第10話 神のいない祠
森を出る頃には、空が夕焼けに染まっていた。
倒れた木々の向こうに、街の屋根が見える。
リョウは大きく伸びをした。
「はぁ……」
「今日だけで人生三回分くらい疲れた」
サクヤは黙って歩いている。
服はボロボロだが、足取りは変わらない。
リョウが横に並ぶ。
「怪我大丈夫?」
「問題ない」
「血出てたけど」
「問題ない」
リョウは苦笑した。
「頑丈すぎるだろ」
少し歩いてから、彼は空を見上げた。
黒い雲のようなものが、ゆっくり流れている。
災気。
さっきより薄いが、まだ濃い。
「……サクヤ」
「何だ」
「神ってさ」
少し考えてから言う。
「ずっと祠にいるの?」
サクヤは頷いた。
「基本はそうだ」
「街に一つ」
「村にも一つ」
「災気を吸う」
リョウは呟く。
「……バケツみたいだな」
サクヤがちらりと見る。
「何の」
「災気を溜めるバケツ」
リョウは手で大きさを示した。
「でもさ」
「世界は広い」
「人間も多い」
「なのに」
空を指差す。
「神はそんなに多くない」
サクヤが言う。
「だから神堕ちする」
「そう」
リョウは頷いた。
「でもさ」
「もっと変なことがある」
サクヤが止まる。
「何だ」
リョウは言った。
「神が壊れすぎてる」
風が吹く。
街の門が見えてきた。
リョウは続ける。
「さっきの神祀庁の男」
「災気が増えたって言ってた」
サクヤが答える。
「人間が増えた」
「うん」
「でも」
リョウは首を振る。
「それだけじゃない」
サクヤの目が細くなる。
「どういう意味だ」
リョウは言った。
「災気ってさ」
「人の感情だけじゃない」
「不幸」
「災害」
「絶望」
「死」
一つずつ数える。
「つまり」
「世界の歪み」
サクヤは黙って聞いている。
リョウは森の方を振り返った。
「なのに」
「最近いきなり増えてる」
サクヤが聞く。
「理由は」
リョウは首を振る。
「わからない」
「でも」
空を見る。
「流れが変」
サクヤは短く言った。
「誰かが増やしてる?」
リョウは少し考えた。
「……かもしれない」
その時。
街の門の前で、人だかりができていた。
ざわざわと騒いでいる。
サクヤが眉をひそめる。
「何だ」
近づくと、兵士が門を閉めていた。
「通行止めだ!」
「街には入れない!」
人々が騒ぐ。
「どうしてだ!」
「中に家族がいるんだぞ!」
リョウが小声で言う。
「嫌な予感」
サクヤは兵士に聞いた。
「何があった」
兵士はサクヤの刀を見ると顔色を変えた。
「神喰らい様……!」
そして声を潜めて言う。
「祠です」
サクヤの目が動く。
「またか」
兵士は震えながら言った。
「違います」
「祠の神が」
「……消えました」
一瞬、風が止まった。
リョウが言う。
「消えた?」
兵士は頷く。
「祠はあるんです」
「でも」
「神がいない」
サクヤの表情が初めて変わった。
「……ありえない」
リョウも固まっている。
「神って」
「勝手にいなくなるの?」
兵士は首を振る。
「わかりません」
「でも」
声が震える。
「神がいなくなった瞬間」
「街の中で」
「災気が一気に増えました」
門の向こうの街を見る。
空気が黒く濁っている。
サクヤが刀を握る。
「神がいない祠」
リョウが呟く。
「……そんなこと」
そして。
胸の奥がざわつく。
嫌な記憶が、かすかに浮かぶ。
神。
祠。
そして。
回収。
リョウの目が見開かれる。
「……まさか」
サクヤが聞く。
「何だ」
リョウはゆっくり言った。
「神祀庁」
街の祠を見る。
「神を集めてる」
サクヤの目が鋭くなる。
兵士が震える声で言う。
「街の中」
「もう何体か神堕ちが出ています」
門の向こうから。
遠くで悲鳴が聞こえた。
リョウが言う。
「……始まってる」
サクヤは刀を抜いた。
キィン。
「行くぞ」
兵士が慌てる。
「危険です!」
サクヤは言った。
「知ってる」
そして門を越える。
街の中へ。
リョウも走った。
「ちょっと待って!」
空は黒い災気で覆われている。
祠から神が消えた街。
そこはすでに――
神堕ちの巣になり始めていた。




