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飛空箒 航程2 〜羽田創司〜

 進級から早くも半月。

 ついこの前まで満開だった桜は、気づけば影も形もない。容赦ない季節の移ろいに感慨と諦念を感じる、とある休日の朝。

 休日とはいえ仕事で忙しい父と母は前日から家を空け、家族でいちばん料理が上手い妹はキッチンで手際よく朝食を作っている。

 

 一方の俺はと言えば、ベッドから起きたはいいもののそこからのやる気がゼロ。というかマイナス。

 リビングに寝転がって特に見たいわけでもないテレビを「今日も光ってるなー」くらいの感覚で眺めていた。

 

 「もう!朝からダラダラして!そんなんじゃ『アニキ』の名折れだよ兄さん!」

 「ぐへぇっ!」


 朝食を運んできた美紀が、ムエタイ選手顔負けのフォームで俺の尻にスライム筋特有のしなりを活かしたキックをお見舞いする。

 もちろん力は抑えているが、それでもバシンッと小気味いい音が鳴るほどには強烈な蹴りだ。

 こいつ……既に使いこなしてやがるっ……!


 学校内での俺に対する『アニキ』呼びは定着し、美紀も俺に対して『アニキ』としての自覚を持て!と、謎の発破をかけてくる。

 最初は微妙な気持ちだったが、半月も呼ばれ続ければ慣れるってもんだ。

 湊音が言ってたように、半分は称賛からくるあだ名と思えば多少の誇らしさも感じなくはない。


 ネットの方では未だに俺と父さんが軽快な音楽と共にリズミカルに泣き崩れる動画が量産されているが、こちらもバズった直後に比べればアップされる数は減ってきた。


 そんな訳で悩みの一つ、『アニキ』問題は時間経過と共に俺自身が慣れるという形で解決した。

 となれば今の俺をここまで悩ませる原因は何か?決まってる。進路のことだ。


 「で、何悩んでんの?」

 「ん?……ふぁー、あふぁふぁしいふきへもふぁおうふぁふぁほ」

 「飲み込んでから喋って」

 「……んぐっ。あー、新しい武器でも買おうかなと」

 「ふーん」


 隣にドカッと腰を下ろした妹に、俺は咄嗟に噓をついた。

 よくよく考えれば進路で悩むことくらい学生なら普通のことだが、悩み始めたきっかけが義足の完成なので何となく言い難かったのだ。

 

 適当に話を逸らせないかとテレビに目を向ければ、幼い頃よく見ていた子供向けアニメが映っている。


 「お、懐かしい。これまだ続いてたのか」

 「シリーズ化したんだよ。今は確か5作目だったかな?」

 「へぇ、知らんかった」


 微妙な話題に突っ込まれる前に話を切り替えられたことに安堵しつつ、テレビを観ていると確かに知らないキャラばかり出てくる。

 というか見覚えあるキャラ一人しかいねぇ。美紀曰くシリーズ毎にメインキャラは変わるらしく、今回はたまたま過去シリーズのキャラがゲスト出演する回らしい。


 「あ、トレンド一位とってる」

 「まあファンにとっては神回だよな」


 暫く観ているうちに、そのキャラについて思い出してきた。

 名前はグリフ。

 神出鬼没の魔法使いで、とんがり帽子と襟を立てた外套で顔は目元しか見えない。敵か味方か分からず、主人公たちの邪魔をすることもあればピンチの時に颯爽と現れ手助けすることもある。

 そのミステリアスな設定から、レギュラーキャラではないにも関わらずかなり人気があった。昔のグッズとかプレミアついてそう。


 「懐かしいな。魔法使いグリフ」

 「あ、覚えてたんだ。よくごっこ遊びしたよね」


 そういわれて思い出すのは幼い頃、迷宮ダンジョン被害に遭う前の思い出。

 美紀はグリフ、俺は魔法学校が舞台の映画に影響されてよく家の箒に跨り、走り回って遊んでいた。

 花瓶を倒して母さんにめちゃくちゃ怒られたのも、今となってはいい思い出だ。


 

 ふと、妹の義足が目に入る。

 

 ……そうか。

 もうそんな年頃ではないと分かっているし、する気もない。だが、今ならまたあの遊びができるんだな、なんて思ってしまう。

 

 というか、今の俺なら迷宮素材で本当に空飛ぶ箒が作れたり――



 バンッと。

 気づけば机を叩いて立ち上がっていた。

 ビクッと反応した美紀から抗議の声があがるが、インスピレーションが次々と湧き出ては消えていく今の俺に気にしている余裕はない。

 

 この感覚は前にもあった。

 “柔筋の青粘塊ブルー・マッシブ”の動画を見た時だ。

 

「美紀、今日晩メシ要らねぇわ。ちょっと迷宮ダンジョン行ってくる」

「急に!?朝ご飯は?てかその前に謝ってよ!びっくりしたんだけど!」

わりわりぃ」


 まずは素材集めだ。ゆくゆくは高ランクの素材も必要になってくるだろう。そうなれば俺一人での探索は厳しいが、試作一号くらいは没にした翠柳の木妖(グリーン・トレント)の義足と浅層で採取できる素材を組み合わせればいけるはず。


 パパっと朝食を食べ終え、自室に戻り手早く支度を整える。


 「じゃ、行ってきまーす」

 「あーもう行ってらっしゃい!怪我しないでよっ!!」


 そんな妹の声を背に、俺は素材を求めて迷宮ダンジョンへ向かうのだった。


◇◆◇


 「もう、さっきまで元気なかった癖に」


 窓から見える兄さんの背が小さくなっていく。

 自然と上がる口角は、下に引っ張っても暫く戻りそうになかった。

 

 兄さんは隠しているつもりだったが、元気がないことくらいすぐに分かった。


 もちろんお父さんとお母さんも気づいていた。でも相談しても「ほっとけば治る」としか言わない。

 ミナト兄とジョー兄にも相談したけど似たようなことを言われた。

 

 ……多分、私が気にし過ぎなのだろう。

 それは分かっていた。分かっていたけど、燃え尽きた原因・・・・・・・が私の義足の完成、ということにも気づいてしまった。


 

 調子に乗りそうなので本人には言わないが、兄さんはある種の天才だ。

 頭の良さや手先の器用さ……そういう類の話じゃない。

 それも凄いけど、私が言いたいのは夢中になってる時の集中力とか、失敗してもへこたれない根気強さとか。熱意と言ってもいいかもしれない。


 学校で歴史の授業を受けてると、偉人と呼ばれた人の中には結果が出るまで何度も失敗した人や、周りから変人扱いされても諦めなかった人が出てくる。

 人類で初めて飛行機を作った人、争いを暴力を振るわずに鎮めた人、あるいは魔素の存在を証明した人なんかもそう。

 絶対本人には言わないけど、兄さんは多分そこに並ぶ才能を持ってる。


 

 去年の夏、兄さんは迷宮ダンジョン遠征に出かけた。

 最初はミナト兄とジョー兄と3人で行くはずだったのに、最終的には30人近く集まっていた。

 元々が私の義足の素材収集という事もあり、挨拶くらいしなきゃと思って私も集合場所の駅前までついて行った。

 5~6人くらいで行くのだと思っていたから驚いた。

 

 遠征から帰った兄さんに事情を聞くと、

「美紀の話したら協力するって言ってくれたんだ。みんな優しくて気のいい奴らだよ」

 と教えてくれた。


 私は泣くほど嬉しかったし、異常に涙腺の緩い兄さんももちろん泣いていた。

 あれで本人は隠しているつもりなのだから笑っちゃう。

 

 多分、あれだけの人が集まったのは、優しくて気のいい人たちだからってだけじゃない。あの時集まった人々の顔を見た時すぐに気づいた。みんな兄さんの熱意に惹かれたんだ。

 

 小さい頃から兄さんは自分が興味を持ったことに対して全力だった。

 父さんがよく「僕に似たね」と自慢気に言っては母さんに呆れられていたのを覚えてる。


 私が脚を失ってからは、その熱意の対象が義足作りになった。偉人になれるような天才の熱意を、惜しみなく家族に向けられる兄さんに感謝と誇らしさを憶えた。

 

 でも、それと同時に、その才能を自分だけが享受していることへの罪悪感が日に日に大きくなっていく。

 義足が完成した時、歩ける事と同じくらいかそれ以上に、兄さんが『私』という呪縛から解放された気がして安堵した。

 

 そんな兄さんから熱意が消えた。

 

 責任を感じた。

 もしかして私が兄さんの才能を潰したの……?

 

 ネットで揶揄われてる『アニキ』呼びで焦りと気恥ずかしさを誤魔化しつつ、発破をかけてみても効果なし。

 思い切ってテレビを見ている兄さんに直接聞いてみたが明らかに話を逸らされた。


 ――どうすればいいのか分からない。

 ――とりあえず話を戻さないと。

 ――でもまたはぐらかされたら次は何て言えばいい?

 

 雑談しながらも、頭の中では不安が渦を巻く。

 そんな私の思考を断ち切ったのは、やはり兄さんだった。

 

 ボケッとした顔でテレビを見ていた兄さんが勢いよく立ち上がる。

 驚いて見れば、兄さんの眼は熱意・・に燃えていた。

 

 ……『コソ泥バルヌス season5〜阿鼻叫喚の拷問トラップ編〜』の何が琴線に触れたのか分からないけど元気は出たみたいだ。

 天才の考えることは凡人には分からない、なんて聞くけど本当にその通りだと思う。

 

 小さくなっていく兄さんの背中は、今まで通り大きく見えた。

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