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第55話 抱える者たち


倒れた男は、しばらくして目を覚ました。


「……ここは」


周囲を見回す。


壊れた地面。


距離を取る人々。


そして――リョウとサクヤ。


男の顔が歪む。


「……俺、何を……」


リョウはしゃがみ込む。


「覚えてるか」


男は首を振る。


「……途中から、何も」


拳を握る。


震えている。


「気づいたら、体が勝手に……」


リョウは小さく息を吐く。


「だろうな」


サクヤが言う。


「中に溜まってた」


男が顔を上げる。


「……中?」


リョウは少し迷ってから言う。


「ストレスとか、怒りとか、そういうの」


完全な説明じゃない。


だが、間違ってもいない。


男は目を伏せる。


「……ああ」


何か、思い当たる。


「仕事も……家も……うまくいかなくて……」


声が震える。


「ずっと、溜まってて……」


リョウはそれ以上聞かない。


もう分かっている。


これが、これからの“普通”になる。


サクヤが言う。


「死ぬところだった」


男が固まる。


リョウが続ける。


「周りもな」


沈黙。


男は顔を覆う。


「……すまない……」


誰に対してかも分からない謝罪。


だが。


それが現実。


リョウは立ち上がる。


「とりあえず、休め」


サクヤが人々に目を向ける。


「解散だ」


短く言うだけで、人は動く。


まだ恐怖は残っている。


だが、少しずつ日常へ戻る。


拠点。


ユナは目を覚ましていた。


「……おかえり」


小さく手を振る。


リョウが笑う。


「ただいま」


サクヤは椅子に座る。


ユナが聞く。


「なにかあった?」


リョウは少し考えてから言う。


「人が暴れた」


ユナが首を傾げる。


「けんか?」


リョウは首を振る。


「ちょっと違う」


サクヤが言う。


「溢れた」


ユナは黙る。


少し考えて。


「……こわいね」


リョウは頷く。


「ああ」


ユナは自分の胸に手を当てる。


「わたしも、ああなる?」


リョウが一瞬、言葉に詰まる。


サクヤが先に答える。


「ならない」


ユナが見る。


サクヤは続ける。


「ならないようにする」


その言葉に。


ユナは小さく頷いた。


夜。


静かな時間。


リョウは外に出ていた。


星が見える。


神がいない空。


少しだけ、広く感じる。


足音。


サクヤが隣に立つ。


「寝ないのか」


リョウは肩をすくめる。


「ちょっとな」


少しの沈黙。


リョウが言う。


「さっきのやつさ」


サクヤは聞く姿勢。


「増えると思うか」


サクヤは即答する。


「増える」


リョウは苦笑する。


「だよな」


神がいない。


つまり。


災気の逃げ場がない。


それが人に溜まる。


そして――


溢れる。


リョウが呟く。


「……神って、必要だったのかもな」


サクヤは否定しない。


「だからあった」


ただ、それだけ。


リョウは空を見る。


「でも、あれはもうやらないんだろ」


サクヤは頷く。


「ああ」


その代わり。


別の方法を見つけるしかない。


リョウは言う。


「受け止めるか」


サクヤが聞く。


「何を」


リョウは答える。


「全部」


不幸も。


怒りも。


絶望も。


逃げずに。


押し付けずに。


サクヤは少しだけ考える。


そして。


「難しいな」


リョウは笑う。


「だな」


でも。


やるしかない。


その時。


遠くで、また音。


ドン……


小さい。


だが、確かに。


リョウが顔を上げる。


「……来たな」


サクヤも動く。


「次だ」


リョウは深く息を吸う。


「……終わらねえな」


サクヤは言う。


「始まったばかりだ」


二人は走り出す。


終わらない問題へ。


逃げ場のない世界へ。


だが。


それでも。


進むしかない。


これが――


神なき世界の現実。

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