第9話
海。
さざ波にかき消されては、またやってくる砂。
溢れているのに、掴むことができない輝きが、僕の顔を映した。
ひどい顔。自分よがりで固められた、脆弱な鎧の中には、誰かの目を恐れて、誰かの目を期待する、矛盾だらけの妖怪が震えていたんだ。
僕は、何がしたかったんだっけ。
僕は、何に――
「斗真くんっ!」
「――っ」
祈るような悲鳴で目を覚ます。いつの間にか雨は止んでいて、空には星が浮かんでいた。
「僕……どうしてたの?」
「あのあと……倒れちゃったみたい」
気まずそうに目をそらすと、彼女はスカートの裾をギュッと握りながら教えてくれる。
雨一つかかっていないその姿のせいで、なぜだか悲しく見えてしまう。どうにかして気付かないふりをしてる、なにかの蓋が開きそうな、そんな気がしてしまったから。
風が一筋、吹き抜けていく。朱莉の髪を、サラサラとなびかせていた。
服が水を吸いすぎて気持ち悪い。でも、これ以上無様にはならないと思うと、途端に気が抜けてしまった。
「僕……夢見てた」
「そっか」
「海。真っ暗な海に、一人で揺られてたんだ」
「うん」
「だけど、それも良いかもって思った」
パチンッ――
遠くで鈍い音がした気がして、頬が熱くなって初めて、叩かれたんだと気づく。
「海は、怖いよ」
彼女は、朱莉は、泣いていた。
僕に怒るとかじゃなくて、昔から今、その先さえも見据えるように、とめどなく涙を流し続けている。
「ずっと一人ぼっち。聞こえるのは自分を責める言葉だけ。好きな人に会うことはできないし、約束すら守れない」
「朱莉……」
朱莉の涙が、アスファルトに落ちた。
その滴は、何もなかったみたいに、痕一つ残さない。
「斗真くん。海は、そういう場所」
海に行っても、助けられることはない。それが僕の首を締め付ける。どれだけ苦しくても、僕には、もがくことしかできないんだ。
うなだれる僕を見て、彼女は少しだけ笑った。
「それにね、海から見たここは、すごく綺麗なんだよ」
「……」
嫌だ。
直感的に、そう思う。これ以上聞いたら、きっと君は僕のそばにいてくれない。そんな気がしてしまう。だけど、それと同じくらい聞きたかった。君の声を。
「斗真くん」
「うん」
「最後のお願い」
言わないで。
言って。
矛盾ばっかりの言葉が、無機質なビルの間を駆け巡る。
びしょ濡れの僕と、まっさらな君。
お互い、筋の通った生き方じゃないのかもしれない。だけど、真っ暗な空の下で、震える妖怪が二人なら。
「海に行こ」
「――うん」
よろよろと立ち上がる。そして、僕らは確かに、自分の足で歩き出した。




