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飛空箒 航程12 〜羽田創司〜

 最初はデカい虫かと思った。

 草原から森に入る直前、視界を何かが横切ったのだ。


 その後もちょくちょく見かけたが、残念ながら虫に気を取られているような余裕なんて無かった。

 

 この仮称“虫”は、基本ぼんやりと知覚できる程度の存在感でそれぞれの近くに浮かんでおり、時折ふらりと少し遠くまで飛んでいく。

 だが、ティナさんたちの話を聞いて意識を向けた途端、淡い光を放つ発光体としてはっきり視認できた。


 俺の近くを旋回する“虫”をじっと見る。

 すると、“虫”はぴたりと動きを止め、こちらへ向かってゆっくり近づいてきた。

 

 ……意志を持っているのだろうか。

 試しに触れてみる――が、指先が”虫”を透過した。


 「どったのソウジ君?」


 虚空を突っつく俺の仕草を不思議に思ったのだろう、タロウさんが問いかけてきた。


 「いや、実は俺も――」

 「あ、あの!自分も変化あります!」


 タイミング悪く発言が被った。

 

 声を上げたのはサエさん、長瀬ナガセさんに続く3人目の非探索者――金髪の大学生。

 名前は確か――

 

 「震明しんめい しんっす!さ、さーせん。邪魔しちゃ悪いと思ってあんま喋んないようにしてたんすけど……その、自分もこっち来てから視界がおかしくて」


 詳しく話を聞く。

 震明シンメイさんは飛ばされる前、自宅で大学に提出するレポート課題にとりかかっていたらしい。

 

 締切日の当日早朝。

 何とか終わらせ長時間座っていたため凝ってしまった身体を伸ばす。

 背中を大きくのけ反らせた瞬間――視界いっぱいに青空が広がっていた。

 

 「んで、そのとき鳥が一羽飛んでたんすよ。何でウチの中に鳥が?って思って……そしたら見てる景色がその鳥の視点に切り替わったんす」


 すぐに視界は戻ったらしいが、その後別の鳥を見かけた時にも同じ現象が起きたという。


 「『術理適正』は?確か『憑依術』とか持ってると勝手に意識飛んじゃうことあるって聞くけど」 

 「ないない、ないっすよ。こんな事、こっち来てはじめてっす」

 

 レナさんの問いに、震明シンメイさんは食い気味に否定した。

 

 割と有名な話だが、『憑依術』の適正者は意図せず自分の意識を飛ばしたり、逆に他者の意識を降ろしてしまう事があるらしい。

 低級霊に憑りつかれた一般市民が街中で暴れた話や、自称適正者が起こした有名な詐欺事件の影響か、『憑依術』に対する世間のイメージはあまりよくない。

 

 探索者的には、制御方法さえ身に付ければ高度な索敵に戦闘もこなせる万能型の術理なのだが……。

 

 「どうして今まで黙ってたんだ?あーいや、責めてる訳じゃない。私やガイ、変態のと比べて変化に気づきやすいと思うんだが」

 「正直、あたまイカれちゃったかと思ってたっす……こっちきて初めて魔物とか見たんで」

 

 傍から見ると気付けなかったが、どうやら震明シンメイさんも長瀬ナガセさん同様、精神的なダメージは大きいようだ。

 

 ……当たり前か。

 現代日本に住んでれば、探索者でもない限り命の危機なんてそうそう起きない。

 そう考えるとサエさんってほんとに肝据わってるな。

 

 「あと、2回目に鳥見た時なんすけど……」


 少し躊躇った後、震明シンメイさんは意を決したように告げた。


 「……一瞬だったんで確証とか無いんすけど、森の奥に建物っぽいのが見えたっす」


 ◇◆◇

 

 手がかりゼロ。

 八方塞がりのこの状況で、唯一みつかった糸口。

 震明シンメイさんの情報を頼りに、明日は班を分けて森の奥を探索することになった。


 一応あの後、”虫”の話も共有したが、俺含め誰も何なのか分からない上、今のところ益にも害にもなっていない。

 結局、「進展あり次第報告よろしく」という形で流された。

 

 まあ正直、みんな建物が気になって”虫”について考える余裕なんてないだろう。俺だってそうだ。

 会議後、肩を叩いてきたガイさんの妙に優し気な表情が印象に残っている。


 建物の存在が判明したことで空気は多少明るくなったものの、不安が消えた訳ではない。

 今晩は早めに休息を取り、明日に備える事になった。

 

 現在は見張りの最中だ。

 メンバーは俺、レナさん、震明シンメイさん。


 爺さんを除く探索者組で交代しながら見張りを立てる事になったのだが、震明シンメイさんが「自分も加えてほしい」と名乗り出たのだ。

 

 どうも、自分の発言で明日の方針が決まった事に責任を感じているらしい。

 派手な見た目と軽い言動の割にしっかりした人だ。

 

 無理に止めるより受け入れた方が本人も気が楽だろう――という坂東夫妻の意見が採用され、見張りに加わることになった。


 「それで、『アニキ』って何よ?」

 

 焚火を挟んだ向こう側。

 猫のような切れ長の瞳を愉快げに細めたレナさんがこちらを見ている。


 「え~!ほんとに知らないんすか!?今めっちゃバズってますよ!」

 「最近長期で潜ってたから」


 見張り開始から5分。

 俺は早くも交代の時間を切望していた。

 

 見張りとは言えひたすら無言で警戒するわけでは無い。

 とりあえず改めて自己紹介でも――という流れになり、最後に俺が名乗った直後。

 震明シンメイさんが言ったのだ。


 「あの、違ったらすいませんなんすけど……『アニキ』っすよね?ネットミームの」

 「違います」


 食い気味の否定は意味をなさなかった。

 震明シンメイさんはどうしてか俺が『アニキ』だと確信したらしく、好奇心に目を輝かせるレナさんへぺらぺらと説明し始める。

 

 「へぇ~!いい話じゃん」

 「いい話なんすよ~!何で最初否定したんすか?」

 

 ミーム化したからだよ!――と叫びそうになる口を寸前で閉じる。

 

 何とか誤魔化せないかと再び人違いを主張するも――


 「へへっ、無駄っすよ『アニキ』。自分”映像記憶”持ちなんで、人違いとかあり得ないっす」

 「映像記憶って……ギフテッドってやつ?昔のドラマとかで見る」

 「それっす」


 驚いたことに、震明シンメイさんは映像記憶――一度見た光景を映像のように鮮明に思い出せる記憶力を持っているらしい。

 ギフテッドと呼ばれる特別な才能で、中には人間離れした才能を持つ人もいるが、魔素を介さないので『術理』には含まれない。


 「ふーん……あ、じゃあさ。あの変態の事も知ってる感じ?」

 

 ああ、そうか。

 自称有名配信者の変態タロウさんだが、今のところサエさんしか知らなかった。

 所詮は自称か――と思っていたが、夕食時に改めてサエさんと話した際、同年代の俺たちがタロウさんを知らない事を逆に不思議がっていたのだ。

 俺とレナさんが流行に疎いだけか、サエさんの周りがマニアックなのか。

 映像記憶持ちの震明シンメイさんならはっきりさせてくれるかもしれない。


 「タロウさんっすよね。顔はどっかで見たことあるんすけど……フルネームとか分かります?」

 「神代かみしろ 太郎たろう。チャンネル名は『喰ってみタロウ』って言ってましたね」

 「神代かみしろ 太郎たろう……」

 

 うーん、としばらく考え込む震明シンメイさん。

 しかし、彼の記憶をもってしても、すぐには思い出せないようだ。


 「ギフテッドが思い出せないんだから、やっぱり自称なんでしょ」

 「ですね」


 若者としての面目を保てた俺たちは、無言で握手を交わした。

 

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