第61話 選ばれないという選択
夜が明ける。
薄い光が、街を照らす。
昨日と同じ景色のはずなのに、どこか違う。
リョウは家の前に立っていた。
中では、少女が眠っている。
もう、あの靄はない。
完全ではないが――
“壊れる流れ”は止まった。
サクヤが戻ってくる。
足取りはいつも通り。
だが、わずかに血の匂い。
リョウが言う。
「終わったか」
サクヤは頷く。
「一つはな」
リョウは苦笑する。
「一つ、か」
サクヤが隣に立つ。
「繋がりは断った」
「だが、また作る」
リョウは肩をすくめる。
「だろうな」
止めても、終わらない。
それが、相手のやり方。
リョウが空を見る。
「……イタチごっこだな」
サクヤは言う。
「なら、変える」
リョウが見る。
「何を」
サクヤは答える。
「構造だ」
短い言葉。
だが、本質。
リョウは少し笑う。
「で、どうやって」
サクヤは少しだけ考える。
そして。
「増やす」
リョウが眉をひそめる。
「は?」
サクヤは続ける。
「お前のやり方を」
「分ける方法を」
リョウが固まる。
「……それ、全員にやれってか」
サクヤは頷く。
「ああ」
リョウは頭をかく。
「無茶言うなよ……」
でも。
理屈は分かる。
一人で抱えるから壊れる。
なら、分ける。
それを“仕組み”にする。
リョウが呟く。
「……人間版の神システム、ってことか」
サクヤは言う。
「違う」
リョウが見る。
サクヤは続ける。
「強制しない」
その一言。
リョウの目が変わる。
「……選ばせるってことか」
サクヤは頷く。
「ああ」
誰かに押し付けるんじゃない。
自分で選ぶ。
どこまで背負うか。
それを。
リョウは小さく笑う。
「……できると思うか?」
サクヤは即答しない。
少しだけ考えて。
「分からない」
正直な答え。
リョウは頷く。
「だよな」
でも。
それでも。
リョウは言う。
「やるしかねえな」
サクヤも頷く。
「ああ」
その時。
扉が開く。
少女――ユナが顔を出す。
「……おはよう」
リョウが笑う。
「おう」
サクヤも見る。
ユナは少し不安そうに言う。
「……もう、だいじょうぶ?」
リョウは頷く。
「今はな」
ユナは胸に手を当てる。
「なんか……へんな感じは、ある」
リョウは目を細める。
「残ってるか」
完全には消えない。
それもまた、現実。
サクヤが言う。
「それでいい」
ユナが見る。
サクヤは続ける。
「ゼロにはならない」
「だから、扱う」
ユナは少し考えて。
「……どうやって?」
リョウが笑う。
「教えるよ」
ユナが目を丸くする。
「できるの?」
リョウは肩をすくめる。
「俺も練習中だけどな」
でも。
やる。
それが、次の一歩。
昼。
小さな広場。
リョウとユナ。
そして数人の人間。
昨日の件を見ていた者たち。
自分も同じになるかもしれないと、感じた者たち。
リョウが前に立つ。
「……まあ、簡単に言うと」
少し迷って。
「一人で抱えんな」
その一言。
人々がざわつく。
リョウは続ける。
「分けろ」
「出せ」
「溜めんな」
シンプルすぎる言葉。
だが。
それが難しい。
一人の男が言う。
「そんな簡単にできるなら、苦労しない」
リョウは頷く。
「その通り」
否定しない。
「だから、練習する」
ユナを見る。
「まずはこいつから」
ユナが少し緊張する。
リョウが言う。
「力抜け」
ユナは深呼吸する。
リョウが手を伸ばす。
「感じろ」
ユナの中の“揺れ”。
それを、少しずつ外に出す。
リョウが支える。
流れを整える。
周囲の空気に、薄く広げる。
誰かに押し付けない。
ただ、拡散する。
ゆっくりと。
ユナの表情が、少し楽になる。
「……あ」
小さな声。
リョウが笑う。
「そんな感じだ」
周囲の人々が息を呑む。
完全な解決じゃない。
でも。
“壊れない方法”の一つ。
サクヤはそれを見ている。
静かに。
だが、確かに。
このやり方が広がれば――
世界は変わる。
だが。
簡単じゃない。
その時。
遠くから、拍手。
パチ……パチ……
振り向く。
そこに立っていたのは――
神祀庁の男。
「……素晴らしい」
穏やかな笑み。
だが、その目は冷たい。
「しかし」
一歩踏み出す。
「それでは、間に合わない」
空気が張り詰める。
リョウが言う。
「また来たのかよ」
男は頷く。
「ええ」
「選ばれない道を示す者」
「興味深い」
そして。
静かに告げる。
「だからこそ、排除対象です」
周囲の人々がざわつく。
リョウが笑う。
「分かりやすいな」
サクヤが前に出る。
「来るぞ」
男の背後。
新たな装置。
そして――
複数の“適合者”。
まだ壊れていない。
だが、明らかに普通ではない人間たち。
リョウの顔が引き締まる。
「……人を使うか」
男は答える。
「可能性です」
戦いの形が、変わる。
神ではない。
人でもない。
その狭間の存在。
それと――
ぶつかる。
選ばれないという選択を守るために。




