第37話 増殖する手
火は、まだ消えていない。
だが――違和感があった。
リョウが眉をひそめる。
「……おかしい」
サクヤが周囲を見る。
「どうした」
リョウは答えた。
「さっきより、糸が減ってる」
確かに。
建物に絡みついていた黒い糸が、ところどころ消えている。
代わりに――
地面を這っている。
サクヤの目が鋭くなる。
「逃げているのか」
リョウは首を振る。
「違う」
嫌な予感。
その瞬間。
地面が、ドクンと脈打った。
「っ!?」
足元から、黒い糸が跳ね上がる。
槍のように。
サクヤがリョウを突き飛ばす。
ドン!!
次の瞬間、地面を貫く黒い突起。
リョウが転がる。
「うわっ!」
サクヤはその場で回転し、斬る。
ザン!!
突起が断ち切られる。
だが。
遅い。
地面全体が、うねり始めた。
ドクン!!
ドクン!!
「……増えてる!」
リョウの声が震える。
さっき倒した“手”。
それが。
分裂している。
一本が、二本に。
二本が、四本に。
際限なく。
サクヤが言う。
「増殖型か」
リョウが叫ぶ。
「そんなのアリかよ!!」
その時。
地面が割れた。
ドォン!!
中から、巨大な黒い塊が現れる。
森で見たものよりも大きい。
そして。
速い。
サクヤが構える。
「本体」
リョウが言う。
「いや……違う!」
線が見える。
流れが見える。
この塊も――末端。
だが。
数が違う。
「これ、全部……繋がってる!」
つまり。
一つじゃない。
“群れ”だ。
黒い塊が口のように開く。
『増殖 最適化』
その声に、リョウの背筋が凍る。
「……最適化?」
次の瞬間。
無数の糸が、四方へ飛ぶ。
人へ。
建物へ。
地面へ。
すべてに接続しようとする。
サクヤが叫ぶ。
「散開しろ!」
リョウが走る。
糸を避ける。
だが。
数が多すぎる。
一瞬の隙。
腕に、糸が絡みつく。
「しまっ……!」
その瞬間。
核が強く光った。
ドクン!!
糸が、止まる。
ピタリと。
リョウが息を呑む。
「……止まった?」
いや。
違う。
止まっているのは、糸だけじゃない。
周囲の“手”すべてが。
一瞬、硬直している。
サクヤが気づく。
「……干渉したか」
リョウは戸惑う。
「俺じゃない!」
だが。
核は、強く光っている。
まるで。
“指示”を出したかのように。
次の瞬間。
頭の中に声が響く。
『権限確認』
リョウの目が見開かれる。
「……何だこれ」
『中枢神 権限 一部復元』
時間が止まる。
サクヤが見る。
「どうした」
リョウは震える声で言った。
「……操作できる」
空気が変わる。
サクヤの目が細くなる。
「何を」
リョウは、目の前の黒い糸を見る。
そして。
小さく言った。
「“手”を」
その言葉。
あまりにも危険。
だが。
現実だった。
リョウは手を上げる。
核が光る。
ドクン。
糸が動く。
ゆっくりと。
こちらの意思に、従うように。
リョウの呼吸が止まる。
「……マジかよ」
サクヤが低く言う。
「使うな」
リョウが振り向く。
「でもこれ……!」
サクヤは言った。
「同じになる」
沈黙。
その意味は、分かる。
操る側になる。
神と同じ。
人を、世界を。
リョウの手が震える。
だが。
その時。
黒い塊が再び動き出した。
ドクン!!
停止が解ける。
糸が一斉に襲いかかる。
リョウが叫ぶ。
「来る!」
サクヤが踏み込む。
「迷うな」
その一言。
リョウの目が変わる。
「……使う」
覚悟。
核が、強く光る。
ドクン!!
リョウが手を振る。
すると。
周囲の糸が、逆に動いた。
黒い塊へと、絡みつく。
拘束する。
サクヤが目を見開く。
「……!」
リョウが叫ぶ。
「今だ!!」
サクヤは迷わない。
一直線に踏み込む。
黒い塊。
中心へ。
刀を振りかぶる。
「――斬る」
ザン!!
深く、斬り裂く。
黒い塊が絶叫する。
ドォォォォ!!
だが。
まだ、終わらない。
分裂しようとする。
リョウが叫ぶ。
「もう一回……!」
だが。
視界が歪む。
限界。
負荷が大きすぎる。
サクヤが言う。
「離せ」
リョウが見る。
「でも……!」
サクヤは一言。
「十分だ」
リョウは歯を食いしばる。
そして。
手を下ろした。
糸の制御が切れる。
だが。
その一瞬で、十分だった。
サクヤが最後の一撃を放つ。
ザン!!
中心が断ち切られる。
黒い塊が崩壊する。
糸が、すべて弾ける。
静寂。
風が吹く。
リョウはその場に膝をついた。
「……はぁ……」
サクヤが近づく。
「大丈夫か」
リョウは苦笑する。
「……大丈夫じゃないな」
手を見る。
さっきまで。
確かに、“動かしていた”。
サクヤが言う。
「言っただろ」
リョウは頷く。
「……ああ」
少し間を置く。
「でも」
顔を上げる。
「必要だった」
サクヤは何も言わない。
否定もしない。
ただ。
静かに見ている。
その時。
核が、微かに光った。
ドクン。
『権限使用 確認』
『適合率 上昇』
『次段階 準備』
リョウの背筋が冷える。
「……次って」
サクヤが空を見る。
「来るな」
遠くで。
空が、歪んだ。
まるで。
何かが“落ちてくる”ように。
戦いは、さらに一段階上へ。
そしてリョウは――
少しずつ、神に近づいていた。




