飛空箒 航程8 〜羽田創司〜
大地が揺れる。
地鳴りと共に、足元に落ちている小石がびりびりと震えていた。
これまでの個体とは明らかに違う大きさ。
「私と変態が正面から行く!ガイと若いのは背後にまわ――」
ティナさんの言葉が終わるより早く、地面が弾けた。
ドンッ――と、腹の底を殴られたような衝撃。
土砂が噴き上がり、視界が一瞬で茶色に染まる。
砕けた岩片が頬を掠め、遅れて暴風のような土煙が襲いかかった。
「――なしなし今のなし!退け!全力だ!」
言われるまでもない。
気づけば全員、反射的に駆け出していた。
“擬体”はその巨体からは想像もできないスピードで俺たちを追う。
重く、速く、近づくたびに地面が揺れる。
……まずいな。
これじゃジリ貧だ。探索者の俺たちならともかく、一般人3人は間違いなく逃げきれない。
全力で駆ける中、真横から一陣の風が吹く。
汗と土で汚れた頬を撫でる、冷たく細い風。
次いで耳元に届く声。
「後輩!さっきの何!」
後輩って……俺のことか?
やけにはっきりと聞こえた声の方に目を向ければ、後退しながら“擬体”へ向けて弓を放つレナさんがこちらを見ていた。
走りながら、更には余所見までしているのに矢筋は一切ぶれない。
「さっきのって!?」
「うるさ……小声でいい!さっきの秘策!土剝がれてたでしょ!」
8万円スコップの事か。
「魔道具です……<土壌軟化>が付与されてます……」
「いや声ちっさ!もうちょっい張って!小声で叫んで!」
む、無茶をおっしゃる……。
「魔道具!<土壌軟化>!」
「よし、思った通り!それ貸して!」
何する気です!?
そう問い返すより早く、レナさんが小声で叫んだ。
「わたしも秘策があるの!」
即座にスコップを投げ渡す。
普段から自作の薬剤やアイテムを投げているおかげで、俺の投擲技術はそこそこ鍛えられている。
とはいえ全力疾走中。
わずかな体勢の乱れが軌道を狂わせ、そのズレは致命的な失投につながる――はすだった。
次の瞬間、不自然に軌道を変えたスコップが風に引かれるようにレナさんの手元へ吸い込まれた。
「ティナ!鎧を剝ぐわ!」
「……っ!了解!」
短い言葉のやり取り。
反転したティナさんが巨大“擬体”へ正面から突っ込んだ。
「よせっ!無茶だ!」
ガイさんが叫ぶ。
スコップを弓に番えたレナさんが弦を引き絞る。
「――風遁・<一閃鳴衝>」
園芸用スコップが砲弾じみた速度で射出され、風を切り裂く金属音を撒き散らす。
着弾したスコップは、轟音と共に巨大“擬体”の分厚い鎧を貫いた。
その一瞬を逃さず、ティナさんが”擬体”の前へ躍り出る。
「どぉらぁああっっ!!」
大剣が下から振り抜かれた。
すくい上げるような斬撃が、穿たれた箇所を起点に鎧を無理やり引き剝がす。
肉が裂け、殻が軋み、巨大な外皮がめくれ上がる。
しかし――
「ダメ!"核"が見えない!」
弓を構えたまま、レナさんが叫ぶ。
怯むことなくその場に留まり続けた”擬態 体”が、ティナさんの眼前で大口を開いた。
「バカ、な……」
驚愕か。
あるいは恐怖か。
圧倒的な強者を前に、ティナさんの身体が止まる。
「ティナアアアアア!!!」
ガイさんが突っ込む。
無理だ。
間に合わない。
仮に間に合っても、二人とも喰われるだけだ。
脳が高速で回転する。
この状況を打破する方法――そんなもの、一つしかない。
「レナさん!速度付与!俺に!」
「なにをっ……」
「秘策!もう一つ!」
「っ!」
言いながら駆け出した俺に合わせるように、掲げられたレナさんの右手が印を結んだ。
「――風遁・<天狗の高下駄>!」
直後の一歩で、景色が後ろへ吹き飛んだ。
一瞬でガイさんを追い越す。
2歩目で斧を構える。
3歩目には、もう目の前だった。
「――ぅるぁああっ!! 」
ティナさんを横へ突き飛ばす。
同時に、“口”が閉じられる直前の“擬体”へ飛び込み斧頭を全力で叩き込んだ。
「――――――――」
たった一瞬。
速度を載せた俺の一撃は、ほんの刹那の間だけ”擬体”の動きを完全に止めた。
命懸けの特攻にしてはあまりにも小さな成果。
だが――それで充分。
斧頭を敵へ向ける。
刃先を自分の腹に当てた。
準備完了。
殴ったことで俺と”擬体”の間にパスが繋がった。
刃先が肉に触れ、斧に宿る怨念が目を覚ます。
誰かが上級以上の回復薬を持ってることを祈りながら――俺は自分の腹を掻っ捌いた。
最後に見たのは、身を捩る巨大な肉塊。
そして、痛み(・・)に悶えるその腹へ、風を纏った一本の矢が、突き刺さる光景だった。
◇◆◇
「実に面白いね」
揺蕩う意識の中、ぼやけた声が聞こえた。
「"屍布の暴鬼"を倒した時も使ってたよね、それ」
若い男の声だった。
低くもあり高くもある。
儚げなのに荒々しい、脳髄に纏わりつく声。
「ボクの『鏡像体』なら殺して奪おうと思ったんだけどなぁ……残念。違うみたいだ」
その声が。
その言葉が。
男の存在そのものが、ひどく不愉快に感じた。
生理的嫌悪。
本能が拒絶している。
「まあ、お互い楽しもうよ。僕も向こうで暴れるからさ」
鼻歌交じりにそう言って、男は去っていく。
顔は見えない。
だが最後に――ニチャリと笑った気がした。
◇◆◇
「ぐっ……」
鋭い痛みに意識が浮上する。
「ここは……」
夢を見ていた気がする。
けれど内容はうまく思い出せない。
「あ、起きました!起きましたよ、皆さん!」
サエさんの声。
「ゔぁ゛あ゛あ゛!ゾヴジ君、よがっだあ゛!」
「よかったわ本当に……起きれそう?」
タロウさんと、レナさん。
2人に支えられながら上体を起こす。
……めっちゃ鼻水つけられた。
焚火が周囲を照らしていた。
炎の熱が肌を撫で、薪の匂いが鼻をくすぐる。
ガイさんとティナさん、それに非戦闘員の2人が駆け寄ってくる。どうやらボロボロになったテントを回収していたらしい。
「ありがとう……!本っ当にありがとう……!」
「すまない、助かった」
鉄面皮をぐしゃぐしゃにしたガイさんが何度もお礼を言い、ティナさんには一度、深く頭を下げられた。
「あーっと、とりあえず頭上げてください。それより魔物は?どうなりました?」
まだ少しぼーっとする頭で思い出す。
確か、斧を使って、ぶっ倒れて――
「あの通りだ」
ティナさんが後方を指差す。
振り向けば、”核”を砕かれた”擬体”の巨体が横たわっていた。
「……死体、やっぱ消えないんすね」
「君が起きたら、その辺りも含めて情報共有しようという話になっていた……いけるか?」
明日でもいいが?
そう提案するティナさんに「大丈夫です」と返し、みんなで車座に着く。
休ませるべきだ!明日でいいだろ!
としつこく主張してくるタロウさんは「飯食いながら話しましょう」と提案して黙らせた。
実際、みんな腹ペコだろう。
普段から自炊しているサエさんと、意外なにも料理男子だったガイさんが調理をかって出てくれる。
食料は森で見つけたキノコに山菜、それに坂東夫妻が転移前にいた迷宮で狩った猪肉。
カエルに吐き出させた出刃包丁を手に、巨大“伏層擬体”の解体に取り掛かろうとするタロウさんを「会議優先!会議優先!」と押し留める。
……ほんとに忙しいな、この人。




