第34話 選べないもの
外縁の街は、思っていたよりも“普通”だった。
低い石壁。
簡素な家々。
市場のざわめき。
人の声。
リョウは少しだけ肩の力を抜いた。
「……なんか安心するな」
サクヤは周囲を見渡す。
「油断するな」
だが。
確かにここは違う。
神の気配が薄い。
祠も小さく、数も少ない。
代わりに。
人が、自分で生きている場所。
リョウが呟く。
「……これが“神なしに近い世界”か」
その時。
市場の奥から怒鳴り声が聞こえた。
「やめろ!!」
二人は同時に視線を向ける。
人だかり。
揉めている。
サクヤが動く。
「行くぞ」
人をかき分ける。
中心。
そこには――
一人の男が倒れていた。
その腕に、黒い糸。
リョウの顔が変わる。
「“手”……!」
だが。
周囲の人間たちが、距離を取っている。
誰も近づかない。
一人の商人が叫ぶ。
「触るな!!」
別の男が言う。
「もうダメだ!」
リョウが叫ぶ。
「助けられる!!」
だが。
返ってきたのは冷たい視線だった。
「……何言ってんだ」
商人が言う。
「それ、広がるんだぞ」
沈黙。
リョウが言葉を失う。
別の女が小さく言った。
「前にもあったの……」
震える声。
「助けようとして、三人やられた」
空気が凍る。
つまり。
“助けようとすると危険”。
だから。
誰も手を出さない。
サクヤが一歩前に出る。
「どけ」
リョウが見る。
「サクヤ」
サクヤは構わず近づく。
男は苦しそうに呻いている。
黒い糸が、腕から肩へ伸びている。
まだ、間に合う。
リョウが核を握る。
「止める!」
集中。
ドクン!!
糸の動きが止まる。
サクヤが一閃。
ザン!!
糸を断つ。
男が崩れる。
静寂。
リョウが駆け寄る。
「大丈夫か!」
男は荒い呼吸をしている。
だが。
生きている。
周囲がざわつく。
「……助かった?」
「本当に……?」
だが。
その時。
別の場所で悲鳴が上がった。
「こっちもだ!!」
リョウが振り向く。
さらに一人。
いや、二人。
黒い糸に絡まれている。
サクヤが言う。
「増えたな」
リョウの顔が歪む。
「……街の中にまで」
人々が後ずさる。
誰も近づかない。
さっきと同じだ。
助けたい。
でも怖い。
リョウが叫ぶ。
「手伝ってくれ!!」
だが。
動かない。
一人の男が言う。
「無理だ……」
「俺たちは神喰らいじゃない」
その言葉。
リョウの胸に刺さる。
サクヤが言う。
「時間がない」
リョウは歯を食いしばる。
「分かってる!」
再び核を使う。
ドクン!!
止める。
サクヤが斬る。
一人。
二人。
助ける。
だが。
終わらない。
さらに増える。
まるで。
試されているように。
リョウが息を切らす。
「キリがない……!」
サクヤが言う。
「限界が来る」
その通りだった。
リョウの視界が揺れる。
核の負荷。
頭が痛い。
その時。
声が響いた。
『選択を推奨』
リョウの顔が歪む。
「……またか」
観測者。
無機質な声。
『優先順位を設定せよ』
『全体の生存率を最大化せよ』
リョウが叫ぶ。
「うるさい!!」
サクヤが見る。
「来たか」
リョウは吐き捨てる。
「見てるだけのくせに……!」
だが。
現実は変わらない。
人は増え続ける。
助けきれない。
サクヤが言う。
「選べ」
リョウが止まる。
「……何を」
サクヤは淡々と言う。
「全員は無理だ」
静かな声。
だが。
重い。
リョウの拳が震える。
「……分かってる」
目の前。
苦しむ人。
助けを求める声。
そして。
遠くで怯える人々。
リョウは歯を食いしばる。
「……くそ……」
その時。
一人の少年が、倒れた母親にしがみついていた。
「母さん……!」
黒い糸が、首元まで来ている。
もう時間がない。
リョウの心が決まる。
「……あっちだ」
サクヤが頷く。
「了解」
二人は走る。
他を捨てて。
一人を救うために。
ザン!!
糸が断ち切られる。
母親が崩れる。
少年が泣きながら抱きつく。
「母さん!!」
リョウは立ち尽くす。
背後で。
誰かの悲鳴が止まった。
静かに。
消えた。
リョウは振り返らない。
振り返れない。
サクヤが言う。
「……それが選択だ」
リョウの肩が震える。
観測者の声が、静かに響く。
『選択 確認』
『記録する』
リョウは拳を握りしめる。
「……こんなの」
声が震える。
「選びたくねえよ」
サクヤは何も言わない。
ただ。
前を見る。
この世界では。
選ばないという選択は、存在しない。
風が吹く。
外縁の街に。
小さな静寂と。
取り返しのつかない結果を残して。




