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第39話 残滓

黒い霧が、ゆっくりと消えていく。


空は元の青を取り戻しつつあった。


だが――


街は静かじゃない。


ざわめき。


泣き声。


崩れた建物。


焦げた匂い。


リョウは塔の上からそれを見下ろしていた。


「……被害、でかいな」


サクヤは短く言う。


「当然だ」


あの規模だ。


無傷で済むはずがない。


リョウは拳を握る。


「……止めたのに」


サクヤが言う。


「全部は無理だ」


その言葉は、何度目だろうか。


リョウは苦笑する。


「分かってるよ……」


だが。


慣れない。


慣れたくもない。


その時。


違和感。


リョウが眉をひそめる。


「……まだいる」


サクヤの目が動く。


「どこだ」


リョウは目を閉じる。


核を通して、“流れ”を見る。


黒い糸。


その残り。


消えたはずの“手”。


だが――


「……小さいのが、散ってる」


サクヤが言う。


「残滓か」


リョウは頷く。


「完全には消えてない」


問題は。


それがまた増える可能性があること。


サクヤは即断する。


「潰す」


リョウは苦笑する。


「やっぱそれか」


だが、正しい。


放置すれば、また同じことが起きる。


二人は塔を降りる。


街へ戻る。


人々の視線が向く。


恐れ。


感謝。


疑念。


全部混ざっている。


その中を、無言で進む。


やがて。


一つの路地で、足を止める。


リョウが言う。


「ここだ」


地面。


わずかに、黒い糸が蠢いている。


虫のように。


サクヤが刀を抜く。


「小さいな」


リョウは言う。


「でも、生きてる」


その時。


黒い糸が、突然跳ねた。


近くの男の足に絡みつく。


「うわっ!?」


男が転ぶ。


リョウが叫ぶ。


「離れろ!」


だが。


遅い。


糸が皮膚に食い込む。


侵食が始まる。


サクヤが踏み込む。


ザン!!


糸を断ち切る。


男は息を荒げる。


「……た、助かった……」


だが。


リョウは首を振る。


「まだだ」


断ち切ったはずの糸。


それが。


地面に落ちて――


再び動く。


サクヤが目を細める。


「……分裂している」


一本が。


二本に。


そして、また増える。


リョウが呟く。


「キリがない……」


その時。


核が微かに光る。


ドクン。


リョウの視界に、情報が流れ込む。


『残滓個体 確認』


『通常破壊 非効率』


リョウが言う。


「……じゃあどうすればいい」


『焼却、または完全消去を推奨』


サクヤが聞く。


「何だ」


リョウは答える。


「燃やせってさ」


サクヤが周囲を見る。


「火ならある」


さっきの火事。


まだ燻っている場所がある。


リョウが言う。


「集める必要がある」


サクヤが頷く。


「やれるか」


リョウは少しだけ迷う。


“操作”。


また使うことになる。


だが。


躊躇っている時間はない。


「……やる」


核を握る。


ドクン。


糸が、動く。


今度は、完全に。


意思に従うように。


リョウは手を動かす。


「集まれ」


路地の糸が、一箇所に集まる。


逃げようとする。


だが、抑える。


さらに別の場所。


また一つ。


また一つ。


街中の残滓が、少しずつ集まってくる。


サクヤが火の場所へ誘導する。


「こっちだ」


リョウが歯を食いしばる。


「……重い」


量が増える。


負荷が増す。


だが止めない。


やがて。


黒い塊が、一つにまとまる。


サクヤが言う。


「今だ」


リョウがそれを、火の中へ放り込む。


ドサッ。


次の瞬間。


ボッ!!


黒い塊が燃え上がる。


甲高い音。


『……』


言葉にならない“何か”が、消えていく。


やがて。


完全に、灰になる。


静寂。


リョウはその場に膝をついた。


「……終わった」


サクヤが周囲を見る。


「一旦な」


リョウは苦笑する。


「それ、便利な言葉だな」


だが。


本当だ。


これは“終わり”じゃない。


ただの区切り。


その時。


背後から拍手が聞こえた。


パチ、パチ、パチ。


二人が振り向く。


そこにいたのは――


あの男。


“外に出た側”。


リョウが顔をしかめる。


「……またお前か」


男は笑っている。


「いいね」


軽い調子で言う。


「順調に進んでる」


サクヤが一歩前に出る。


「何しに来た」


男は肩をすくめた。


「観察だよ」


そして。


リョウを見る。


「君、思ったより早いね」


リョウが言う。


「何がだ」


男は答えた。


「適応」


空気が少し冷える。


男は続ける。


「もうほとんど“戻ってる”」


リョウの心臓が跳ねる。


「……何に」


男は笑った。


「分かってるくせに」


沈黙。


リョウの拳が震える。


サクヤが言う。


「用件はそれだけか」


男は首を振る。


「いや」


少しだけ真面目な顔になる。


「次の段階が来る」


リョウが言う。


「……またそれか」


男は頷く。


「今度は、もっと分かりやすいよ」


一歩下がる。


「“神”が落ちる」


空気が凍る。


サクヤの目が鋭くなる。


「神堕ちか」


男は首を横に振る。


「違う」


そして。


はっきりと言った。


「まだ壊れてない神が、落ちる」


沈黙。


リョウの理解が追いつかない。


「……は?」


男は続ける。


「神堕ちじゃない」


「正常な神が」


「こっちに来る」


その意味。


リョウの背筋が冷える。


神は、本来こちらに降りてこない。


祠にいる存在だ。


それが――


“来る”。


男は最後に言った。


「準備しときなよ」


「今度は“選択”じゃ済まない」


その言葉を残して。


男の姿は消えた。


静寂。


風が吹く。


リョウは呟く。


「……なんだよ、それ」


サクヤは空を見上げる。


「来るなら」


刀に手をかける。


「斬るだけだ」


リョウは苦笑する。


「……ほんと、それしかないのかよ」


だが。


他に道はない。


空の向こう。


次に落ちてくるのは――


壊れていない神。

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