる?男のロマンでしょ、マップ機能」


 得意げに言いながら、角田さんは宙に浮かぶ地図を指でなぞった。

 地図がするりと拡大され、建物内部の構造がより鮮明になる。

 ……ピンチ操作までできるのか。

 

 「どうだ?おっさん居るか?」

 「あー……居ますね。受付奥のこれ。多分俺らのこと張ってますよ」

 「うへぇ、行きたくねぇ」


 八木さんが眉間に皺を寄せる。

 あの顔は見たことがある。

 休日に職場から電話がかかってきた時の父さんと同じ表情だ。


 「おっさんって?」


 レナさんが尋ねると、八木さんと角田さんが揃ってバツの悪そうな顔をした。


 「いや、まあ……このギルドの一番偉い人です」

 「ギルドマスターっすね」


 おお、ギルドマスター。

 異世界っぽい単語だ。

 日本のなんちゃって探索協同組合ギルドの支部長とは違い、こちらでは正式にその役職名を冠しているらしい。

 

 「……怖い人なんですか?」

  

 表情の重い2人を見て、今度はサエさんが質問した。

 

 「怖いっていうか」

 「面倒っていうか」

 「しつこい」

 「圧が強い」

 「断っても聞かない」

 「悪い人じゃないんだけどな……」


 交互に出てくる評価が、妙に具体的だった。


 「何かされたのか?」

 

 ティナさんの問いに、2人が深々とため息を吐く。


 「会う度に、俺らに職員にならないかって勧誘してくるんですよ」

 「職員?」

 「はい。ギルド職員です」


 八木さんが自分のスーツの襟元を軽く引っ張った。


 「ほら。俺ら一応、日本では会社員だったんで。書類仕事とか、在庫管理とか、帳簿の整理とか、そういうの多少できるんですよ」

 「多少っていうか、先輩めっちゃできますよね」

 「やめろ角田。そういう情報を敵地で流すな」


 敵地。

 ギルドを敵地扱いした。


 「最初の依頼でちょっとやらかしたんですよ。荷物運びだったんですけど、俺らから見ると倉庫の管理が杜撰ずさんで」

 「先輩が張り切って仕分け始めるから……」

 「お前だって<界面地図ワールドマップ>まで使って物品整理してただろうが……!」

 「はぁ~?先輩の方が【能力アビリティ】乱用してたでしょ!」

 「そりゃ使うだろ!夢にまで見た超能力だぞ!?楽しくなっちゃったんだよ!」

 「わかりみが深い」


 急に言い争いを始めたかと思えば、止める間もなく勝手に落ち着いた2人。

 それはそうと、聞きなれない単語が飛んでいた。

 

 「待ってくれ。そのアビリティというのは何だ?」


 ティナさんがすかさず割って入る。


 「あ、俺らが勝手にそう呼んでるだけです」

 「こっち来て、何か変な力とか目覚めてません?」


 言われて思い浮かぶのは、ティナさんの怪力やタロウさんの変身能力。


 「おー!それですそれです!やっぱあるんだな」

 「ま、その辺は飯でも食いながら詳しく話しましょうよ」


 とりあえず面倒ごとから片付けちゃいましょう。

 そう言って、2人がギルドの分厚い扉を押した——。


 「あれ?開かないぞ?」

 「先輩、引き戸みたいです」


 扉を引いた――。

 

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