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Dear My Flower 1通目 〜藤岡辰人〜 

 速さを優先して走らせていたペン先が、小さな段差に引っかかった。左手の参考書から右手のレポートに視線を移せば、机がいつの間にか木製になっていた。


「んおう……?」


 喉の奥から変な声が漏れる。

 恥ずかしさから周囲を見渡せば、そこは見知らぬ部屋。


「……は?」



 ◇◆◇

 

 大学図書館3F。階段上がって左手の奥から3番目の席。

 間違いなく一瞬前までそこに居た。


 中東文学コーナーに位置するその席はほとんど人が来ない上、窓際でありながら目の前に生えたバカデカい木が程よく日光を遮ってくれる。

 日中のお気に入りスポットだ。


 前日夜、入って1月経たない新人が飛んだらしく、バ先の店長に泣きつかれ急遽シフトに入った。ピークタイムから店閉まい、更には翌日の仕込みまで戦い抜き、空が明るみ始めた頃に帰宅。

 十数時間ぶりにスマホを開けば、9割方雑談しかしない学科の情報共有グループにいつも通り大量の通知。

 飲みの誘い、飲みの誘い、明日のレポート、飲みの誘い……。


 シフト、シフト、シフト、今は空いてるけど当日までにはどのみちシフト。

 よって飲み会は全て不参加と返信。続いて明日のレポートについて確に……明日のレポート?

 

 メッセージの受信時刻は日付が変わる少し前。要約すれば、「明日が提出期限のレポート、大事なやつなので皆さん忘れずに!」とのこと。どうやら気配り上手な山下君がフォローメッセージを発してくれたらしい。

 

 ……明日、つまり今日である。


 眠気を訴える身体に従い、本日は丸一日講義を休んで睡眠学習する事で議決した脳内会議に緊急招集を要請。


 教授の発言、今期の必要単位、本日までの出席日数、レポートの重さetc.

 あらゆる情報がフラッシュバックし、導き出された結論は――留年の可能性、極大。


 我がバイト先、居酒屋『涙煙るいえん』の2階にあたるボロアパートの自宅に――正確にはそこにある桃源郷オフトンに向かって進んでいた足を180℃回転。

 俺は全力で大学に走った。


 ◇◆◇

 

 うん、間違いない。

 シフトに追われて碌に眠れていないため遂に記憶障害でも起こしたかと現在に至るまでの行動を振り返ってみたが、いつも通りの俺だった。


 図書館に着くなり、数分置きに時計を見ながら冷や汗かいてレポートを進めていたので時間の連続性も保証されている。いつの間にかぶっ倒れて何処かに運ばれた可能性は皆無だ。

 という事はつまり、図書館から見知らぬ部屋まで一瞬で移動した事になる。


 ……そんな馬鹿な。いやだがもし本当に瞬間移動じみた不思議現象を体験しているとすれば、考え得る可能性は一つ――


「迷宮災害……」


 そう、迷宮ダンジョン の発生。それに巻き込まれた。


 んな馬鹿な、と宝くじで億当てるより低い確率を頭で否定しながらも、身体は反射で動いた。

 素早く静かに、その場で身を屈める。

 息を殺して周囲を警戒。

 ……生き物の気配はない。


 大学入学直後、友人の付き添いで一度だけ参加した迷宮探索サークルの新歓に感謝する日が来るとは思わなかった。

 探索サークルなんて謳いつつ、実態は打ち上げがメインの飲みサーだった訳だが……あの時ドヤ顔で探索のいろはとやらを一方的に語ってくださった先輩方よっぱらいどもの長ったらしい訓言も、この状況ではありがたい。

 

 部屋の端には階段。対角の位置に外へと通じる扉。

 家具はほぼ全て粗い造りの木製。厨房らしき場所に鎮座する暖炉一体型のかまどが唯一、石を積んで作られている。

 時代錯誤な古めかしい部屋だが、どこぞの史料館に瞬間移動したと考えるよりは、やはりダンジョンの方が現実的だ。


 俺は部屋のほぼ中央にあるダイニングテーブルと思しきデカい机にレポートを広げて座っていた。

 机を挟んで反対側の壁には斧が立て掛けられている。

 武器というより木こりが持っていそうな伐採用の斧だが、素手より万倍マシだ。ダンジョンに居る以上、今はとにかく自衛手段が欲しい。

 音を立てないよう慎重に斧の下へ移動。持っていた参考書のなるべく端を持ち、反対側の端を使ってゆっくりと持ち上げる。

 トラップがあるかもしれないので直接手では触れない。


 5分程かけて壁のフックから外した直後、ゴトンッと鈍い音を立てて斧が床に落ちた。


 「――――――!」


 階段の奥――つまりは2階から魔物の鳴き声がした。次いで、ドタドタと床を踏みしめる音が降り注ぐ。

 

 まずい!

 そう思った時には、外へつながる扉にタックルをかましていた。


 ここが迷宮ではなく普通の民家であり、2階から聞こえた声は魔物の鳴き声ではなく、耳慣れない言語で喋る甲高い子供の声だったと気付くのは、もう少し後の話である。

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