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もらった一歩 歩程1 ~羽田美紀~

ちょっと先の話です。

主人公視点は時間巻き戻す予定。

 1人きりの食卓。

 味のしない朝食を口に運ぶ。


 焼き魚も、味噌汁も、白米も。

 いつもと同じはずなのに、何を食べているのかよく分からない。

 静かなのが嫌でつけっぱなしにしているテレビから、アナウンサーの声だけがリビングに響いていた。


 『資源不足による物価の急騰が――』

 『トレンドのスイーツを実食――』

 『全国各地で相次ぐ行方不明事件に対し、警視庁は――』


 物価高のニュースを見るたびに文句を言うお母さんは、今日も帰っていない。

 機密が多くて何をしてるのかよく分からないけど、仕事柄よくあることだ。


 食卓を賑やかにするお父さんも、三日前から家を空けている。

 探索者組合の仕事で、緊急対応が求められているらしい。

 それも珍しい話ではなかった。


 だけど――


 「兄さん……」


 対面の席。

 いつもの定位置に、いつもの人はいない。


 兄さんが消息を絶って2週間。


 組合ギルド直属の捜索班は、その日のうちに撤収を余儀なくされた。

 迷宮内の魔素濃度から"迷宮決壊スタンピード"の兆候ありと判断されたのだ。

 現在、『廃墓苑』への立ち入りはスタンピード対策の緊急依頼を受けた探索者に限定されている。


 探そうとしてくれる人はいる。

 それでも現実は、兄さんを探すことを許してくれなかった。


 生存は絶望的――


 それが、この状況に対する一般的な見解だ。


 ◇◆◇


 教室前がざわついていた。

 原因はすぐに分かる。


「ジョー兄、ミナト兄。おはよ」


 大槻おおつき穣吾じょうご九条くじょう湊音みなと


 3年生の中でも常に成績上位に食い込む2人は学校の有名人だ。

 そんな人達が1年の教室前で立っていれば、嫌でも目立つ。


 ここ数日は毎朝顔を出しているため、最初ほどの騒ぎではない。

 それでも視線は集まっていた。


 「おう、ちゃんと寝れたか?」

 「美紀ちゃん、隈できてるよ」

 

 そう言う2人の目の下にも、隈が浮いている。


 「どう……だった?」

 「ダメだ。成果なし」


 ジョー兄が首を横に振る。

 分かっていた答えなのに、胸の奥が少しだけ沈む。


 社交的なジョー兄は探索者との繋がりが広い。

 緊急依頼で『廃墓苑』に入っている探索者にも声をかけ、兄さんの捜索を頼んでくれていた。


 「こっちも進展なし」


 続けてミナト兄が言う。


 「でも、死んだ痕跡も見つかってないよ」


 その一言だけが希望だった。


 九条家は代々陰陽師を輩出してきた名家だ。

 兄さんの捜索を始めた直後、ミナト兄はこう言った。


 「創司の居場所が特定できない……でも霊道の役人に確認しても、魂が通った記録がないんだ」

 「あーっと、つまり?」

 「地上にはいない。でも死んでもいない。迷宮内で生きてる可能性が高い……と思う」


 断言はできないとの事。

 

 それでも、今日も死んだ痕跡は見つかっていない。

 安堵と不安。

 その両方が胸の中で絡み合う。


 「……やっぱ、俺が『廃墓苑』にこっそり忍び込んだ方がいいんじゃねえか?」

 「笑わせないでよジョー。バリケードに突撃して無理矢理入るのは”忍び込む”とは言わないよ?」

 「うるせえ!んな猪みたいなことせんわ!」


 ジョー兄が顔をしかめる。


 「……でもよ、このままって訳にもいかねえだろ」


 誰も何も言わなかった。


 無断で立入禁止の迷宮へ侵入すれば退学は確実。

 無期限の探索資格剥奪も十分あり得る。

 最悪の場合、懲役刑だ。


 それでも、このまま見つからなければ2人は本当に行く。

 今この時でさえ、2人にとっては覚悟を固めるための時間なのだ。


 ――私も行く。


 そう言えたらどれだけよかっただろう。

 迷宮初心者の私は足を引っ張るだけだ。

 

 もどかしかった。

 折角"脚"を手に入れたのに。

 私はまだ、歩き出せていない。


 結局私は――

 

 「あ、あのっ……!」


 遠慮がちな声に思考を断ち切られる。

 振り返ると、クラス委員長の宮野さんがスマホを抱えて立っていた。


 「ご、ごめんね。話の途中で……」

 「ううん、大丈夫。どうしたの?」

 「その……羽田さん最近元気無いから。みんなでお兄さんのこと調べてて」


 言われて、初めて気付いた。

 クラス中の視線がこちらに集まっている。

 少し前までは一日に何度も兄さんのことを聞かれた。

 だけどここ数日は、誰もその話題を口にしていない。


 気を遣ってくれていたんだ。

 今さらそんなことに気付いて、申し訳なさと同時に、胸の奥が少しだけ温かくなった。


 宮野さんがスマホを差し出してくる。

 映っていたのはニュースアプリ。

 探索者組合の緊急会見。

 

 私は息を呑んだ。


 『ここ数日インターネット上で拡散されていた映像について、探索者組合は本日、映像内に複数の行方不明者が映っていることを確認したと発表しました』

 『映像には探索者および一般人が確認されており、現在警察と合同で調査が進められています』

 『なお映像の配信元は現在も不明――』


 今朝、聞き流したニュースだった。


 「それでね、さっきネットで見つけたの」


 宮野さんが画面をスワイプする。

 表示されたのは匿名掲示板のスレッド。

 ジョー兄とミナト兄も横から画面を覗き込んだ。


―――――――――――――――――――――――――――――――――――――


【グロ注意】謎の動画サイトに祭りの予感を感じるスレ Part4


12:名無しの探索者

どう見てもAIだろ


13:名無しの探索者

>>12

だとしても作り込みエグくね?


14:名無しの探索者

動画何百本あるんだよ

しかも全部ライブ配信


15:名無しの探索者

>>12

動画編集の知識なさそう。


16:名無しの探索者

世界観作り込みすぎだろ

誰が金出してんのこれ


17:名無しの探索者

広告もないのが逆に怖い

何目的なんだよ


18:名無しの探索者

あのハゲのおっさん死んだと思った


19:名無しの探索者

>>18

死んでないぞ

死んだ方がマシなくらいボコられてたけど

 

20:名無しの探索者

お前らこれ見ろ

https://observer-record.net/xxxxxxxxxxxx


21:名無しの探索者


22:名無しの探索者

知り合いに似てる奴が動画にいたんだが


23:名無しの探索者

>>20

誰やこれ


26:名無しの探索者

とりあえず警察と探索者組合に通報した


27:名無しの探索者

>>20

この子どっかで見たことある


28:名無しの探索者

>>20

『アニキ』ミームの人で草。役者デビューか?


―――――――――――――――――――――――――――――――――――――


 頭が真っ白だった。


 「これ……創司の事だよな」

 「URL開ける?」


 ミナト兄の言葉に、宮野さんがURLをタップした。

 

 映し出されたのはどこかの草原。

 

 そして――


 『レナさん、だから違うんですって』

 『何が!?爆発したよね!?何でまた跨ってんの!?』

 『いやだから、あれは試作3号なんです。今から試すのは4号でタンポポ燃料を――』


 兄さんだった。

 

 教室がざわめく。

 誰かが息を呑む。

 ジョー兄がスマホをひったくるように掴んだ。


 「創司!!」


 もちろん本人に聞こえるはずもない。

 だが叫ばずにはいられなかったのだろう。


 私も同じだった。

 生きてる。

 本当に生きてる。

 

 胸の奥で堰き止めていたものが、一気に溢れ出す。

 

 なのに――


 『んじゃ行きまーす。試作4号、テイクオフ!……あれ、テイクオフ!……ダメだ失敗。でも失敗は成功のもフンッ――』

 『ソ、ソウジくーーーーんっ!?』

 『ああっ!垂直に飛んで上空で爆散……打ち上げ花火みたいっすね』

 『私、あいつの事もう少しまともな奴だと思ってた』

 『助手選び間違えたか……?』


 木の棒に跨った兄さんが物凄い勢いで空へ吹き飛ぶ。

 羽の生えたウェットスーツ姿の男性が慌てて追いかける。

 虫のような複眼を持つ男が憐れむように首を振る。

 モデルのように整った女性は呆れ顔。

 学者然とした――炎の魔人らしき何かは、顎に手を当てて真剣な表情で考え込んでいる。


 意味が分からない。

 映像の何もかもが意味不明だ。


 でも――


 「兄さんだ……」


 間違いなく私の兄だ。

 

 目標を見つければ、周りが見えなくなるほど夢中になって。

 危ないと分かっていても、好奇心を優先して。

 そんな熱意に惹かれた人達に、気づけば囲まれている。

 

 いつもの兄さんが、そこには映っていた。


 「……元気そうだな」


 ジョー兄がぽつりと呟く。


 「うん」

 「うん……」

 

 笑っているのか、泣いているのか、自分でもよく分からない。

 ただ、兄さんは生きていた。

 

 涙で滲むその姿を、始業のベルが鳴るまで見つめていた。

 

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