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労働なんてこりごりだ! 有休1 ~八木寛人 / 角田颯真~

 あ、永住しよう。


 門の先に広がる景色を一目見た瞬間、八木やぎ 寛人ひろとはそう決意した。

 飯の味、文化の違い、上下水道の有無etc……。

 街へ辿り着くまで頭を悩ませていた不安の数々が、全てどうでも良くなった。


 視界に映るのは、夢にまで見たファンタジーの世界。

 

 ゲームで。

 アニメで。

 漫画で、ラノベで。

 

 子供の頃に――いや、なんなら今なお胸の奥で燻り続ける憧れの光景が、確かにそこにあった。


 「先輩……俺、永住します」


 呆然と佇む五木の横で、会社の後輩――角田かくた 颯真そうまが口を半開きにしたまま呟いた。


 ああ、なんたるマヌケ面か。

 きっと自分も同じ顔をしているに違いない。

 

 門前で足を止めた2人に対し、怒号や罵倒が浴びせられる。

 しかし、そんな雑音など、夢の前には意味をなさなかった。

 

 ◆◇◆


 「で、天下の往来で通行を妨げたバカ2人がお前らか?」

 「「すみませんでした!!」」


 ルヴァニア王国は東、交都バルヘイムの地下。

 石造りの留置場に、2人の謝罪が木霊する。


 鉄格子の向こう。

 椅子に逆向きで座った衛兵の男は、呆れたように頭を掻いた。


 「……やれやれ、偶に居るんだよ。お前らみたいな田舎者・・・


 机の上には、半分ほど飲まれた珈琲と淡く光る水晶、それから始末書の山が乱雑に置かれている。

 衛兵はその山の頂上をバスバスと叩きながら言う。


「見ての通りこっちは忙しいんだ。これ以上、余計な仕事増やさないでくれよ?」

「「承知致しました!!」」

「よし、釈放」


 書類に判が押され、鍵束が鳴る。

 重い鉄扉が開いた瞬間、2人は弾かれたように立ち上がった。


 「「ありがとうございました!!」」


 ビシッと音が鳴りそうなほど綺麗に頭を下げる2人を見て、衛兵は苦笑を漏らす。

 

 地味ではあるが高品質な生地の服。

 妙に丁寧な言葉遣いと、染み付いた礼儀作法。

 

 恐らく遠い異国から来た商人か何かだろう。

 門から見た『万灯市』が噂に聞くより大きくて驚いたに違いない。

 そうあたりを付け、衛兵は「早めにギルドで身分証作れよ」と片手を振った。


 ◆◇◆


 「まさかいきなり治安機構のお世話になるとは……」

 「しょうがないっすよ!オタクなら誰だってああなります!」


 オタク文化が魂に刻まれた彼らにとって、先程の失態は避けようのない事故だった。

 角田の言葉に、確かに生理現象は我慢できないよな、と八木も開き直る。

 

 「角田お前見たか?竜が荷車引いてたぞ!馬車ならぬ竜車だよ、竜車!」

 「先輩、甘いっすね。その竜車の御者席に座ってた女の子、ちゃんと見ました?」

 「何だ?竜以上の衝撃なんてそうないだろ?」


 訝しむ八木に、にやりと笑った角田が返す。


 「甘い、甘いっすよ先輩!俺は見たんです!あの娘、フード被ってたけど……」

 「な、何だ?何を見たんだ!?」

 「ネコ耳、生えてました」

 「――――」


 それは、苦行の果てに悟りを拓いた僧侶の心境。

 あるいは砂漠でオアシスを発見した旅人の歓喜。


 八木やぎ 寛人ひろと、28歳独身。

 進むべき道を見つけた彼は、静かに涙を流した。


 「ネコ耳がいるならエルフもいるはず……!先輩、早くギルド行きましょう!ギルドでエルフが待ってます!」


 もちろん何の根拠も無い妄言である。

 しかしゲーム脳の角田にとって、それは約束された必然だった。


 妄想の中でネコ耳の妻と三人の子供に囲まれて食卓を囲む――そんな自らの明るい未来に落涙する八木は、角田に背中を押されるまま運ばれていくのだった。


 ◇◆◇


 「ここがギルドか」

 「あ、帰ってきました?」

 

 2人は周囲よりひと回り大きな建物の前に立っていた。


 正面には大きな木製の扉。

 その少し上には、剣・盾・杖が重なる紋章旗がまるで2人を歓迎するように風に靡いている。


 ――ここから、俺たちの冒険が始まる。


 言葉を交わさずとも分かる。

 胸の奥で燃える高揚を、2人は確かに共有していた。

 

 目を合わせ、同時に頷き合う。

 胸の高鳴りに応えるように、無言で扉を押した。


 「……あれ?開かないぞ?」

 「先輩、引き戸みたいです」


 ――無言で扉を引いた。



 ギルドは活気に満ちていた。


 武装した男女が昼間から酒を酌み交わし、円卓に広げた地図を前に、傷だらけの男たちが怒鳴り合っている。

 報酬を受け取ったパーティと、そこへ回復薬の売り込みをかける若手薬師。

 その合間を、職員らしき眼鏡の女性が大量の紙束を抱えて慌ただしく駆け抜けていく。


 人種も様々だ。

 角を生やしたナイスガイ。

 しきりに眼帯を弄る大男。

 露出の多い服を着た、真っ赤な肌の乙女。


 「……本物だ」


 呟いたのは、八木と角田のどちらであったか。

 

 画面越しじゃない。

 作り物でもない。

 遊園地のアトラクションでも、期間限定のコンセプト酒場でもない。

 

 視界に映る全てが新鮮で、2人はその場に呆然と立ち尽くす。

 先の失態で学んだ脳が「入口に突っ立ってるのはよくない」と辛うじて体を動かし、ふらふらとカウンターへ歩み寄った。


 「#$%&’+*?」


 受付嬢らしき女性が、営業用の笑みを浮かべたまま首を傾げる。

 そこでようやく意識を取り戻した。

 

 「あ、えーっと……『しぇるわ、ねい、じんあねうぃ』」


 衛兵から聞いた言葉を伝える。

 意味は「ねんわをおねがいします」だ。

 

 八木の言葉を聞いた受付嬢が立ち上がり、カウンターの奥へ消えていく。

 

 「それあってます?『じんぃ』だった気がしますよ」

 「うっせ。大体で伝わるだろ」


 1分もかからず、受付嬢の代わりに水晶を抱えた中年の男性職員がやってきた。


 「もどして」

 「どうしてこうなった」

 「おい、聞こえてんぞ」


 男性職員は八木と角田の横幅を足してもなお足りない程にでかい。

 しかも、脂肪ではなく筋肉がその身体を形成していた。


 「で?依頼か?」

 「いや、登録をお願いします」

 「どっかから推薦状はあるか?」

 

 ここでいう推薦状は文字通りの意味だけではなく、犯罪歴等が無いことを証明するための書類のことも指す。

 2人は衛兵から貰った手紙を渡した。

 

 男性職員は封を切り、中へ目を通す。

 数秒後。


 「……ああ、お前らか」


 何とも言えない顔をされた。


 「門前で往来止めて衛兵詰所直行したっていう」

 「「すみませんでした!!」」


 カウンター周辺から視線が一斉に刺さる。

 穴があったら入りたい。


 「まあ犯罪者じゃないなら問題ねぇ。金は?」

 「な、ないです……」

 「ここに来る途中魔物の群れに襲われて命からがら逃げてきたので所持品ほとんど落としました」


 角田がここぞとばかりに用意していた設定を披露する。

 

 「そりゃ災難だったな。まあ登録代金はギルドで立替られる。初心者登録料と講習料で銀貨3枚だ」

 「やったぜ、お願いします」

 「そのパターンってたまにありますけど返済前に死なれたらどうするんです?」

 「霊体で返済するまで働かす。ほれ借用書だ。『契約魔術』と『呪術』かかってるから途中で反故できんぞ」


 八木も角田も契約の際、地球では適当に読み飛ばすタイプだったが、今日からどんなに時間をかけても熟読しようと心に決めた。


 「それと、銀貨4枚で通訳術式を付与できる。水晶貸すわけにもいかんからな」

 

 詳しく聞けば、水晶は<念話>の魔術が付与された迷宮産の魔道具で、大変高価な代物らしい。

 街の要所か、貴族や大商人の屋敷くらいにしかないようだ。


 一方、通訳術式はそんな"水晶"を名高い魔女が解析し、<念話>よりも簡易な魔術として広く普及させたもの。

 <念話>ほどの精度はないものの、日常生活には充分以上に使えるとのこと。

 

 「頭ン中に直接意味流し込む簡易術式だ。効果は一か月。更新制」

 「サブスクなのか」

 「魔女さん商売うまいっすね」


 夢の異世界に、急に現実感が混ざった。


 ◆◇◆

 

 登録は驚くほど簡単だった。

 名前、性別、簡単な身体能力確認。

 

 「才能イベはなしか」

 「今後に期待っすね」

 

 金属製の小さなプレート。

 刻まれた自分の名前。


 それだけで胸が熱くなる。 


 その後、10分弱ほどルール等について説明が続き――


 「さて、登録は終了だ。いつでも依頼を受けられる」

 「うおおおおおお!!」


 掲示板へ突撃した2人は、目を輝かせながら依頼書を漁る。


 『灰牙狼討伐』

 『下水道の怪物調査』

 『廃坑に出現した亡霊の排除』


 浪漫の塊だった。


 「これ!これ受けましょう先輩!絶対これ!」

 「狼に亡霊……いいな……」


 ぬっと背後から筋肉職員が現れ、2人の依頼書を取り上げた。


 「新人が受ける依頼じゃねぇ」

 「えぇ……」


 露骨に肩を落とす2人。


 「最初は荷運びか掃除だ。生き残りたきゃ基礎から覚えろ。新人研修だ」


 夢が急に社会人研修へ変わった。

 結局2人が受けたのは、倉庫街から市場への荷物運搬依頼。


 木箱を運ぶだけ。

 初心者向け。

 安全第一。


 そう書いてある。


 「働きたくないでござる」

 「拙者もでござる」

 「よし、除名クビだ」


 ――彼らの冒険は、まだ始まったばかりである。

 

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