第59話 選ばれる側
塔の崩壊から、二日。
街は一応の落ち着きを取り戻していた。
だが――
“空気”は変わっている。
リョウは路地を歩きながら言う。
「……視線、増えてないか」
サクヤは短く答える。
「ああ」
人々の目。
恐怖だけじゃない。
別のものが混じっている。
期待。
依存。
そして――
選別。
リョウが苦笑する。
「ヒーロー扱い、ってやつか?」
サクヤは否定する。
「違う」
一拍。
「押し付け先を探している」
リョウが止まる。
「……あー」
理解する。
神がいなくなった今。
人はまた、“誰か”に背負わせようとする。
リョウが呟く。
「学ばねえなあ……」
サクヤは言う。
「それが人間だ」
その時。
後ろから声。
「……あの」
振り向く。
若い男。
少しやつれている。
リョウが言う。
「どうした」
男は躊躇いながら。
「助けてほしい」
リョウとサクヤ、同時に目を細める。
「……どういう意味だ」
男は言う。
「俺じゃない」
「妹が……」
案内された家。
中は暗い。
空気が重い。
リョウが小さく言う。
「……来てるな」
奥の部屋。
少女が一人、座っている。
虚ろな目。
体の周囲に、うっすらとした靄。
昨日までのケースより、はっきりしている。
サクヤが言う。
「進行が早い」
リョウも頷く。
「……濃いな」
男が震える声で言う。
「急に、こうなって……」
「何もしてないのに……」
リョウは少女を見る。
何もしてない。
違う。
“積み重なってる”。
リョウがゆっくり近づく。
「おい」
少女の目が、わずかに動く。
「……うるさい」
小さな声。
だが。
その一言に、感情が詰まっている。
「全部……うるさい」
リョウはしゃがむ。
「何がだ」
少女は答えない。
代わりに。
靄が、少し濃くなる。
サクヤが言う。
「時間がない」
リョウは頷く。
「分かってる」
だが。
手を伸ばしたところで、止まる。
違和感。
今までと違う。
「……なんか変だ」
サクヤが聞く。
「何が」
リョウは目を細める。
「流れが、一方向じゃない」
サクヤも少女を見る。
「……外から来ているな」
リョウの顔が変わる。
「は?」
つまり。
この子の中だけじゃない。
外から、災気が“流し込まれている”。
リョウが振り向く。
兄の男を見る。
「……最近、何かあったか」
男が戸惑う。
「え?」
リョウが詰める。
「変な奴、来なかったか」
男の顔が強張る。
「……それ、が」
沈黙。
そして。
「昨日、神祀庁の人間が来た」
リョウとサクヤ、同時に目を細める。
男は続ける。
「妹は、適性があるって……」
リョウの声が低くなる。
「……適性?」
男は言う。
「“人の神”の候補だって……」
空気が凍る。
サクヤが刀に手をかける。
「……選別しているな」
リョウの拳が震える。
「ふざけんな……」
つまり。
意図的に。
災気を流し込んでいる。
“耐えられるか”を見るために。
少女が小さく呟く。
「……やめて」
リョウがすぐに向き直る。
「もういい」
手を伸ばす。
「今、止める」
ドクン!!
干渉。
だが――
「……っ!?」
流れが強い。
外からの圧力。
引き戻される。
リョウが歯を食いしばる。
「これ、繋がってる……!」
サクヤが言う。
「元を断つ必要があるな」
リョウが叫ぶ。
「どこだ!!」
目を閉じる。
流れを辿る。
細い線。
だが、確実に続いている。
街の外へ。
一点へ。
リョウが目を開く。
「……見つけた」
サクヤが言う。
「行くぞ」
だが。
リョウは首を振る。
「その前に、こいつを守る」
少女を見る。
このまま放置すれば、壊れる。
リョウが言う。
「俺が繋ぎ止める」
サクヤが聞く。
「持つか」
リョウは笑う。
「持たせる」
サクヤは頷く。
「なら、任せろ」
外へ向かう。
リョウは少女の前に座る。
「……ちょっと我慢しろ」
少女は弱く頷く。
リョウは核を握る。
ドクン。
流れを押さえる。
外からの圧力と。
内側の暴走。
その両方を。
「……くっそ……」
重い。
だが。
離さない。
一方――
サクヤは夜の街を駆ける。
流れの先へ。
選別を行う者へ。
刀を抜く。
「……斬る」
対象は、もう決まっている。
人が人を“神にする”ために壊す存在。
それを――
断ち切るために。
物語は、さらに踏み込む。
“誰を犠牲にするか”という選択へ。




