第38話 落ちてくるもの
空が、歪む。
青の中に、黒い裂け目。
そこから――
何かが“降りてくる”。
リョウが顔を上げた。
「……あれ」
サクヤも見ている。
「大きいな」
冗談みたいな感想。
だが、事実だった。
黒い塊。
いや。
塊というより――
塊の集合体。
無数の“手”が絡み合い、一つの塊になっている。
ゆっくりと。
だが確実に。
街の中心へ向かって落下している。
リョウの喉が乾く。
「……あれ、地面に落ちたら」
サクヤが言う。
「終わる」
即答だった。
衝撃で拡散。
街全体に“手”がばら撒かれる。
助かる者は、ほとんどいない。
リョウが歯を食いしばる。
「止めるしかない……!」
だが。
どうやって。
あの高さ。
あの質量。
サクヤが言う。
「壊す」
リョウが叫ぶ。
「簡単に言うな!!」
サクヤはもう走り出していた。
高い建物へ。
屋根を伝い、上へ上へ。
リョウも続く。
「……くそ!」
跳ぶ。
掴む。
駆け上がる。
息が荒い。
だが止まれない。
上へ。
上へ。
やがて。
街で一番高い塔の上に出た。
風が強い。
空が近い。
黒い塊が、迫っている。
リョウが息を呑む。
「……でかすぎる」
サクヤが刀を構える。
「届く距離に来る」
リョウが言う。
「その後は?」
サクヤは短く。
「斬る」
リョウは頭を抱えたくなる。
「無理だろ……」
だが。
サクヤは本気だ。
その時。
核が、強く光った。
ドクン!!
リョウの視界が変わる。
線が見える。
塊の構造。
無数の糸。
その中心。
一つだけ、異質な核。
リョウが叫ぶ。
「中心がある!!」
サクヤが聞く。
「どこだ」
リョウは指差す。
「右上、少し奥!」
サクヤが頷く。
「分かった」
その時。
頭の中に、あの声。
『高密度対象 確認』
『処理方法 提案』
リョウが顔をしかめる。
「……何だ」
『分散ではなく、収束を推奨』
意味が分からない。
「収束?」
だが。
次の瞬間。
理解する。
今までは、斬って壊していた。
だが。
あれは、分裂する。
なら――
一箇所に集めてから壊す。
リョウが呟く。
「……できるのか」
手を見る。
さっきの感覚。
“操作”。
サクヤが言う。
「やるなら早くしろ」
黒い塊が迫る。
時間がない。
リョウは決断する。
「……やる!」
核を握る。
ドクン!!
手を上げる。
意識を集中する。
無数の糸。
その流れ。
全部。
一つに。
「集まれ……!」
黒い塊が、歪む。
動きが変わる。
バラけていた部分が、中心へと引き寄せられる。
圧縮。
凝縮。
サクヤの目が鋭くなる。
「……いい」
塊が、密度を増す。
一つの巨大な核へ。
リョウの視界が揺れる。
「ぐっ……!」
負荷が限界に近い。
それでも。
止めない。
「まだ……!」
その時。
黒い塊が抵抗する。
逆流。
糸が暴れ出す。
リョウの腕が震える。
「……くそ!」
サクヤが言う。
「十分だ」
リョウが叫ぶ。
「まだだ!」
だが。
サクヤは踏み出していた。
塔の端。
空中へ。
跳ぶ。
リョウが叫ぶ。
「サクヤ!!」
落下してくる塊。
上昇するサクヤ。
空中で交差する。
その一瞬。
サクヤは、中心を見た。
リョウが作った“核”。
迷いはない。
振りかぶる。
そして。
「――斬る」
ザン。
時間が止まる。
次の瞬間。
ドォォォォォォォ!!
空中で、黒い塊が爆散する。
だが。
今度は違う。
分裂しない。
完全に、砕け散る。
黒い霧となって、消えていく。
風が吹く。
静寂。
サクヤが地面に着地する。
リョウもその場に崩れ落ちた。
「……はぁ……」
空を見る。
もう、何もない。
リョウが呟く。
「……やったか」
サクヤが言う。
「終わりじゃない」
その言葉と同時に。
核が、静かに光った。
ドクン。
『高負荷処理 確認』
『適合率 上昇』
『中枢神 復元率 上昇』
リョウの顔が凍る。
「……復元?」
サクヤが見る。
「どうした」
リョウは小さく言った。
「……俺」
手を見る。
震えている。
「戻ってる」
何に?
答えは、分かっている。
サクヤは静かに言った。
「止めるか」
リョウは少し考える。
そして。
首を振った。
「……まだだ」
顔を上げる。
「終わってない」
サクヤは頷く。
「そうだな」
街は、まだ混乱している。
“手”も、完全には消えていない。
そして。
空のどこかで。
観測は、続いている。
リョウは立ち上がる。
その目には、迷いと覚悟が混ざっていた。
神に近づきながら。
それでも、人であろうとする。
戦いは、次の局面へ進む。




