飛空箒 航程1 〜羽田創司〜
春休みが終わり、受験生になった俺は2つの悩みを抱えていた。
1つはこの時期の学生なら誰もがぶち当たる一般的な悩み――そう、卒業後の進路である。少し前まで大学に行く気だったが、そこに迷いが生じていた。
迷宮探索が民間に開放されてから20年。様々なノウハウが蓄積された『探索者』は最早ギャンブル性の強い職業ではない。
素材や採集物の解析が進み、あらゆる分野でブレイクスルーが起きている現在、探索業は低階層でもそれなりの収入が見込め、深層に潜ればより大きな富と名声を得られる「割の良い仕事」として多くの人に認知されている。
小学生の「将来なりたい職業ランキング」でもここ数年は不動の一位だ。
迷宮発生初期の混乱が未だ尾を引く国も多い中、降って湧いた「非日常」に普段は重い腰を驚異的なスピードで持ち上げ揺らして振りまくった我らがオタク文化国家は絶賛好景気中なのだ。
そんなわけで、大学へ進学せず専業探索者、あるいは迷宮関連企業へ就職という道を選ぶ奴も多い。
妹の脚が未完成であれば、俺は間違いなく進学を選んだ。迷宮産のアイテムや魔物素材の研究ができる大学を選んでもいいし、今はまだ黎明期と言えるそっちの研究は独自に行いつつ、生体工学なんかを学んで義足作りに必要な知識を身につける選択肢もあった。
しかし、件の義足が完成した以上、その道に進む意味は薄い。
なら探索者になれば?――と友人や先生方には何度も言われたが、そもそも迷宮探索を始めたきっかけ、ひいてはこの高校を選んだ理由自体義足の素材集めなので、こちらも目標を失った形だ。
他に作りたいもの……そんな簡単に見つかれば苦労はしない……とはいえ他にやりたい事もすぐには思い浮かばず……。
要するに、俺は俗に言う「燃え尽き症候群」ってやつを患っていた。
「燃え尽きたぜ……」
進級初日の朝。
教室の窓際一番後ろ、ラノベでいうところの主人公席を獲得した俺は昭和ボクサー漫画の主人公よろしく真っ白に燃え尽きていた。
今の俺には何もない。
あぁ、世界が灰色に見えるぜ……。
そんなセンチでニヒルな感情に浸る俺の気分は、新しいクラスメイトたちによってぶち壊される。
「おはーす『アニキ』」
「『アニキ』初日から元気ねえな、どうした?」
「…………。」
「はよー『アニキ』」
「お、『アニキ』君おんなじクラスじゃんよろしくー」
「…………。」
次々と挨拶を交わす新しいクラスメイト達。
その中からニヤニヤと卑しい笑みを浮かべて近づいてくる影が2つ。
「見てよジョーゴ、さっきまでマイナス思考に浸ってた『アニキ』がすごく微妙な顔してる」
「言ってやるなミナト。妹想いの『俺たちのアニキ』はお年頃なんだ。ネガティブマインドでチルってられるのも若者の特権だぜ」
「はっ倒すぞお前ら」
幼馴染の湊音と穣吾。
幼稚園から小、中、高と同じ学校、同じクラス。それ以前に生まれた病院まで一緒という腐れ縁だ。
「元気ないね『アニキ』。何かあったの?」
「どうした『アニキ』?せっかく話題の妹が入学してきたのに兄貴のお前がこれじゃあ締まらんぞ」
「うるせえ!まずその『アニキ』呼びをやめろ!」
そう、これが俺の2つ目の悩みだ。
◇◆◇
2週間前、義足を使って立ち上がった美紀はその喜びを画像付きでSNSに投稿した。
幻想的な中庭と、そこに立つ美少女。
陶器のように白い脚には幾何学的なスリッドが刻まれ、そこから漏れ出る青光は、その脚が人工の物である事を雄弁に語っている。
画像は多くの人々の琴線に触れたらしく、母親譲りの端正な顔立ちも相まって瞬く間に拡散された。
それだけならちょっとバズったくらいで済んだのだが……火に油を注ぐかのように、ギルドの公式HPに1本の動画がアップされる。
母さんが撮影していた動画だ。あれは単なるホームビデオではなく、病院を利用する条件としてギルドへの提出を求められた報告用の動画だった。
ギルドで働く父さんと、俺や美紀すら何の仕事をしていかよくわからない謎多き母さんは美紀の脚を治療するためにあらゆる手段を試した。
普通の義足は装着した途端壊れてしまい、迷宮から発見された最高等級のポーションでも再生できない。
母さんの知り合いだという海外探索者の特殊なスキルや、政府のお役人さんがSPを引き連れて持ってきた国家機密のアイテムによる推測の結果、美紀の脚は現代医学では説明できない『呪い』とやらに侵されている可能性が高い、との事。
かなり特殊な事例らしい。
未だ謎の多い迷宮に関するあれやこれやの研究のため、書類や動画による定期的な経過観察――それが病院受け入れの条件だった。
しかし、美紀のSNSを見たギルド広報部からこの動画を迷宮被害者への支援活動のPRに使わせてくれないかと打診がきた。
母さんは渋り、父さんは迷っていたが、当の本人が提案を聞くなり「ギルド公式の動画!有名探索者みたいじゃんやったー!」と大喜びで許諾。次の日には脚色に脚色を重ねた美紀の生い立ちと共に動画がネットに上がる。
結果、何が起きたのか。
簡潔に言おう。超バズった。
元々SNSで「何のゲームキャラ?」とか「誰この美少女!?」と騒がれていたところに公的機関から発表されたこの動画。リビングでぼーっとスマホを眺めていた俺は大手サイトのトップページにこの一件に関する記事を見つけて盛大にお茶を吹いた。
とはいえそれ自体は何の問題もない。予想外の事態に、気付いた直後は本人もテンパっていたものの、数分も経つと大喜びではしゃぎはじめた。
問題は動画の端っこ。
支えていた肩から手を離し、小鹿のように震えながらも一人の力で立つ美紀をみて泣き崩れる俺と父。
その数十秒後、驚異的な運動センスでスライム筋の感覚を掴み、およそ人にできるとは思えない人外じみたアクロバットを披露しながら中庭を駆け回る美紀をみて顎が外れる俺と父。
簡潔に言おう。こちらも超バズった。
というかミーム化した。
なにゆえ……!?と驚いて動画を見返してみれば、俺と父さんが示し合わせたかのように同じタイミングで左膝から崩れ落ち、右手で顔を覆い、嗚咽を漏らして泣き出した後、それから間もなく目と口を限界までかっ開いた表情のまま固まる姿が映っている。
……なるほど。
SNSや某掲示板では美紀に対して「かわいい」やら「美しい」の他に例の如く「嫁にしたい」等のちょっとキモめの発言が横行し、そこへギルドが全米を泣かせそうな俺たち家族の紆余曲折を公開。
結果、父さんは『パパ』、俺は『アニキ』と呼ばれ始めた。本当にキモイ。
「美紀はともかくなんで俺まで………」
「『嫁』の兄だから義兄ってのもあるが、妹のために義足作った漢気に感動!って感じも強いぞ」
「揶揄い半分、称賛半分って感じでしょ?ネットの反応にしてはかなり良い方だと思うよ、アニキ?」
穣吾と湊音の説明に、やはり納得いかないまま進級初日は過ぎていった。




