第28話 神になりたくなかった者
夜。
森の中に、簡単な焚き火が灯っていた。
パチ、パチ、と乾いた音が響く。
サクヤは黙って座り、刀の手入れをしている。
リョウは少し離れた場所で、例の核を見つめていた。
小さな光。
静かに脈打つ。
だが、さっきまでとは違う。
何かを知っている光。
リョウがぽつりと言う。
「……観測者、って言ってた」
サクヤは手を止めない。
「聞いた」
「どう思う」
少しの間。
刃を布で拭く音だけが響く。
やがてサクヤが言った。
「敵か」
リョウは苦笑する。
「シンプルだな」
サクヤは淡々と答える。
「違うのか」
リョウは少し考えた。
焚き火を見る。
揺れる炎。
「……分からない」
正直な答えだった。
「でも」
空を見上げる。
星が見える。
「助ける気はなさそうだ」
サクヤが短く言う。
「なら敵だ」
リョウは笑った。
「極端だな」
だが。
否定はできない。
その時。
核が、わずかに光を強めた。
ドクン。
リョウの視界が揺れる。
「……またか」
サクヤが顔を上げる。
「来るか」
リョウは頷く。
「今度は……」
言いかけて、止まる。
違う。
さっきの無機質な“観測者”とは。
気配が違う。
柔らかい。
温度がある。
次の瞬間。
意識が引き込まれる。
――白い空間。
だが前とは違う。
どこか、暖かい。
風のような感覚。
そして。
一人の“人影”が立っていた。
はっきりとした輪郭。
人間の姿。
リョウが呟く。
「……また観測者か」
その人影は、少し困ったように笑った。
『いや』
『それとは少し違う』
声は穏やかだった。
リョウは目を細める。
「……誰だ」
その存在は言った。
『昔の人間だよ』
少しだけ間を置く。
『たぶん、君の言い方だと』
『古代人』
リョウの心臓が跳ねる。
「……やっぱりいるのか」
その存在は頷く。
『いるよ』
『ただし、あまり表には出ないけどね』
リョウが聞く。
「観測してるのか」
少しの沈黙。
そして、苦笑するように。
『ああ……あいつらはね』
“あいつら”。
その言い方に、距離を感じる。
リョウが言う。
「お前は違うのか」
その存在は少し空を見た。
『僕は……』
言葉を選ぶように。
『神にならなかった側だ』
時間が止まる。
リョウが呟く。
「……なれるのか」
その存在は、あっさりと言った。
『なれるよ』
『昔はね』
リョウの背筋が冷える。
「じゃあなんで」
その存在は笑った。
少し寂しそうに。
『なりたくなかったから』
沈黙。
焚き火の音すら聞こえない空間。
リョウが言う。
「理由は」
その存在は答えた。
『簡単だよ』
少しだけ目を伏せる。
『神は』
『苦しみを引き受ける装置だから』
リョウの息が止まる。
その言葉は。
あまりにも、重い。
『世界の不幸を全部背負う』
『終わりはない』
『救われもしない』
そして。
静かに言った。
『そんなものに』
『なりたいと思うか?』
リョウは答えられない。
言葉が出ない。
その存在は続ける。
『だから僕らは逃げた』
『人間でいることを選んだ』
少しだけ笑う。
『臆病だろ?』
リョウは首を振る。
「……普通だ」
その存在は少し驚いたように見えた。
そして、優しく笑う。
『君は優しいね』
リョウは顔をしかめる。
「そんなことはない」
その存在は話題を変えた。
『それで』
『君はどうする?』
リョウが聞く。
「何を」
その存在は言った。
『神になるのか』
空気が凍る。
『それとも』
『終わらせるのか』
沈黙。
長い、長い沈黙。
リョウは拳を握る。
頭の中に浮かぶ。
神祀庁の男。
試作神。
壊れていく神たち。
そして。
サクヤ。
「……俺は」
言葉が出ない。
その存在は、急かさない。
ただ、待っている。
リョウはやっと言った。
「……まだ分からない」
正直な答えだった。
その存在は頷いた。
『それでいい』
そして。
少しだけ真剣な声で言う。
『でも一つだけ覚えておいて』
リョウが顔を上げる。
その存在は言った。
『あの観測者たちは』
『何もしない』
静かに。
はっきりと。
『どれだけ人が死んでも』
『世界が壊れても』
『ただ見ている』
リョウの拳が震える。
『だから』
少しだけ優しく。
『選ぶのは、君たちだ』
光が揺れる。
空間が崩れ始める。
その存在は最後に笑った。
『ああ、それと』
リョウが見る。
『その子』
核の方を指す。
『まだ“目”でしかない』
一瞬の間。
『いずれ“手”になる』
リョウの背筋が凍る。
「……どういう意味だ」
だが。
もう遅い。
視界が白に飲まれる。
現実に戻る。
リョウは息を切らしていた。
「……はぁ……」
サクヤが見ている。
「今度は何だ」
リョウは核を見る。
小さな光。
だが今は。
はっきりと感じる。
「……二種類いる」
サクヤが聞く。
「何が」
リョウは答えた。
「古代人」
焚き火が揺れる。
「観測するだけのやつと」
少し間を置く。
「関わろうとするやつ」
サクヤは短く言った。
「面倒だな」
リョウは苦笑する。
「本当にな」
だが。
視線は核に向いている。
「……“手”になる、か」
その言葉の意味を。
まだ誰も知らない。
夜は、静かに更けていく。




