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飛空箒 航程10 〜羽田創司〜

 食器の触れ合う音が、ひとつ、またひとつと止んでいく。

 さっきまで漂っていた賑やかな空気も、腹が満たされたことで少しずつ落ち着きを取り戻していた。


 鍋は綺麗に空。

 猪肉の塊など、文字通り奪い合いだった。


 「ふぅ、ご馳走様でした」


 腹パンである。

 生き返った気分だ。

 いやまあ、実際死にかけたのだが。


 「お粗末様でした」と返すサエさんと無言でサムズアップするガイさんには感謝しかない。


 「ご馳走様。美味しかった」


 最後に食べ終わったレナさんが食器を置き、ぱんっと手を合わせる。

 

 空気が切り替わったのは、その直後だった。

 食べ終わり、寝転がっていたティナさんが静かに姿勢を正す。


 「……さて」


 短い一言。

 

 ぱちり、と焚き火が爆ぜた。


 「とりあえず、私とガイの話からするか。

 私たちは三日前、『牙獣坑道がじゅうこうどう』を探索中、謎の転移現象に襲われた――」


 『牙獣坑道がじゅうこうどう』は北海道・日高山脈に位置する獣系魔物の猟場として有名な迷宮だ。

 ティナさんとガイさんは、他に6人の仲間を加えた8人パーティで普段からそこを探索しているらしい。


 いつもと同じ道。

 いつもと同じ狩場。


 いつも通り、一体目の“鉄毛猪アイアンブリストル”を倒し、ドロップした肉をカエルに喰わせた直後――


 気づけば、森の中にいた。


 他のメンバーの行方は分からず、通信機器も通じない。

 仲間の行方と転移現象の手がかりを求めて周囲の捜索を開始し、日が完全に暮れた頃――


 「目の前に私が現れた」

 

 レナさんが口を挟む。

 なんの前触れもなく、突然現れたらしい。


 レナさんは転移直前まで、富山県・立山連峰地下に存在する『天穿晶窟てんせんしょうくつ』へソロで潜っていたそうだ。


 レナさん合流後は三人で行動。

 程なくして、サエさんを含む3名と爺さんに遭遇した。

 この4人は迷宮外にいたらしい。

 

 そして――


 「死体も見た」


 他にも数名、既に事切れた人と遭遇したとの事だった。


 「……」


 場に重苦しい沈黙が落ちる。

 

 想像はしていた。

 他にも飛ばされた人がいるんじゃないかと。

 むしろ、魔物が跋扈する危険地帯で一般人3名を抱えた即席パーティが生き残っている方が奇跡に近い。


 「そっちはどうだ?ソウジと変態はどこから来た?」


 促され、俺たちの事もそれぞれ話した。


 「『渦底』に『廃墓苑』か……どうだ?」


 ティナさんに問われ、ガイさんが首を横に振った。


 「……? 何か気になる点でも?」

 「ああ、そうだな……それも話しておこう」


 再び難しい顔で、ティナさんが言った。


「多分もう気づいているだろうが……恐らくここは迷宮ダンジョンじゃない」


 そう言われて思い浮かぶのは一つ。

 背後に転がる、巨大“擬体ミミック”の死骸だ。


 迷宮なら死んだ魔物は時間が経てば塵となって消える。

 残るのはドロップ品だけだ。

 だが、倒してからだいぶ経つというのに、巨大”擬体ミミック”は未だ原型を保ったまま残っている。

 

 あいつだけじゃない。

 他4体の”擬体ミミック”や、草原で狩った"風走群狼ゲイルランナー"もそうだった。


 「でもさ、それだけじゃ理由として弱くない? 全迷宮の特性を完全把握してるってんなら別だけど、そんな人いないでしょ。此処が“倒した魔物が消えずに残る迷宮”って可能性も否定できない」


 腐骸ゾンビ肉を刺していた串を咥えながら、タロウさんが言った。

 

 確かにその通りだ。

 世界中すべての迷宮で、特性が解明・公開されているわけじゃない。公開されている迷宮だけでも、その数は膨大だ。


 それに――迷宮が初めて発見された日から今日に至るまで、完全攻略された迷宮は数えるほどしか存在しない。

 此処が既知の迷宮ではない可能性もある。

 あるいは、『廃墓苑』の人類未到達階層――そんな可能性だって十分に考えられた。


 「確かにその可能性は否定できないが……恐らく、迷宮外と考えてまず間違い無いだろう」

 「根拠は?」


 その問いに答えたのは、黙って夜空を見上げていたガイさんだった。


 「星だ」


 ティナさんが続ける。

 

 「ガイは天体観測が趣味なんだ。私にはさっぱりだが、今見えてる星はこの時期の迷宮の星とまるで違うらしい」


 曰く、迷宮内で見える星は地上と同じく、場所が違ってもある程度共通性があり、規則的に動いているという。


 「じゃあ……地上のどこかなんですか?迷宮決壊スタンピードで人が住めなくなった海外地域とか」

 「いや……地上の星とも違う」


 その言葉に、場の空気がさらに冷えた気がした。


 「『帰還』は試したの? 組合ギルド支給の石とか持ってるでしょ?」

 

 『帰還石』はもしもの時のため、組合ギルドから支給される必須アイテムだ。

 探索時は最低でも1パーティにつき1つは所持することが義務付けられている。

 

 ただし、使用時のペナルティは決して軽くない。


 潜っている迷宮の入口から半径百キロ圏内の地上へランダム転移するこの石は、迷宮の民間解放直後、法整備が追いついていなかった時代に数々の問題を引き起こした。


 迷宮内での犯罪後の逃走手段や、錯乱した冒険者の地上での暴走。

 惨たらしい傷を負った探索者が生放送中のTV中継に映ってしまった事例もある。


 現在でも、時折トラブルは起きている。


 命には代えられないため使用自体は禁止されていないが、使えば高額の罰金に加え、探索者資格の一時停止処分や定期講習への参加。場合によっては1発で免許剥奪の可能性もある。

 

 プロ探索者にとっては、数ヶ月単位で飯の種を失うのと同義だ。


 「いや、さすがにまだ試してない。『帰還陣』さえ持ってきていればな……」


 『帰還陣』は、『帰還石』を基に作られた使い捨ての魔道具だ。

 転移先を潜っている迷宮入口に最も近い『帰還ポート』へ固定できる。

 『帰還ポート』は各迷宮の入口前か組合ギルド支部に設置されているため、街中へのランダム転移を避けることができるのだ。


 ティナさん達は、『瞬壁符』と合わせて最低1セットは携行するようにしているらしい。だが今回は、『帰還陣』を別の仲間に預けていたそうだ。


 「じゃあ、ボクが使うよ」


 そう言って、タロウさんはポケットから『帰還石』を取り出した。

 

 正直、意外だ。

 探索者にとって『帰還石』は最後の最後――本当に切羽詰まった時の手段だ。

 それを、まるで「ちょっと試してみる」程度の気軽さで口にしたように見えた。


 「いいの?あんた有名人なんでしょ?間違いなく炎上するわよ」


 レナさんが眉をひそめる。


 「え?なんで?」


 きょとん、と。

 本気で意味が分かっていない顔だった。


 「いや、なんでって……ニュースとかでよくやってるじゃない。普通の探索者でもあれだけ叩かれるんだから、有名人なら尚更でしょ」


 「んん?ニュース?……ごめん、ちょっと何言ってるか分かんないや。使ったら怒られるのは分かるけど、せいぜい小言くらいじゃないの?」


 帰還石の使用。

 それは探索者なら誰もが避けたい重大なタブーだ。

 配信者なら社会的に致命傷になってもおかしくない。


 「まあ、配信で色々言われるのは慣れてるし。命の方が大事でしょ?」


 間違ったことは言っていない。

 言っていないのだが――妙な違和感が、胸の奥に引っかかった。


 「帰れるんなら、そうしてよ……」


 止めるべきか迷っていると、それまで口を開かなかったスーツ姿の女性が、俯いたまま呟いた。


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