飛空箒 航程13 〜羽田創司〜
「前方4右から3!……っ、左からも2体きてる!」
「ほんっと多いねぇ!」
「左に毒投げます!」
襲いくる"小鬼"の群れ。
一体一体は大した脅威ではない。だがこうも数が多いと流石に鬱陶しい。
それに――
「"小鬼"がゲリラ戦仕掛けてくるとか聞いたこと無いんだけど……!」
森の地形を利用した見事な潜伏。
徹底されたヒット&アウェイ。
確実に統率者がいる。
昨日、見張りの合間に作っておいた投擲武器――”砂雷蠍”の麻痺毒を”蜜膜粘体”で包んだ球体――を左手側の2体に投げる。
一体目のこめかみに直撃。
弾けた蜜膜と共に黄色い毒液が飛散し、その背後を走っていた2体目にも降りかかった。
「ぁるェリぎアっ!」
「グゥあアれぅ!」
意味不明な言葉を喚いて転倒。
痙攣する四肢を見る限り、しばらくは動けないだろう。一旦放置でいい。
タロウさんが華麗な銛捌きで前方から迫る一体の心臓を貫き、そのまま右へ投げ飛ばす。
宙を舞う”小鬼”の体を死角とし、飛翔した矢が右手の3体へ突き刺さった。
前方から抜けてきた一体を斧頭で殴り倒せば、残る2体も既に片付けられていた。
放置した痙攣する2体の頭を潰しながら周辺警戒……。
キャンプ地を出発しておよそ3時間。
終始、こんな戦闘が続いていた。
「も、も”ゔ嫌っず~!帰りだいっず~!」
「我慢してっ。ほら、もう少しなんでしょ?」
この場に連れてこられた唯一の非戦闘員、震明さんが泣き叫ぶ。
正直、同情はする。
だが彼がいないと意味が無いのも確かなのだ。
レナさんに促され、震明さんが空を見上げる。
「じゃ、鳥見つけたら言ってね」
「ううぅ……」
……同情はする。
◇◆◇
現在、俺たちは震明さんが見たという謎の建造物を探し、森の奥を進んでいる。
探索班は俺、タロウさん、レナさん、震明さんの4人。
残りのメンバーは拠点防衛&食糧確保を担当している。
本来ならガイさんも探索班に加わる予定だったのだが、どうも昨日の戦闘で腕を負傷したらしい。
「こりぁあ……筋が切れとるのう」
「だーからいつも言ってんだろ!踏み込み甘いんだよガイ!」
「すまない……」
幸い、爺さんが周辺の植物に詳しく、薬草として使えるものを見つけてくれた。
湿布を作って貼っておけば、一日もすれば治るらしい。
ティナさんを探索班へ加える案も出たが、一般人2名に老人1名、さらに負傷者1名を残すのは不安が大きい。
盾役不在という問題はあるものの、最悪の場合は逃走を優先する――そう決めてこの編成になった。
「ムリっすからね!?自分、足震えますから!逃げるとかムリっすからね!?」
「わかったって」
「置いてったら死んでも忘れないっすから!絶対化けて出ますよ!」
"映像記憶"持ちが言うと迫力が違う。
震明さんは鳥が見た景色を少しずつ頭の中に蓄積し、森の地図を脳内に作り上げていく。
慣れてきたのか、数を重ねる毎に視界共有の時間僅かに伸び、さらには鳥以外の小動物にも共有範囲が広がっている。
結果、分かった事は――
「めっっっっちゃくちゃ広いっすこの森……」
とても全体像など把握し切れない、という事だった。
それでも、震明さんは鳥や小動物から得た断片的な情報を繋ぎ合わせ、少しずつ目的地への道筋を絞り込んでいく。
時折立ち止まっては空を見上げ、何かを確かめるように目を閉じる。
その度に、進む方向が微妙に修正されていた。
「あのでっかい岩超えて……2本の幹が絡まってる木から東……はい、そこ!」
震明さんの指差した先。
落ち葉と苔に埋もれるようにして、人工物の瓦礫が転がっていた。
「よーし!もう近いっすよ!」
震明さんの声に、張り詰めていた空気がわずかに緩む。
そして――
「わお、雰囲気あるね」
崩れた白石の柱。
蔦に呑まれた外壁。
半ば地中へ沈みながらも、なお威容を保ち続ける巨大建造物。
森の中に、遺跡があった。
「……?」
レナさんが目を細めて首を傾げる。
良く見ると空気そのものが陽炎のように揺らめいていた。
遺跡を囲うように、半透明の膜が展開されている。
「結界……」
思わず口から漏れる。
迷宮内で簡易的な結界を張る術なら多くある。
瞬壁符や特殊な盾、『結界術』なんかもそうだ。
だが、それらはどれも一時的なもの。
魔力を流し続けなければ維持できず、長くても数時間しか持たない。
しかし、目の前のこれは違う。
遺跡全体を覆う規模が桁違いだ。
さらには結界を覆うように、蔦や苔が伸びている。何年、何十年とそこに在り続けているように見えた。
「……こんなの、聞いたこと無いんだけど」
レナさんも同じ感想らしい。
タロウさんだけが、目を輝かせていた。
「いいねぇ! 秘境感ある! 絶対なんかあるじゃん!」
結界は遺跡の外周をドーム状に覆っている。
触れれば入れるのか。
拒絶されるのか。
それすら分からない。
「一旦戻って報告します?」
「えぇー、ここまで来て帰るの勿体なくない?」
「命の方が勿体ないわよ」
レナさんは警戒を崩さない。
当然だ。
未知の結界。
未知の遺跡。
しかも森には統率された”小鬼“までいる。
危険の匂いしかしない。
――その時だった。
「……お、おぉ」
震明さんが、ふらりと前へ出る。
「え?」
「いや……なんか、自分……すごくないっすか?」
頬が赤い。
興奮している。
突然目覚めた力を使いこなし、一般人でありながら魔物が跋扈する森の奥まで道案内。
間違いなく今回最大の功労者だ。
それは本人も理解しているのだろう。
「いや、自分いなかったら無理だったっすよね? これ」
「まぁ、そうだけど」
「つまり今、自分……超重要人物ってことっすよね?」
嫌な予感がした。
さっきまで泣き叫んでいた人物とは思えない。
タロウさんがニヤニヤし始める。
「行っちゃえ行っちゃえ!歴史的発見かもよ?第一発見者だぜ?」
「ちょっ、煽んなバカ!」
レナさんの制止より早く。
「よっしゃぁ!!」
震明さんが結界へ突撃した。
「うぉぉぉぉぉぉ!!」
半透明の膜に体が触れる。
一瞬、水面のような波紋が広がり――
何事もなく、通り抜けた。
「入れたぁぁぁぁぁ!!」
「マジで行ったよあの人……」
レナさんが額を押さえる。
俺たちも慌てて後を追おうとして――違和感に気づいた。
結界の内側。
遺跡の正門脇に立つ一本の木。
妙に、緑が濃い。
周囲の木々より僅かに太く、幹が捻じれている。
そして何より――枝の位置が、不自然だった。
「……っ!」
背筋が総毛立つ。
見覚えがある。
あれは木じゃない。
「震明さん!! 下がれ!!」
叫ぶ。
だが遅い。
木の枝が――“翠柳の木妖”の枝が、動いた。
ブォンッ!!と空気を裂き、太い枝が横薙ぎに振り抜かれる。
「ひぇ――」
震明さんの顔から血の気が引く。
考えるより先に体が動いた。
結界へ飛び込み、そのまま震明さんへ体当たりする。
直後、轟音と共に腕ごと持っていかれるような衝撃が襲った。
「がっ――!!」
咄嗟に斧で受けたが威力を殺し切れない。
視界が横転した。
地面を転がり、崩れた石材へ激突。
肺から空気が押し出される。
「かはっ……!」
痛む腕を無理やり動かし、立ち上がろうとして――気づく。
すぐ横に、半ば土へ埋もれた石板。
そこに、蛇のようにうねる紋様が刻まれていた。
複雑に絡み合う線。
まるで生き物のように脈動し――
次の瞬間。
石板が眩く発光した。
「え――」
世界が白に染まる。
レナさんとタロウさんの叫び。
“翠柳の木妖”の咆哮。
呆然とする震明さん。
全てが遠ざかり――
俺の体だけが、光の中へ沈んだ。




