第50話 神なき日常
神が消えて、三日が経った。
世界は、静かすぎるほどに静かだった。
空には、もう祠は浮かんでいない。
災気の異常な流れも止まっている。
だが――
完全な平和では、ない。
リョウは街を歩いていた。
以前なら、祠があった場所。
今はただの空き地だ。
そこに人が集まっている。
「……本当に神、消えたのか?」
「祠、全部止まってるらしいぞ」
「じゃあ……これからどうなるんだ?」
ざわめき。
不安。
リョウはその中を、黙って通り過ぎる。
サクヤが隣を歩く。
「早いな」
リョウが言う。
「何が」
サクヤは前を見たまま。
「崩れ始めてる」
リョウは苦笑する。
「そりゃそうだろ」
数万年、神に支えられてきた世界だ。
いきなりその柱が消えた。
歪みが出ないはずがない。
その時――
遠くで、悲鳴。
リョウとサクヤは同時に顔を上げる。
「……行くか」
サクヤは短く言う。
「決まってる」
二人は走り出す。
現場。
崩れた建物。
落ちた瓦礫。
その下で、人が閉じ込められている。
リョウが駆け寄る。
「おい! 大丈夫か!」
返事は、かすか。
「……助け……」
サクヤはすぐに瓦礫をどかし始める。
だが――
重い。
神の力がない。
単純な“力”。
リョウも手を出す。
「くそ……重てぇ!」
少しずつ。
だが確実に。
人を引きずり出す。
「……間に合った」
リョウが息を吐く。
サクヤが言う。
「遅れは取り返せる」
リョウは笑う。
「なんか、らしくないこと言うな」
サクヤは少しだけ目を細める。
「事実だ」
その時。
別の場所で、また崩れる音。
ドォン。
リョウの顔が引き締まる。
「……やばいな」
サクヤは言う。
「想定内だ」
リョウは頷く。
「だな」
でも。
問題は、そこじゃない。
神祀庁
地下施設。
薄暗い空間。
モニターが点滅している。
「……神システム、完全停止」
「全祠、機能喪失」
報告が続く。
中央に立つ男。
神祀庁・上層。
「……中枢神も、崩壊」
静かに呟く。
「想定より早いな」
別の職員が言う。
「どうしますか」
男は、少しだけ沈黙する。
そして――
「計画を前倒しする」
空気が変わる。
「“人の神”を作る」
職員たちが息を呑む。
「……本気ですか」
男は言う。
「神がいなくなった世界で」
「秩序は、必要だ」
静かに。
しかし確実に。
新しい“神”が、作られようとしていた。
その頃。
リョウは空を見上げていた。
「……嫌な感じするな」
サクヤが隣に立つ。
「気づいてるか」
リョウが問う。
「何が」
サクヤは言う。
「まだ終わってない」
リョウは黙る。
分かっている。
神は消えた。
でも――
“人間”は残っている。
そして。
人間は、また選ぶ。
「……次は人かよ」
リョウが呟く。
サクヤは静かに言う。
「そうだ」
「これからは、全部」
少しの間。
そして――
リョウは笑った。
「面倒くせえな」
サクヤも、わずかに口角を上げる。
「やるしかない」
空は青い。
神のいない空。
だが。
嵐の前の静けさに、近い。
リョウは拳を握る。
「……来いよ」
サクヤが言う。
「終わらせる」
世界は変わった。
だが――
戦いは、まだ続く。




