第7話
「斗真くん?」
「あ、うん」
思い出すと、聞きたいことはたくさんある。どうして朱莉はそんなにアイドル好きなのとか、ライブいけないくらいで普通泣くとか。
でも、それ全部が今はどうでもよくて、眼の前で君が笑ってくれてることが何よりも嬉しい。
あの頃からずっと、君の笑顔になりたかったから。
二人ならんだ傘が、あの日入ることも叶わなかった門をくぐる。雨のせいで人はまばらで、道端には大きな水たまりもあった。
「今日ね、あの時からちょうど五年なんだよ」
「そうなんだ。じゃあ、ライブやってるかな?」
「やってると良いね」
大きな欅を超えて、その先を曲がると、あの時のライブ会場がある。確か、昴さんも、ここらへんでライブをしたんだっけ。キラキラしたアイドルのあの人も、初めは小さなステージから始まったのか。
なら、僕にだって……。
「ねえ」
「ん?」
我に返ると、朱莉が僕の袖を引っ張っていた。
同じくらいだった背丈は、いつの間にかつむじが見えるようになっていて、少しだけドキッとする。
「これ見て」
「え?……ああ……」
彼女が指さすところには、擦り切れた看板が立ってあった。
『イベント特設ステージ移転のお知らせ』
剥げたペンキのところに、雨水が染み込んで滲ませる。
いつ、移転したんだろう?そう口にしたいのに、どうしても声にならない。
恐る恐る、彼女を覗き込む。朱莉は、笑っていた。何かが吹っ切れたような、爽やかな笑みを浮かべて。
「そっか。そうだよね」
「もう五年だからね」
彼女は笑顔のままで首を横に振る。
「まだ、五年だよ」
透明な傘を、一筋の滴がつたる。そしてそれは、静かに雨に紛れていった。
✯――――❂――――✯
雨音に身を委ねて、もう何分経ったんだろう。
滲んだところからうっすら鮮やかになる看板に背を向けて、僕らはもと来た道を歩き始める。駅は相変わらず賑わっていて、ここでも五年の大きさを感じてしまう。でも、朱莉は言ったんだ。
―まだ、五年だよ―
どうせ平等に過ぎ去るのなら、長く楽しめってことなのかな。すぐ隣の華奢な肩をちらりと見るけど、答えは見つからない。見つからないから、自由に答えられる。
「朱莉」
「なに?」
振り返った彼女の髪は、綺麗な弧を描いて宙に舞い、いつものように真っ直ぐと降りていく。湿り気一つ感じさせないその髪で、夏の香りと一緒に甘酸っぱさを振りまきながら、朱莉は不思議そうに僕の目を見た。
吸い込まれそうなくらい綺麗な眼差し。それに応えたくて、精一杯の笑顔で伝える。
「写真、撮ってよ」
しばらく、朱莉は動かなかった。口を少しだけ開いて、驚いたように目を見開く。そして、こぼれ落ちそうな笑みを浮かべると、ポケットからいつものカメラを取り出した。
「びっくりしちゃった。斗真くんから写真撮らせてくれるなんて」
「別にいいでしょ……朱莉に、撮ってもらいたいだけ」
見てほしい。ほんの少しだけど、成長した僕を。
伝えたい。溢れてくるこの、愛しい想いを。
「だから、写真撮って」
朱莉は伏し目がちに俯いて頷くと、少し後ろからカメラを向けた。
未だに慣れない、シャッターの奥。その先で、僕を待ってくれてる人は、いるのかな。
「いくよ。はい、チーズ」
でも、いるんだよね。こんな僕でも、アイドルだって言ってくれてる人が。その人のために、僕はもっと――。
「斗真?」




