Breaking God 取引3 〜網代恒一〜
昨今は昆虫食が注目を集めているらしい。
食糧問題やSDGsの観点からその需要は増加の一途。
国民総美食家といえる日本においてはまだまだこれからといった感じだが、世界的な市場規模は確実に拡大している。
――だから、これだって立派な食糧なのだ。
そう自分に言い聞かせ、8本あるバカでかい節足のうち、なるべく小さい1本をもぎ取り口へ運んだ。
「うぐえぇぇっ……!まっず!」
えぐい。
生きてる間に味わう全てのえぐみを一口に凝縮しましたと言われても納得できるレベルでえぐみがえぐい。
あ、なんか舌が痺れる。
麻辣?麻辣なの?
『毒持ちだったわ』
「うぐえええあああっ!」
集落内の井戸から汲んだという水を口に含み、指でこすって舌を洗う。
水濁ってるとか指汚いとか言ってる場合じゃない……!
『おいこら、貴重な水だぞ。大切に使え』
「はへんは(ざけんな)っ!!」
理不尽な発言に抗議しようとしたその時。
ペコンっ、とPCから音が鳴った。
「……え?」
ここWi-Fi飛んでんの?
そんな訳ないと内心突っ込みながら拾い上げる。
『神器から音だと……?』
美女もこちらへやってきた。
訝しげな表情だ。
『妙なモノなら叩き壊す』
「やめろ野蛮人」
2人で画面を覗く。
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【実績解除】
◆ はじめての食事
取引資格が更新されました。
【Foods】
閲覧権限:付与
購入権限:付与
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なにこれ。
実績解除?
『おい、何て書かれてるんだ』
「え?読めないのか?」
『読めるわけないだろ』
そういえばこの人、日本語喋ってないな。
もしかしてカンストした俺のコミュ力が言語の壁を粉砕しちゃったか?
壁の瓦礫でバベルの塔築けちゃう感じか?
『私の<念話>だマヌケ。いいから内容を説明しろ』
槍を構えた美女を見て、慌てて内容を確認。
「フーズ……食糧だな」
『食糧を出す神器か?』
んな馬鹿な、と思うものの表示された文面に目が行く。
解除。
取引資格。
開いているのは曲がりなりにも通販サイト。
まさかと思いつつPCを操作。
表示された通知ウィンドウを閉じ、サイト内の検索バーに【Foods】と入力。
様々な商品画像が表示された。
値段表示まである。
『どうした?』
「いや……食い物売ってる」
『売ってる?買えるのか?』
どうだろう。
震える指でキーボード下のタッチパッドをスクロールし、適当な商品を探す。
よくわからん生鮮食品は避けたい。
お、これは……?
【プレッツェルとニンジンのセット】
値段は$70。
円換算だと約1万。
「たっか」
プレッツェルとニンジンで1万円。
何その組み合わせ。
というか支払いはどうなるんだ?
サイト左上に【Cash】の文字を発見。
試しに開いてみれば、残高に【$29,396】と表示された。
円換算では……440万くらいか?
って――
「俺の貯金だ……!」
学生時代からコツコツ貯めてきた俺の預貯金が、そこに記載されていた。
何故か知らないが口座残高と連動しているらしい。
『買えるのか?』
美女が覗き込む。
『食えるのか?』
圧が凄い。
俺は虫鍋を見る。
美女も虫鍋を見る。
2人して無言になった。
『買え』
「……ちくせう」
購入ボタンを押した。
ボンッ、と音が鳴る。
俺の足元に煙と共に段ボール箱が出現した。
「ま、まじかよ……」
慄く俺とは対照的に、美女がむんずっと箱を掴む。
『このまま食えるのか?焼いた方がいい?』
「そんな訳あるか」
箱だと伝えると、かなり乱暴にこじ開けられた。
美女は箱から取り出したプレッツェルを見るなりポイっと投げ捨て、ニンジンをポリポリ食べ始めた。
『茶色いのはやる。うんこで作った蝶々結びみたいでまずそう』
「なんて事言うんだ」
全ゲルマン人に謝りなさい。
プレッツェルを拾い上げて齧る。
……美味いな。
ただの塩味。
だが、さっき食べたえぐみMAX麻辣バカでか虫との落差で驚くほど美味しく感じる。
「はぐっ、んはふっ」
『……なあ』
「んぐっ、はふっ」
『なあ!』
夢中になって食べていると、美女が急に大声出した。
「なんだよ」
『美味いのかそれ?』
「ああ、普通に美味い」
俺のプレッツェルと自分のニンジンを見比べる美女。
『……交換する?』
「しない」
飛びかかってきた。
『寄越せ!私にも食わせろ!』
「やだよ!うんこみたいで不味そうなんだろ!?」
『見た目と味は別だ!』
結局、食いかけの人参を口に突っ込まれた隙にプレッツェルを奪われた。
『まともな食事……3日ぶり……』
半泣きでそんな事を呟いてる。
何だか可哀想になってきた。
『足りない……もっとないのか!?同じやつ!』
商品を探してみるが、プレッツェルは見つからない。
てか多分ダークウェブでプレッツェル売ってる方が珍しいだろ。
『うぅ……箱に残ってたりしないかな』
美女がダンボールの残骸を上下に振る。
パサッ、と何かが地面に落ちた。
『なんだ?』
チャック付きの安っぽい透明の袋。
中には一摘みほどの白い粉。
一瞬で理解した。
ダークウェブ。
妙に高額な値段。
――プレッツェルとニンジンはカモフラージュだ。
「おい!それは――」
『?……ははーん、さてはこの粉、めちゃくちゃ美味い調味料だな?』
「違う違う!いいから捨て――」
『ぷれっつぇるはお前が食ったんだからこれは全部私のだ!』
半分あんたも食っただろ!
そう叫ぶより早く、美女は袋を開け、中身を一気に口へ流し込んだ。
「うわぁぁ……」
身の毛もよだつ光景だった。
法治国家で育まれた常識と良識が悲鳴をあげている。
『あんまり美味しくないな……ん?』
俺がドン引きしていると、美女が俺を――いや、俺の背後をじっと見つめ出す。
『おい、何だそれ?』
「それ?」
『その光ってるやつだ。お前の背後に浮いてるだろ』
俺は頭を抱えた。
終わった。
完全にキマッちまってやがる。
「いいか!?あんたが飲んだのは調味料じゃない!薬物だ!」
『薬物?』
「薬!ドラッグ!幻覚剤!」
『幻覚剤だと?それって――』
美女が何かを言いかけた、その時だった。
「「イィりりりりゅアあぁアアアアアッー!!」」
森の奥から絶叫が響いた。
振り返れば、醜い怪物共が木々を駆け抜け集落へ向かってきている。
1匹や2匹じゃない。20を超える大群だ。
「うわぁあああ!!?」
驚いた俺はその場で腰が抜けた。
先頭が結界前に辿り着き――
棍棒を振り上げた体制のまま、動かなくなった。
後続も次々と結界前で動きを止める。
そして、順に吐瀉物を撒き散らしながら倒れていった。
『結界の効果だ。お前もさっきああなってた』
「……は、はははっ」
何だか笑えてきた。
あれだけ怖かった化物共が何もできずにぶっ倒れていく。
実にマヌケな光景だ。
指差して笑っていると、一際大きな個体が2匹、前へ出てきた。
「はははっ……あれ?」
だが、様子がおかしい。
他の奴らのような濁りがない。
その目は、明確な知性を宿していた。
片方が結界へ腕を伸ばす。
何の抵抗もなく通り抜けた。
「ぐロリァああア!!」
「ァぃニじゅらああ!!」
2体がこちらへ向かってくる。
『"醜鬼将"だな。"醜小鬼"の上位種。』
「いやいや何で冷静!?」
『ホブ個体は総じて人間並の知能を持つ』
「そうじゃなくて、結界なんだろ!?化物入ってきてるんだけど!」
『誘導結界だと言っただろ。知能の低い生物を誘き寄せる罠猟用の結界だ。物理障壁にはならん』
「何でそんなもん張ってんだよ!?」
『知らん。元々張られてた』
お前が張ったんじゃないのかよ――なんてツッコんでる暇はない。
腰が抜けてるため逃げられない。
俺は這うように美女の背後に回り込み、半裸の背中にしがみついた。
「なんとかしてくれ……!」
『お前……男として色々終わってるぞ』
ため息を吐いた美女が、腕を前に突き出す。
そして、腰に下げていた短刀を抜き、自らの手を切った。
血が溢れ出る。
篝火でできた影。
そこへ垂れた瞬間、美女の影がぶるりと震えた。
『やっぱり……通りがいいな』
「何してんの!?来てるってぇ!」
化物はもう数歩の距離まで迫っていた。
篝火を超え、影がくっきり浮かび上がる。
その瞬間――
『――<影啄鳥>』
美女の影が伸び、巨鳥を象る。
そして、化物共の頭部の影を嘴でバクリと啄んだ。
走っていた2体は勢いそのままに転倒。
俺たちの前まで滑り込み、そのまま動かなくなった。
気絶している。
「……は?」
『威力も上がってる。やっぱり触媒だ……!』
興奮した様子で美女が振り返る。
『お前、名前は?』
「え?網代 恒一」
『コウイチか。これからよろしくな!』
初めて美女が笑った。
やばい。
狙撃手が俺の胸元にポインタあててる。
とりあえず深呼吸だ。
「説明求む。触媒とは何ぞや」
『さっきの粉だ。呪術触媒だろ?しかもかなり高純度』
「違う!あれは違法な薬物で――」
俺の説明を無視し、美女が再びデカい化物2体に向き直る。
透明袋に残っていた少量の粉をその口に流し込んだ。
「な、なにやって――!」
『呪術には触媒が必要になる。薬草、骨、血液、鉱石。色々あるが、幻覚剤は霊性を高め、時に貶める極上の触媒だ』
再度手を切った美女がその血を化物の口に流し込んだ。
『――<魂盗粉>』
気絶していた化物2体が瞼を開く。
しかしそこに先ほど感じた知性の輝きはなく、濁った瞳が美女に向けられた。
『私が長、こいつが副長。分かったら跪け』
2体は地面へ跪き、美女へ頭を垂れた。
『小鬼共を使って人里を探そう。捨て駒の戦力にもなる。これで森を抜けられる』
◇◆◇
そして現在。
この世界に来て1週間。
最初の2体から配下は着々と増え続けている。
100から先は怖くなって数えるのをやめた。
必死に貯めた金を切り崩して美女に請われるまま薬を買い、化物共に与える日々。
「どうしてこうなった」
ダークウェブで買った煙草の煙と一緒に吐き出した直後、美女が起き出してきた。
『ぉはよう……』
「またトリップしてたのか?体に毒だぞ」
『とりっぷ違う。その単語には退廃的なニュアンスを感じる』
眠た気に、しかしはっきりと美女が抗議の声をあげる。
<念話>とやらはその名に違わず、言葉に込めた感情まで読み取れるらしい。
『触媒で霊性を高め、祖霊に祈りを捧げているんだ』
「祖霊?」
『ああ、界を渡っても祖霊は私を見捨てなかった。森で遭難し、餓死寸前だった私の前に神器で触媒を出すコウイチが現れた。手詰まりだと感じ始めた昨晩になって街道を発見したのも祖霊の手助けだ』
何言ってるのかよく分からない。
だが。俺との出会いを喜んでくれているらしい事は伝わってきてちょっと照れくさ――
「ちょっと待て。街道見つけたって言った?」
美女がニヤリと笑った。
詳しく聞けば、ここかろ北東へ3日ほど歩いた先に整備された道を発見したとの事。
発見者はゲリラ部隊――俺が勝手にそう呼んでるだけだが――の1匹。
発端は数日前。
現代人の俺には何もない森での生活は暇でしょうがない。
ダークウェブで見つけたタイトル不明のDVDを持ち運び用プレイヤー付きで買ってみたのだ。
例えB級でも無いよりマシ、と勝手に映画を期待していたのだが、流れてきたのは何処ぞの国同士が森で戦争している映像。しかもモザイク無し。
思わず窓から森へ投げ捨て、美女が拾って化物共に見せ始めた。
呪術で無理矢理記憶を定着させ、戦闘法を学ばせている。
『10匹ほどの隊を2つ組ませてそれぞれ街道を逆方向に全力疾走させている。人里見つけたら戻ってこいと命令付きでな』
「そうか」
これが人に対する所業ならとんでもない鬼畜だが、あいては所詮化物。
恐怖したのも最初だけ。
1週間襲われずに過ごしているうちに慣れてしまった。
人間とは環境適応できる生き物。
そして現代人とは、環境そのものを望む姿へ作り変えていく生き物だ。
故に、現代人たる俺は欲したものを貪欲に追い求める。
「なあ、そろそろ名前教えてくれよ」
そう、俺は未だにこの美女の名前を知らない。
呪術師にとって名前とはただの記号ではなく、魂の一部。
だから簡単には明かせない。
そう言われていた。
俺は聞かれたから名乗ったのに。
そう文句を言い、信頼関係が構築できたら明かしてもいいと言質を取ったのだ。
『そうだな』
美女は少しだけ空を見上げた。
『いつまでも黙っているのも、祖霊の導きに背く行いか』
よく分からない理屈を述べた後、1週間越しに美女が名前を明かした。
『私はカルミナ(・・・・)・モルガン(・・・・)。改めてよろしく頼むよ、コウイチ』
静かに告げた後、美女は柔らかく笑った。
ようやく聞けた美女の名。
不意打ちの笑顔。
だというのに、俺は何故か素直に喜べなかった。
――この先、とんでもない厄介事に巻き込まれる。
そんな気がしたのだ。




