飛空箒 航程18 〜羽田創司〜
半分アンデッド化。
そう聞いて困惑する俺の様子を、高次生命体は愉快そうに眺めていた。
「肉体と魂魄の乖離……原因はわかるのか?」
腕を組んだカルミナさんが問う。
「呪いの武器だな。しかも自作」
「自作……?」
ジャンクスフィアは俺の記憶から拾い上げた『意挫骨断』の効能と、“伏層擬体”との戦闘を詳細に語った。
「呆れた。“聖別”もせずにアンデッドを素材に使う馬鹿があるか」
「どうもその辺りの知識は、客人殿の世界では普及しておらぬようでな」
「なおさら使うな」
ぐ、ぐうの音もでねぇ……。
というか“聖別”って何だ。
ものすごく気になる単語だが、今は聞かない。
有って間もないが確信がある。
この宇宙人、一度脇道に逸れると話が進まなくなるタイプだ。
だから、そうなる前に確認する。
「あの、つまり俺、今かなりヤバい状態なんですか?」
会話に割って入る。これだけは確認しないと、不安で話が入ってこない。
「少し待て」と告げたカルミナさんが目頭を揉み解す。
白衣も相まって徹夜明けの研究者って感じだ。
数秒後。
手を離した彼女の瞳が赤く輝いていた。
「――今すぐどうこうなる状態ではないな。肉体側へ死霊反応が定着し始めているが、侵食というほどでもない」
よくわからないが、さらっと恐ろしいことを言われた気がする。
「途轍もなく不安なんですが」
「安心しろ。突然”腐骸”化したり肉体から魂が抜けて”亡影”になる事はない」
それは……安心していいのか?
そんな状態が引き合いに出てくる時点でやはり相当ヤバいのでは?
「むしろ興味深いほど均衡が取れておるぞ! 普通ならとっくに精神汚染か肉体壊死が起きておる!」
「フォローになってねぇ」
余計不安になった。
頭を抱えたくなる衝動を堪えながら、深く息を吐く。
落ち着こう。とりあえず今すぐ死ぬわけではないらしい。
「しかし……妙だな」
青い瞳へ戻ったカルミナさんが頬杖をつく。
指先が机をコツコツと叩いていた。
「上位種とは言え”強化外骨格骸骨”程度の呪いで魂がズレるか?”亡賢”のような魔術師タイプならともかく……おまえ何か隠してないか?」
「むふふ。流石よの、我が主」
ジト目で睨まれたジャンクスフィアが口を歪めて立ち上がる。
「隠していたわけではない。確証が無いため黙っていただけ、マスターと同じである!」
両手を広げて大袈裟にポーズを取る。
絶対こいつは面白がっるだけだ。
「客人殿が斧で自傷し気絶した際、何者かが意識へ干渉しておる。そこで呪いが増幅したのだろうな。もっとも、客人殿自身も覚えておらんようで詳細は見えんかったが」
「……え?」
意識に、干渉……?
何の話だ。
まるで覚えがない。
そう尋ねようとして――
胸の奥から凄まじい嫌悪感が湧き上がった。
頭痛。
吐き気。
怒りが思考を焼き、視界が赤く染まる。
なんだ……これ……。
「”これ”と同じ存在か?」
「別口であろうな。こんな取っ散らかった術式組む者がわざわざ後遺症も残さぬよう丁寧に記憶だけ消すなんて几帳面な事するとは思えん」
2人が全天球空間を突っつきながら何か言っているが……ダメだ、言葉が遠い。
「別口から複数のアプローチ!客人殿はモテモテであるなぁ!」
このこの~と、俺の脇腹をジャンクスフィアが肘で小突く。
――途端、スイッチを切ったかのように怒りが消えた。
「おや?顔が赤いぞぉ〜?照れておるのかぁ〜?」
どうしよう、嫌悪感の対象変わりそう。
「まあ、何にせよ肉体と魂のズレによる存在の不安定さは転移の要因としてあり得る話だ。それで?他の候補は何だ?」
自分の身に何が起きているのか。
結局「ヤバそう」という事以外ほとんど理解できないまま話が進む。
「むふふん。喜ぶがよいぞシャイボーイ、それにマスターも。2つ目はおぬしらにとって朗報である」
何故かドヤ顔で胸を張るジャンクスフィア。
俺はともかく、カルミナさんに朗報?
「客人殿、お主は『錬金術』の適正持ちだ」
「なっ――!」
立ち上がったのは俺ではない。
見開かれた青い目。
驚愕の眼差しが、こちらを凝視していた。
「いや、は?え?『錬金術』って、漫画とかゲームに出てくる?」
「うむ、その通りである!」
そんな『術理』聞いたことないぞ。
「貴殿らの世界の術理学は未発達もいいところ故な。まだ『錬金術』の発見には至っておらぬ。だが安心せよ。創作作品の解釈は案外的を射ておるぞ。色々思い出して参考にし、ついでに我にも記憶を見せよ」
願望交じりのアドバイスをくれる宇宙人。
その隣で、カルミナさんがぽつりと呟く。
「……本当か?」
かすれるほど小さな声。
それでも、その一言には抑え切れない熱が滲んでいた。
「我は嘘を言わぬ。やったなマスター。これで一歩前進である」
「……」
何の話か、と尋ねる前にジャンクスフィアが俺の肩を叩いた。
「客人殿、我から提案である。マスターの助手にならぬか?」
「おまえっ、何を勝手に――!」
突然の提案。
困惑する俺を他所に、カルミナさんがジャンクスフィアに詰め寄る。
「何故止める?錬金術師の未教育個体、それも魂魄のズレに耐性がある。こんな逸材、引き入れぬ方が損であろう?」
「損得の話じゃない!!」
鋭い声が部屋に響き、静寂が落ちる。
誰も喋らないまま数秒が過ぎ、カルミナさんを静かに見つめていたジャンクスフィアが口を開いた。
「我は物語が好きだ」
先程までの軽薄さを消した声。
「喜劇も悲劇も等しく好む」
そして、穏やかな表情のまま続けた。
「じゃがな、マスター。報われるべき者が報われぬ結末は、あまり趣味ではない」
青い瞳が僅かに揺れる。
何かを言い返そうと口を開きかけ――結局、何も言えずに閉ざした。
「我は使い魔である。お主の悲願が成されるその時まで、協力すると契約した。それに――」
威厳ある老紳士の顔が、イタズラ好きな子供のようにくしゃりと歪んだ。
「貴殿の物語は、ハッピーエンドと決めておる」
ジャンクスフィアがくるりとこちらへ向き直る。
その動きは芝居がかっていて、まるで舞台役者のようだった。
「さて、客人殿――いや、助手殿。返答はいかに?」
大仰に片手を差し出してくる。
こいつの中ではもう決まっているらしい。
視線を横へ向ける。
カルミナさんは目を伏せていた。
だが、その奥にある感情は嫌というほど伝わってくる。
焦燥。
期待。
そして諦め。
誰かに迷惑をかけることを恐れている。
似ているわけじゃない。
顔立ちも性格も全然違う。
それでも何故か、妹の姿が重なった。
事故で脚を失った後。
病室で見舞いに行った時のことだ。
大丈夫だから。
心配しないで。
そんな言葉ばかり口にしていた。
本当は誰より辛かったはずなのに。
周囲に気を遣わせまいと、必死に強がっていた。
俺は頭を掻く。
そして諦めたように息を吐いた。
「ちなみに助手って何するんです?」
カルミナさんが顔を上げる。
ジャンクスフィアは満面の笑みだ。
「むふふ。良い質問である!」
俺の返答を確信してたな、コイツ。
「我が主は学究の徒。貴殿らの言葉で言うなら大学の研究者に近い」
胸を張って説明を始める。
「日々様々な術理の研究を行っておる。助手殿にはその補助を頼みたい。具体的には実験の手伝い、素材の加工、そして指定した魔道具や薬品の製作であるな」
「研究補助か」
思ったよりまともだった。
もっとこう、謎の儀式とか人体実験とか言われるかと思った。
……いや、この人達ならまだ油断はできないが。
「もちろん報酬は出すぞ!」
「おい待っ――」
「わかりました」」
カルミナさんが何かを言いだす前に、俺は頷いた。
「引き受けます」
青い瞳が大きく見開かれる。
「ただし条件があります」
「ほほう?聞かせてもらおう」
ジャンクスフィアが顎髭を撫でながら答えた。
「可能な範囲で構いません。俺と一緒に転移してきた8名を保護して欲しい」
カルミナさんが黙り込む。
俺はさらに続けた。
「それと、錬金術について教えてください」
「ふむ?」
「正直、何ができる術理なのかもわかってない。でも色々作れるなら、俺に向いてると思います」
生産メインの俺にとって、願ってもないチャンスだ。
空飛ぶ箒も作れるかもしれない。
ジャンクスフィアがうんうんと頷く。
「実に健全な動機!」
「黙れ」
即座にカルミナさんから飛んだ。
しかし彼女自身は難しい顔をしている。
保護の件だろうか。
それとも錬金術を教える方か。
しばらく考え込んだ後、
「その条件は――」
と言いかけたところで。
「承諾!」
ジャンクスフィアが元気よく挙手した。
「おい!」
「問題なかろう?マスターなら錬金術の教本から禁書まで閲覧できる。それに異世界人8名。研究を思えばむしろこちらから頼んででも手元に置きたい人材ではないか」
「……」
結局、数秒の睨み合いの末。
カルミナさんは盛大な溜息を吐いた。
敗北宣言だ。
「……好きにしろ」
「よしきた!」
拳を突き上げる使い魔。
主人は不機嫌そうに腕を組む。
だが、先ほどまでより少しだけ明るい気がした。
「ところで」
俺はふと気になっていた事を口にした。
「何の研究をしてるんです?」
その瞬間。
カルミナさんの表情が変わった。
迷い呆れ、疲労が消える。
研究者の顔だった。
「世界を渡る術だ」
短い答え。
「世界を……?」
聞き返す俺へ、ジャンクスフィアが楽しそうに笑う。
「そういえば言っておらなんだな」
そして当然の事実を語るように続けた。
「我が主も異世界人なのだ。貴殿らとは別の世界から来た」
「……は?」
静かな研究室。
青い瞳の魔女は何も言わない。
ただ少しだけ遠くを見るような目をしていた。
「故に研究しておる」
ジャンクスフィアはゆっくりと告げる。
「元の世界へ帰る方法をな」
――予想外の言葉に、思わず息を呑んだ。
長い!遅い!ごめん!




