第75話 選ばせるもの
空が、わずかに歪む。
見えるわけじゃない。
でも全員が感じる。
“何かがこっちを見ている”
ユナが小さく呟く。
「……来てる」
リョウが頷く。
「来たな」
サクヤは静かに構える。
「全体に干渉している」
次の瞬間。
ドクン――
全員の意識に、何かが触れる。
声じゃない。
でも、意味は伝わる。
「楽になれ」
一瞬で、広がる。
街中に。
人々の中に。
ある者は、座り込む。
ある者は、涙を流す。
ある者は、その場で協力所の方へ歩き出す。
ユナが顔を押さえる。
「……これ……」
頭の中に、直接響く。
抗えないほどじゃない。
でも――
“甘い”
リョウが歯を食いしばる。
「クソ……」
“選択を誘導している”
サクヤが言う。
「強制ではない」
リョウが答える。
「だから厄介なんだよ」
拒否できる。
でも。
弱ってる人間ほど、抗えない。
広場の青年。
さっき“自分でやる”と決めた男。
膝をついている。
「……楽に……」
ユナが駆け寄る。
「だめ!」
手を握る。
青年が苦しそうに言う。
「でも……もう……」
リョウが近づく。
「選べ」
強く言う。
「どっちでもいい」
青年が顔を上げる。
リョウは続ける。
「でも、“自分で”選べ」
その言葉。
青年の目が揺れる。
“楽になれ”という声
“自分で選べ”という言葉
どっちも正しい。
どっちも間違ってない。
青年は震えながら、
拳を握る。
「……俺は……」
長い沈黙。
そして――
「……もう少し、こっちでやる」
ユナがほっとする。
リョウが小さく頷く。
だが。
全員がそうじゃない。
街の半分近くが、
ゆっくりと、
神祀庁の方へ流れていく。
サクヤが言う。
「分断だな」
リョウが答える。
「……ああ」
“選択による分裂”
神祀庁。
中枢。
“それ”が、目を開いたまま座っている。
男がその前に立つ。
「……想定以上です」
だが、その声に恐れはない。
むしろ――
少しの興奮。
“それ”が、男を見る。
静かな目。
だが今は、はっきりとした意思がある。
「なぜ、消す」
男がわずかに目を細める。
「安定のためです」
「なぜ、選ばせる」
男は答える。
「それが最も効率的だからです」
一瞬の沈黙。
そして。
「それは、お前の選択か」
男が止まる。
ほんのわずかに。
初めて、“問われる側”になる。
広場。
ユナが空を見上げる。
「……なんか、違う」
リョウが言う。
「ああ」
サクヤも頷く。
「完全ではない」
あの神は、
まだ“揺れている”
意味を持ってしまったがゆえに
リョウが小さく笑う。
「チャンスだな」
ユナが見る。
「え?」
リョウは言う。
「完全に管理されてたら終わりだった」
「でも今は違う」
あいつも“選び始めてる”
サクヤが静かに言う。
「ならば」
「干渉できる」
リョウが頷く。
「行くぞ」
ついに直接対話へ。
戦いは次へ。
人が神を選ぶか
神が自分を選ぶか
そして――
“神すら揺らぐ世界”へ。




