飛空箒 航程16 〜羽田創司〜
ジャンクスフィアからの協力要請。
正座のまま足の痺れを揉みほぐす彼の姿を見ていると、使い魔に対する憧れや幻想が音を立てて崩れていく気がする。
だがまあ、それはともかく断る理由もない。
承諾し、何をすればいいのか問うと――
「何、簡単な事よ。少しばかり貴殿の記憶を覗かせて欲しいのだ」
そんな事を言い出した。
出来るのか、とは聞かない。
たった今規格外の『術理』を目にしたばかり。さらにその使い魔も既に色々と……本当に色々な意味で規格外なのだ。
常識で測ろうとするだけ無駄だろう。
HowではなくWhyで質問した。
「うむ。まずはこのレリーフを見たまえ」
神妙な表情で差し出されたのは、俺を此処へ飛ばした元凶。
不思議な紋様の石板だ。
「とりあえずは魔力を流した……言うまでもないが、これは転移用の魔道具。二枚一対型、片方に魔力が流れると対になるもう一方へ転移する。転移用魔道具としては、よくある形式だな」
「どう見える?」と聞いてくるジャンクスフィア。
どう、と言われても……。
「紋様が蠢いてますね」
「……ほほう?」
顎髭を撫でながらニヤリと笑った。
「気づかんか?我は既にこのレリーフに魔力を充填し、今まさにレリーフに触れておる」
「……っ」
そうか。
魔力が充填されているという事は、あの石板は条件さえ満たせば直ぐにでも発動する。
いわば待機状態だ。
俺の時は触れただけで転移した。
一方、両手でがっちり掴んでいるジャンクスフィアの身には何も起きていない。
考えられる可能性は――
「触れるだけが条件じゃない……?」
「左様である。貴殿が転移した時の状況から、石板への強い衝撃や魔物の存在がトリガーになっている可能性も考えたが……」
じっとこちらを見るジャンクスフィア。
数秒置きに体を傾けているのは、脚への負担を軽減しようとする試みか。
「少なくとも我には……一般的なサピエンスの身体構造を模した今の我には、紋様の蠢きとやらは知覚できぬ」
それは……予想外だ。
だが、言われてもう一度確認してみると、確かに。
紋様は単純に動いているというより、絵柄そのものが幾重にもぶれているように見える。
まるで、先程カルミナさんが術を使ったときの右手のような――
「出自や適性、過去の経験など……恐らくは貴殿の何かに反応したのだろう。確証を得るため記憶を見せてほしいのだ」
ジャンクスフィアの説明に意識を戻す。
なるほど。
それなら記憶を見たいという理由にも納得はいくが……。
「俺が触って、もう一回転移するんじゃダメなんですか?」
「んなっ……!」
自分の記憶なんて積極的に見られたいものでもない。
どんな方法を使うのか分からないが、俺が石板に触れる方が手間も無いだろう。
それに、正直向こうの状況もかなり気になる。
レナさんとタロウさんの実力なら、震明さん抱えて逃げることくらいはできると思うが……。
「だ、ダメだダメだ!危険すぎる!どんな挙動をするのか分からぬ上、仮に転移に成功したとて再び此処へ戻ってこられる保証も無いのだぞ!?」
む……確かにその通りだ。
あちらの状況が気になって、少し焦っていたらしい。
無茶言ってすみません――止めてくれたジャンクスフィアへ謝罪と感謝を口にしようとした、まさにその時。
「なあ、いいであろう?減るものではなし、少しだけ!本当に少しだけでいいのだ!記憶を覗かせてくれ!!」
血走った眼で、そう懇願された。
「……」
「痛くしたりせぬぞ?我、記憶覗くの超得意だから。ほんとほんと」
……よく分からない状況だが、めちゃくちゃ怪しい。
そんなやり取りをしていると、部屋中央の執務机からため息が聞こえた。
「そいつは君の記憶を娯楽作品代わりに楽しもうとしている。私からの制約で害を与える事はないが、不快なら断ってくれ」
「マスタぁぁぁぁ!?何故ばらすのだ!?」
予想外の裏切りと、限界を超えた脚の痺れ。
2方向からのダブルパンチにより、ジャンクスフィアが崩れ落ちる。
偶然にも俺に向かって五体投地する形だ。
「頼む、頼む……!娯楽を求める我の直感が、貴殿の記憶は絶対おもしろいと囁くのだ……!」
初老の男性に泣きながら土下座される。
何故かこちらが悪い事をしているような罪悪感が湧いてくる……いや、ギリ不快感の方が勝ってるな。
でもまあ、何となく不快というだけで別に見られて困るような記憶も無い。
隠したい秘密が皆無という訳ではないが、今の状況で渋るほどでもなかった。
「ちなみに記憶を見れば転移発動の条件も解明できたりします?」
「!?……で、できるできる!できる可能性が無きにしも非ず!」
無きにしも非ずかよ……。
より詳しく聞けば、人の記憶は本人の意識によってブロックされていたり、本人すら忘れていたりするため簡単に全てを閲覧できるわけでは無いらしい。
しかも無理に深く潜れば覗く側にもかなりの負荷がかかるという。
そういう事ならと、結局『俺が無意識化でブロックしている記憶は見ない』という条件で許可した。
「感謝する!感謝するぞ客人殿……!石板の転移に関係なさそうな事象はちょっとしか見ないから!」
ちょっとは見るのか。
「では早速――」
ジャンクスフィアが片目を閉じ、右手の親指と人差し指で作った円を通して俺を覗いた。
◇◆◇
”虫”を解析中のカルミナさん。
記憶を探るジャンクスフィア。
そして、優雅にティータイムを決め込む俺。
正直、多少の罪悪感はある。
だがやる事がないのだから仕方ない。
疲れも溜まっている。休める時に休んでおくのも大事なことだ。
――と、自分への言い訳を済ませて紅茶を一口。マジで美味い。
布一枚とは思えないふかふかなソファに身を沈める俺の背後からは、時折残念生物の独り言が漏れ聞こえてくる。
「む、これは?『コソ泥バルヌス』……?」
「おい」
どう考えても石板と全然関係ない単語ばかり聞こえてくるが、気のせいだと思いたい。
カルミナさんが”虫”の解析を終えたのは、それから更に十分後の事だった。
「――やはり、か」
そう呟き、巨大顕微鏡から顔をあげる。
「何かわかったんですか?」
「ああ」
カルミナさんが立ち上がる。
棚からさらに2枚の布が飛んできて、テーブルを囲むように、それぞれが1人がけのソファを形作った。
空中で滑らかに変形していく様子は、何度見ても常識が揺らぐ。
「ジャンク、お前も座れ。記憶の調査はとっくに終わってるだろう」
「秒間24フレーム……?バカな、魔術もなしに絵を……!」
どうやら俺の記憶から映像作品でも見ているらしい。
ひとりでに動き出した布製ソファにべしん、と頭を叩かれた人外生命体も席に着く。
カルミナさんは俺とジャンクスフィアを交互に見やり、小さく息を吐いた。
その表情には呆れも混じっていたが、同時に研究者めいた鋭さも宿っている。
先程までの軽い空気が、少しずつ薄れていくのを感じた。
「結論から言う」
部屋の中から無駄話が消える。
自然と、俺も背筋を伸ばしていた。
「君は別の世界から来た人間だ」
「………………へ?」
数秒、思考が止まった。
まるで既知の事実を確認するかのような声音。
あまりにも平然と告げられたその一言は、俺の知る“世界”を音もなく綻ばせていく。




