第4話 神祀庁
森へ続く街道は、不気味なほど静かだった。
さっきまで街を包んでいた悲鳴も、ここまでは届かない。
ただ。
空気が重い。
見えない泥の中を歩いているような感覚だった。
リョウが顔をしかめる。
「うわ……」
「どうした」
サクヤが前を歩きながら聞く。
「災気」
リョウは胸を押さえた。
「濃すぎる」
サクヤも感じてはいる。
だが。
リョウほどではない。
「どのくらいだ」
リョウは空を見た。
黒い霧が、ゆっくりと流れている。
まるで川のように。
「普通の祠の……」
「十倍くらい」
サクヤの足が止まった。
「……十倍」
それはありえない数値だった。
祠の神一体で処理できる量には限界がある。
十倍の災気など。
神が瞬時に堕ちてもおかしくない。
リョウは森の奥を見つめる。
「あそこに」
「全部流れてる」
サクヤは刀の柄を軽く叩いた。
「なら原因はそこだ」
二人が森に入ろうとした瞬間。
「――そこまでだ」
声がした。
低い男の声。
サクヤはすぐに振り向く。
いつの間にか、街道の後ろに数人の人影が立っていた。
全員、白い装束。
胸には同じ紋章。
円の中に祠の形をした印。
リョウが小さく言う。
「……神官?」
サクヤが首を振る。
「違う」
そして、静かに言った。
「神祀庁」
白装束の男たちがゆっくり近づく。
中央に立つ男は、三十代くらい。
整った顔。
だが目は冷たい。
彼はサクヤを見て、わずかに笑った。
「神喰らいサクヤ」
「噂通りだな」
サクヤは無表情だった。
「用件」
男は答える。
「その男を渡してもらおう」
リョウが指をさす。
「俺?」
「そうだ」
男はリョウを見つめる。
その視線は、まるで珍しい標本を見るようだった。
「君は非常に興味深い」
リョウは困った顔をした。
「初対面でそれ言われると怖いんだけど」
サクヤが一歩前に出る。
「理由」
男は淡々と言った。
「彼は神を見る」
サクヤの目が細くなる。
「……それが?」
男は答えた。
「この世界で」
「神を視認できる人間は、ほぼ存在しない」
リョウがぼそっと言う。
「ほぼ?」
男は微笑んだ。
「神祀庁の上層部を除いてはな」
空気が少し冷えた。
サクヤは刀に手を置く。
「つまり」
「政府ってことか」
男は頷いた。
「この世界の祠と神を管理する機関」
「それが神祀庁だ」
リョウは眉をひそめた。
「管理?」
「神って管理するものなの?」
男は当たり前のように答える。
「当然だ」
「神は世界のインフラだからな」
リョウの表情が固まる。
「……インフラ?」
男は続ける。
「祠の神は、災気を吸収する装置だ」
「それがなければ、この世界はとっくに崩壊している」
リョウの胸がざわつく。
その言葉。
どこかで聞いたことがある。
男は言った。
「だが最近」
「神堕ちが増えすぎている」
サクヤが答える。
「知ってる」
男は頷いた。
「だから我々は調査している」
そしてリョウを見る。
「君のような存在は、非常に価値がある」
「研究対象として」
リョウは引きつった笑顔を作った。
「今さらっと怖い単語言ったよね?」
「研究」
男は平然としている。
「協力してくれるなら丁重に扱う」
「拒否するなら――」
その瞬間。
周囲の白装束たちが剣を抜いた。
金属音が森に響く。
男は続けた。
「実力行使だ」
沈黙。
風が木を揺らす。
サクヤが言った。
「断る」
男の眉が少し動く。
「理由を聞こう」
サクヤは短く答えた。
「こいつ」
「使える」
リョウが驚く。
「え、評価そこ?」
サクヤは続ける。
「あと」
男を見る。
「お前ら」
「信用できない」
白装束の男は小さく笑った。
「正直だな」
そして。
手を軽く上げる。
「捕らえろ」
その瞬間。
三人の神祀庁の剣士が動いた。
速い。
普通の兵士ではない。
神を守るために訓練された戦闘員。
リョウが叫ぶ。
「来た!」
サクヤは刀を抜く。
キィン――。
一人目の剣士が斬りかかる。
サクヤは半歩踏み込む。
ザン。
剣が折れた。
「え」
剣士が固まる。
次の瞬間。
サクヤの柄打ちが腹に入った。
ドンッ!!
剣士が吹き飛ぶ。
二人目が後ろから斬る。
サクヤは振り向かない。
刀を後ろに振る。
ガン!
剣を弾く。
そのまま蹴り。
ドォン!!
三人目が飛び込む。
サクヤの一閃。
シュン。
剣士の剣が真っ二つになった。
数秒。
それだけで終わった。
三人の剣士は地面に転がっている。
リョウはぽかんとしていた。
「……やっぱり人間じゃない」
サクヤは刀を鞘に戻す。
男は静かに拍手した。
「見事だ」
だが。
次の言葉で空気が変わる。
「だからこそ」
「厄介だ」
男は懐から小さな札を取り出した。
祠の紋章が描かれている。
そして。
それを地面に貼りつけた。
リョウの顔色が変わる。
「……それ」
札が光る。
地面が震える。
森の奥から。
巨大な気配が動いた。
サクヤの目が鋭くなる。
男は言った。
「神祀庁は」
「神を管理する機関だ」
森の奥から黒い霧が溢れ出す。
そして。
それが形になる。
巨大な人型。
祠の神。
だが。
目が赤い。
男は静かに言った。
「神を」
「使うこともできる」
リョウが震える声で言う。
「……嘘だろ」
サクヤは刀を抜いた。
キィン。
そして呟いた。
「なるほど」
「そういう連中か」
男は微笑む。
「実験だ」
「神喰らい」
巨大な神が一歩踏み出した。
地面が揺れる。
男は言う。
「神は」
「本当に斬れるのか」
サクヤは答えた。
「試してみろ」
次の瞬間。
神が拳を振り下ろした。 ⚔️




