第54話 均衡の崩れ方
三人で歩く帰り道。
街は動き出していた。
瓦礫を片付ける人。
水を運ぶ人。
泣いている人。
笑っている人。
全部が混ざっている。
リョウがぽつりと言う。
「……普通だな」
サクヤは前を見たまま。
「普通だ」
神がいなくても。
世界は、止まらない。
ユナが小さく聞く。
「……これが、ふつう?」
リョウは少し考える。
そして答える。
「たぶんな」
少しだけ笑う。
「これから決めるやつだ」
ユナはよく分からないまま、頷いた。
拠点に戻る。
簡素な建物。
とりあえずの安全地帯。
ユナはすぐに疲れて、眠ってしまった。
サクヤが言う。
「反動だな」
リョウは壁にもたれる。
「そりゃそうだろ……」
しばらく、沈黙。
そして。
リョウが口を開く。
「なあ」
サクヤが見る。
「何だ」
リョウは天井を見たまま。
「さっきのやつ」
「神祀庁」
サクヤは短く答える。
「敵だな」
即断。
リョウは苦笑する。
「シンプルすぎるだろ」
だが。
否定はできない。
あいつらは、また同じことをやる。
形を変えて。
もっと巧妙に。
リョウが言う。
「でもさ」
少しだけ間。
「間違ってるとも言い切れないんだよな」
サクヤは黙る。
リョウは続ける。
「神がいた世界の方が、楽だった」
「平和だった」
「誰かが背負ってくれてた」
サクヤは言う。
「だから斬った」
リョウは頷く。
「分かってる」
その上で。
「じゃあ、この先どうするかだろ」
答えは、まだない。
その時――
ドンッ!!
外で、大きな音。
二人は同時に立ち上がる。
「……来たか」
外へ飛び出す。
街の外れ。
人だかり。
中心に――
男が一人。
暴れている。
だが、様子がおかしい。
リョウが目を細める。
「……なんだ、あれ」
男の体から、黒い靄が漏れている。
微量だが――
確実に“災気”。
サクヤが低く言う。
「……神じゃない」
リョウも頷く。
「でも、普通でもない」
男が叫ぶ。
「……うるさい……!」
周囲の人間が、怯えて距離を取る。
「近づくな!」
「危ないぞ!」
リョウが一歩前に出る。
「おい、落ち着け」
男の目が、リョウを捉える。
完全に焦点が合っていない。
「……消えろ」
次の瞬間。
地面が爆ぜる。
ドン!!
リョウが後ろに跳ぶ。
「うおっ!?」
サクヤが言う。
「力が出ている」
リョウが言う。
「災気の暴走か……?」
神がいない今。
行き場を失った災気が――
人に溜まる。
その可能性。
サクヤが刀を抜く。
「どうする」
リョウは即答できない。
相手は人間。
でも。
このままじゃ危険。
男がさらに暴れる。
建物が壊れる。
悲鳴。
リョウが歯を食いしばる。
「……くそ」
選択。
また来た。
サクヤが言う。
「斬るか」
リョウは首を振る。
「待て」
前に出る。
「俺がやる」
サクヤは止めない。
ただ見ている。
リョウは核を握る。
ドクン。
男を見る。
流れ。
体内に渦巻く災気。
不安定。
未制御。
「……抜けるか」
手を伸ばす。
その瞬間。
男が襲いかかる。
リョウは避けない。
掴む。
「っ!!」
直接、干渉。
中へ。
無理やり。
ドクン!!
男の中に、入り込む。
暴れる災気。
叫び。
感情。
怒り。
絶望。
全部が混ざっている。
リョウが叫ぶ。
「……落ち着け!!」
無理やり押さえ込む。
流れを整える。
少しずつ。
少しずつ。
やがて――
静まる。
男の体から、靄が消える。
崩れ落ちる。
リョウも膝をつく。
「……はぁ……」
サクヤが近づく。
「できるのか」
リョウは笑う。
「……ギリな」
だが。
確信する。
神がいなくなった世界で。
新しい問題が生まれた。
リョウが呟く。
「……人が、神堕ちするのか」
サクヤは静かに言う。
「違う」
リョウが見る。
サクヤは続ける。
「これは――人間だ」
逃げ場のない、災気。
それを抱えたまま。
生きる存在。
リョウは立ち上がる。
「……面倒くせえな」
サクヤが言う。
「ああ」
だが。
その顔に、迷いはない。
「だからやる」
リョウは頷く。
「だな」
空を見上げる。
もう神はいない。
だが。
問題は、なくならない。
むしろ――
これからが本番だ。
人が、世界を背負う時代。
その歪みが、少しずつ現れ始めていた。




