第65話 全体という名の責任
夜。
拠点の中。
ランプの灯りだけが、静かに揺れている。
リョウが床に座り込んで、腕を組んでいた。
「……全体で分ける、か」
ぽつりと呟く。
ユナが顔を上げる。
「それ、できるの?」
リョウは少し考える。
「理屈はできる」
サクヤが壁にもたれて言う。
「だが、現実は違う」
リョウは頷く。
「全員が同じ方向向かないと成立しねえ」
ユナが首をかしげる。
「バラバラだとダメ?」
リョウは答える。
「詰まる」
短い言葉。
でも、それが全て。
「流れってのはな、止まったとこに溜まる」
サクヤが続ける。
「そこが“次の爆発点”になる」
ユナが小さく息を呑む。
「……こわいね」
リョウは笑う。
「だから難しい」
少し間。
そして。
リョウが顔を上げる。
「でもさ」
サクヤを見る。
「やる価値はある」
サクヤは即答しない。
だが、否定もしない。
リョウは続ける。
「神祀庁のやり方ってさ」
「結局、“誰か決めてる”んだよ」
ユナが言う。
「うん……」
リョウは拳を握る。
「それが気に入らねえ」
静かな怒り。
「だったら」
「決めるのを分散すればいい」
サクヤがわずかに目を細める。
「……意思も分けるか」
リョウが頷く。
「そう」
ここで、発想が一段上がる。
ただの“負担”じゃない。
「選択そのものを分散する」
ユナがぽつりと言う。
「みんなで決める、ってこと?」
リョウは笑う。
「ざっくり言えばな」
サクヤが言う。
「だが、遅い」
リョウが頷く。
「遅いな」
「でも、その分――」
少し間を置いて。
「勝手に壊れねえ」
サクヤは目を閉じる。
一瞬、考える。
そして。
「やるなら」
目を開く。
「仕組みにしろ」
リョウがニヤッとする。
「言うと思った」
翌日。
小さな実験が始まる。
場所は、あの広場。
集まったのは、十数人。
добров добров добров(※雑多な人々の空気感)
リョウが前に立つ。
「今日はちょっと違うことやる」
ざわつき。
リョウは続ける。
「分けるだけじゃ足りねえ」
「“決める”のも分ける」
一人が言う。
「どうやって?」
リョウは地面に線を引く。
円。
その中に、全員を入れる。
「ここを一つの“場”にする」
ユナがその中央に立つ。
少し緊張している。
リョウが言う。
「まず、ユナが少し出す」
ユナは深呼吸。
そして――
じわっと。
感情を外に流す。
昨日よりも、少し上手い。
周囲に広がる。
リョウが言う。
「ここまではいつも通り」
そして。
「ここから」
全員を見る。
「どうするか、感じろ」
沈黙。
誰も動かない。
当然だ。
いきなり“感じろ”と言われても無理。
リョウが苦笑する。
「だよな」
でも。
その時。
一人の女性が、小さく手を上げる。
「……少しなら、受けられるかも」
リョウが頷く。
「いいね」
サクヤがその動きを見る。
他の人間も、少しずつ反応する。
「俺も、少しなら」
「じゃあ、俺も」
流れが生まれる。
強制じゃない。
でも――
“選択”が連鎖する。
リョウが小さく言う。
「……これだ」
サクヤが答える。
「ああ」
ユナの負担が、ゆっくり分散していく。
しかも。
誰がどれだけ受けるかを――
自分で決めている。
リョウが言う。
「これなら」
「押し付けじゃない」
サクヤが付け加える。
「だが、偏る」
その通り。
一部の人間が、多く受け始めている。
リョウがすぐに言う。
「無理すんな」
「均せ」
それもまた、全体で調整する。
ぎこちない。
遅い。
でも――
確実に壊れない。
その時。
外から拍手。
パチ……パチ……
振り向く。
神祀庁の男。
まただ。
だが今回は、少し違う目。
「……なるほど」
本気で観察している。
「意思の分散」
「興味深い」
リョウが言う。
「パクんなよ」
男は笑う。
「すでに検討中です」
ユナが不安そうに言う。
「また……?」
男は優しく言う。
「安心してください」
「より“良い形”にします」
その“良い”が危険だ。
サクヤが前に出る。
「やめろ」
男は首を振る。
「止まりません」
一歩下がる。
「なぜなら――」
少しだけ真剣な顔になる。
「あなた方のやり方は、遅すぎる」
その一言。
重い現実。
リョウも分かっている。
だが。
それでも。
リョウは言う。
「それでいい」
男が目を細める。
リョウは続ける。
「速さで壊れるくらいなら」
「遅くていい」
静かな言葉。
でも、芯がある。
男はしばらく見つめて。
そして、笑う。
「では――」
「どちらが先に“世界を回すか”」
言い残し、去る。
静寂。
ユナがぽつりと言う。
「……勝てる?」
リョウは少し考える。
そして。
「分かんねえ」
正直に。
でも。
笑う。
「でも、負ける気はしねえな」
サクヤも頷く。
「ああ」
遅くてもいい。
不完全でもいい。
でも――
“自分で選ぶ世界”を作るために。
小さな仕組みが、動き始めた。
それはまだ弱い。
だが。
確実に、“神の代わり”になりうるものだった。




