第53話 責任の始まり
少女は、眠っている。
ただの人間として。
サクヤの腕の中で、小さく息をしている。
広場には、まだざわめきが残っていた。
誰もが見た。
“神が作られ”
そして――“壊された”瞬間を。
神祀庁の男が、ゆっくりと口を開く。
「……理解できないな」
その視線は、リョウに向いている。
「なぜ壊した」
「世界は、安定していたはずだ」
リョウは息を整えながら答える。
「誰か一人が潰れるだけの安定だろ」
男は即座に返す。
「それで多数が救われるなら、合理的だ」
リョウは少し笑う。
「その“一人”になったことあんのか?」
沈黙。
男は答えない。
リョウは続ける。
「ないなら、言うなよ」
静かな言葉。
だが、重い。
サクヤが一歩前に出る。
「引け」
短い一言。
男は目を細める。
「ここで対立する気か」
サクヤは淡々と。
「必要なら」
空気が張り詰める。
兵たちが構える。
だが――
男は手を上げた。
「……いい」
兵を制する。
「今日は引こう」
リョウが眉をひそめる。
「随分あっさりだな」
男は微笑む。
「実験は失敗した」
「なら、次に進むだけだ」
その言葉に。
リョウの背筋が冷える。
「……まだやる気か」
男は当然のように言う。
「当たり前だ」
「神なき世界に、秩序は必要だ」
「その形を、我々が決める」
サクヤが低く言う。
「勝手に決めるな」
男は肩をすくめる。
「では、誰が決める?」
誰も答えない。
それが、現実。
男は踵を返す。
「また会いましょう」
そのまま去っていく。
兵たちも続く。
残されたのは――
不安と、沈黙。
しばらくして。
人々が、少しずつ動き始める。
ざわめきは消えない。
むしろ、広がっていく。
「……あれで良かったのか?」
「また神がないままだぞ」
「次はどうなるんだ……」
誰も答えられない。
リョウは空を見る。
「……これが現実か」
サクヤが少女を抱えたまま言う。
「始まりだ」
リョウは苦笑する。
「終わりじゃなくて?」
サクヤは首を振る。
「終わらせただけだ」
少し間を置く。
「ここからが、人間の番だ」
リョウは黙る。
その通りだ。
神に押し付けていたものが、全部戻ってきた。
もう逃げ場はない。
リョウは言う。
「……じゃあさ」
サクヤを見る。
「俺たち、何すんの」
サクヤは即答しない。
少しだけ考えて。
そして言う。
「斬る」
リョウが呆れる。
「またそれかよ」
サクヤは続ける。
「押し付けるものを」
「それを作る奴を」
静かに。
だが、確かに。
リョウは少し笑う。
「シンプルだな」
サクヤは言う。
「分かりやすい」
リョウは頷く。
「……嫌いじゃない」
その時。
少女が、わずかに動く。
「……ん」
サクヤが視線を落とす。
目が開く。
まだ、ぼんやりしている。
リョウがしゃがむ。
「おい、大丈夫か」
少女はリョウを見る。
しばらく、見つめて――
小さく言った。
「……こわくない」
リョウが少し驚く。
「……そっか」
少女は周囲を見る。
普通の世界。
普通の空。
「……終わった?」
リョウは答える。
「終わった」
そして、少しだけ間を置いて。
「でも、これからだ」
少女はよく分からない顔をする。
それでいい。
今はまだ。
サクヤが言う。
「名前は」
少女は少し考えて。
「……ユナ」
小さな声。
リョウは笑う。
「ユナか」
サクヤも頷く。
「覚えた」
ユナは二人を見る。
そして。
少しだけ笑った。
空は、変わらず青い。
だが。
その下の世界は、確実に変わっている。
神はいない。
守るものも、裁くものもいない。
だからこそ――
人が決める。
リョウは歩き出す。
「……忙しくなるな」
サクヤも並ぶ。
「ああ」
ユナも、小さくその後ろをついてくる。
三人。
まだ小さな一歩。
だが。
それは確実に。
新しい世界の始まりだった。




