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その光が落ちるまでは、隣りにいてください  作者: レンジ


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10/11

第10話

 「九百八十円になります」




 生ぬるい夜風が服をあらかた乾かした頃、僕はコンビニで花火を買った。


 朱莉がしたいこと。二人で、花火をすること。




 「買ってきたよ」


 「ありがとう」




 いつの間にかバケツを持っていた彼女を見て、肩から力が抜ける。


 ここには居場所があるって。そう思えたから。




 「海までどれくらい?」


 「多分歩いて一時間」


 「じゃあ歩こっか」


 「うん」




 でも、この居場所が、特別なんて言葉では足りないくらいの奇跡なんだって、そんなこと、もしかしたらずっと前から気付いてたのかもしれない。それでも鈍感なふりをしたのは、自分を守るためだった。




 中途半端な月がもうすぐ、夜空のてっぺんに上がってくる。隣り合って歩く僕らの手は淡い月明かりに照らされて、当たっては離れて、離れては当たっていた。


 言葉で交わすこと。交わさないこと。


 小さな光が明かした、僕らの心は裸だった。だけど、それで良かった。それが良かった。本心をもとめて、互いに絡まり合っていく。


  


 「朱莉」


 「何?」


 「会いに来てくれて、ありがとう」


 「やめてよ」




 冷たい手で僕の肘を小突く。だけどその体は震えていた。




 「帰りたく、なくなるじゃん」


 「帰らないでよ。……ずっと、僕のとこにいてよ」




 それから、二人は黙った。


 遠くで、救急車のサイレンが鳴り響いている。慌ただしい世界で、僕らだけ切り離されたみたいだった。


 


 「あ……」


 「海だ」




 気がつけば、真っ黒な波が、何重にもなって押し寄せては、音を立てて引いていた。底がなくて、落ちたらきっと這い上がれない。でも、不思議と怖くはなかった。いつかは誰もが帰る場所。そう考えると、案外悪くないのかもしれない。




 「じゃあ、しよっか」 


 「うん」




 マッチを擦ると、温かい光が彼女を照らす。悲しいくらい、生き生きとしていた。朱莉の頬はピンク色に染まり、髪の毛は乱れている。その時初めて、ちゃんと朱莉を見た気がする。


 


 「そうだ……写真、撮る?」


 「あー……」




 ちらりとポケットを見て、それから朱莉は、小さく首を横に振った。月明かりが、ずっと変わらない彼女の輪郭をぼんやりと描いている。




 「大丈夫。今、見るから」




 その声はどこまでも澄んでいて、僕の心の奥底まで染み込んでいく。その温かさで、凍りついていた想いがようやく溶け出した。




 「朱莉は……楽しかった?」


 「うん」


 「本当に……帰るの?」




 彼女は答えなかった。その代わり、煙の香りを上げて、色とりどりの灯りをともす。


 しゃがんだ僕らの、小さな影が落ちてる。その影を見るのが好きだった。僕たちは、まだこの世界にいるんだって安心できたから。


 


 きれいなローファーは砂で汚れた。


 新品みたいな制服も、いつの間にか襟が折れていた。


 だけど、僕たちは確かに、そこにいた。




 「斗真くん」


 


 声が出ない、今出せばきっと、色んなものが溢れてくる。それに、ずっと一緒にいた、大切な人とは、言葉がなくてもきっと通じ合えるはずだから。この先もずっと。




 「気付いたら、ここにいたの」 


 「……」


 「それでね、気付いたら、帰らないとってわかった」




 一つ目の光が落ちる。今度は、僕が灯す。




 「神様がいたら、ひどいよって言いたいよね。まだまだ時間欲しいのにって。……でもね」




 赤い光が、彼女の瞳を照らしていた。そこからは、一筋の光が落ちていく。どんな光よりも、きれいな輝きで。




 「でも、どんなに長くたって、結局短いって。そう思うんだよ、きっと」


 「朱莉……」


  


 やっとでてきた声は、みっともなく震えてて、多分このまま最後までカッコつけられないだって悟る。




 「だから、斗真くんには……バッドエンドで終わってほしくない。あなたが主人公の物語を」




 僕が、主人公の物語。


 それは、エキストラはおろか、照明も足りてないような崖っぷちの世界なんだと思う。


 それに――




 「ハッピーエンドには……朱莉がいないと、違うじゃん」




 最後まで、困らせたいわけじゃなかったのに。一度こぼれたら後は広がっていくことしかできない。それなのに、うまく言葉にすら出せなくて、ただ咽び泣くことしかできなかった。


 


 「できるよ。だから、次会ったら――」




 朱莉は、真っ赤な目で太陽みたいな笑顔を浮かべていた。


 海の音が、強く聞こえる。それに負けないくらい、大きな声で彼女は言った。




 「結婚……じゃなくて……付き合って!私と!」




 驚いて目を見開く僕をからかうように笑いながら付け加える。




 「それで、おみやげ話いっぱい聞かせてね」




 出ろ。声、出ろよ。


 だけど、どう頑張っても弱っちい僕じゃ、ありがとうの一つも言葉にできない。


 ならせめて、伝えないと。


 奥歯を噛みしめる。そして、精一杯の笑顔で、空に向かって震える親指を突き立てた。




✯――――❂――――✯




 真っ暗な岸辺で、パチパチと火花が踊る。




 ねえ、朱莉。


 僕たち、幸せだったよね。




 光は、バケツの中いっぱいに輝いてる。




 でも僕たち、辛かったね。




 やがて光は、バケツの底に消えていった。


 何も見えない、真っ暗な底へ。




 さようなら。


 朱莉。




 最後の花火をバケツに沈めると、さっきまでのまぶしさが嘘みたいに思える。




 だけど、嘘じゃない。


 嘘にしたくない。




 君との、この光だけは。

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