飛空箒 航程9 〜羽田創司〜
会議の参加者は爺さんを除く8人。
爺さん――久我 宗玄( そうげん)さんというらしい――は既にお休み中とのことだった。
「本題は飯がきてからにしよう。ガイとサエにも共有したい。
まずは、少年――ソウジだったな。改めて礼を言わせてくれ。他に有効打を持っている奴がいなかったことは確認済みだ。お前が命懸けで突っ込まなければ、私はもちろん、この場にいる全員喰われていたかもしれない。本当にありがとう」
ティナさんがまっすぐ頭を下げる。
「いやいやいや、お互い様ですよ。俺の方こそ、回復ありがとうございました」
「それについては爺さんに言ってくれ。私たちは見ていただけだ」
聞けば、俺がぶっ倒れた後すぐさま駆け付けた爺さんが治療にあたってくれたらしい。
……いや、治療と言っていいのか分からないな。
爺さんは何やら祝詞のようなものを唱え、俺の腹から“淀み”とでも言うべき黒い粘液を抽出。
それを1箇所にまとめて焼却した後、俺のカエルの一匹から“包帯”を取り出し、再び祝詞を唱えて俺の身体に巻いたという。
どうみても致命傷だったはずの身体は、数分後に肉がボコボコと音を立てて再生を開始。
小一時間ほど経った頃、俺が起き上がってきたらしい。
……いや、ちょっと待って色々待って。
「使ったんですか?というか使えたんですか?あのバッチい包帯」
「爺さんの祝詞で浄化したらしい。<再生>の魔法付き、衛生的にも問題ない……らしい」
「らしいって付いてるの、めちゃくちゃ怖いんですけど」
思わず腹を押さえる。
恐る恐る服を捲れば、そこには汚れ一つない真っ白な包帯が綺麗に巻かれていた。
確かに、ドロップした時のボロ雑巾感は完全に消えている。見た目だけなら病院で使われる高級医療品。
だが、元がアレだ。
信用していいのか判断に困る。
とはいえ包帯が無ければ死んでいた可能性も高い。
文句を言える立場ではないだろう……すごく不安だが。
「まあ、助かりました。てっきり高級ポーションでも使わせちゃったのかと……“包帯”の効果、俺も知らなかったんで」
「爺さんが知っていたんだろうな。随分と博識な人だ」
確かに。一目見てすぐに使い道を理解できる時点で只者ではない。
……そういえば、なんで爺さんは俺のカエルの中に“包帯”が入ってることを知ってたんだ?
あ、タロウさんが教えたのか?
そう思って隣へ視線を向けると、タロウさんは自分のカエルに“腐骸”の腐肉を吐き出させていた。
「うんまそぉー!ああ、ボクは何も言ってないよ」
「……そうですか」
謎多き爺さんに、謎多き変態。
この即席パーティ、情報量多いな。
「”包帯”も気になるが、あの黒い淀みは何だったんだ?爺さんからは『武器に宿る怨念の類』と聞いたが」
「や、俺も詳しく知らないです。アンデッド素材で武器作ったら特殊効果ついて……」
腰の斧――『骨断意挫』へ視線を落とす。
“強化外骨格骸骨”の義足を改造して作った武器。
斧頭で殴った相手と“痛覚”のパスを繋ぎ、その後に刃で自分を傷つければ相手に痛みが転移する。逆に相手を斬れば、その痛みはこちらへ返ってくるという、割と狂った性能だ。
ちなみに銘は我が腐れ縁の片割れ――穣吾が付けた。若干ダジャレっぽいところが実にあいつらしい。
「何にせよ、爺さん曰くあまり頻繁には使わない方がいいらしい。『いずれ呑まれるぞ』とのことだ」
「りょ、了解です……」
ますます爺さんが何者なのか気になるが、とりあえず忠告には従うべきだろう。
博識な老人の警告を無視した結果、取り返しのつかない事態になる。そんなホラー映画のお約束みたいな展開は御免被るぜ。
しかし、なんだかんだ強力だから頼ってしまっていたが、やっぱりアンデッド素材って危険なんだな。
マジで義足にしなくてよかった……。
「急に腹切ったりするから驚いたわ。秘策なんて言ってたけど、とんだ愚策よ」
横からレナさんが呆れたように言う。
秘策と聞いて思い出した。
「そういえば、レナさん術理適正持ちだったんですね」
「私のは忍術適性。風遁しか使えないけど」
魔素を用いて超常の力を扱う才能。
それらは総称して『術理適正』と呼ばれている。
魔術、忍術、精霊術。
さらに珍しいところでは、超能力系統の適性持ちなんかも存在する。
「あれ?俺にかけた術、<天狗の高下駄>って言ってませんでした?風遁で"天狗系"って仙術じゃ……?」
「よく知ってるね?って、そっか。探高なら『術理』で習うか」
「……よく知ってますね?」
「私も受けたからね、後輩」
なんと驚いたことに、レナさんは探高卒業生だった。
探高では国語や数学といった一般科目に加え、迷宮探索に必要な知識を専門的に学ぶら、
『術理』は文字通り、超常の力について学ぶ授業だ。
もっとも、術の習得方法を学ぶ授業ではない。
分類。
法規。
危険性。
使用時の注意。
対人戦闘を想定した対処法。
自分や仲間が迷宮で術を使う際のリスク管理を中心とした、完全座学型の科目である。
パーティ活動や犯罪者対策を考慮し、術理適正を持たない者も含めて全員必修。
どんな強力な術よりも、最終的に命を救うのは知識――という考え方だ。
正直言って、めっちゃむずい。
高校生が法律やら危険物管理やらを同時に勉強させられているのだからお察しである。
だが、本当に厄介なのはそこではない。
術理最大の難所。
それは“分類”だ。
例えば風遁。
世間一般では忍術のイメージが強いが、実際には忍術、仙術、遁甲術など、様々な体系に同系統の術が存在する。
しかも、それぞれ細かな性質や理論が微妙に違うのだ。
俺が間違えて覚えてなければ、<天狗>の名を冠する風遁は仙術に分類されるはずなのだが――
「私の忍術は風遁特化型。そういう場合、別系統の風遁も一部使えることがある」
「マジですか」
「〇遁系は横の繋がりが強いからね。非公式にはまとめて『遁術』って呼ばれることもあるよ」
知らなかった。
これだから『術理』は……ほんと、『術理』してますわ。
「多分その辺は三年で習う。そしてさらに難しくなる」
「マジですか……」
知りたくなかった。
もうほんと、『術理』ほんとお前……。
そんな感じで、やいのやいのと雑談に興じること暫し。
美味そうな匂いと共に、サエさんとガイさんが戻ってきた。
「お待たせしました〜!ご飯ができました!」
「……コンソメ猪肉スープだ」
コンソメ猪肉スープ……だと……。
その単語を聞いた瞬間、胃袋が限界を訴えた。
思えば激動の1日だった。
だというのに、今日の食事といえば、美紀に作ってもらった朝食をささっと流し込み、変態が美味そうに食べる錆臭い魚を横目にコンビニで買った携行糧料を流し込んだだけ。
Grrrrrruuuuuuuuu――――――。
これまで聞いたことないレベルで腹が鳴り、静かな夜の森にやたら響いた。
「……会議は飯の後にしよう」
ティナさんからの提案。激しく同意だ。
見回せば、皆の視線も完全にスープへ吸い寄せられている。
香草の匂い。
塩気の効いたコンソメの香り。
そして、ごろりと浮かぶ猪肉のブロック。
もはや暴力的と言えた。
「僕は要らないや。なんせ腐肉があるからね」
訂正。
何故かドヤ顔の1人を除いて、全員スープに釘付けだった。




