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その光が落ちるまでは、隣りにいてください  作者: レンジ


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6/11

第6話

 雲が太陽を隠し始めて、電車が着く頃には、雨がアスファルトを叩き始めていた。




 「朝晴れてたのにな……」


 「うん……傘持ってきて正解だったね」




 それでも夏休みの駅前は、色とりどりの傘と沢山の人が歩いている。僕たちは透明の傘を開いてその群衆に紛れた。




 「それで、朱莉が行きたいところって?」


 「それはねぇ……着くまで楽しみにしてて」


 「何だよそれ」




 思わず笑ってしまったけど、確かに知らないほうがずっと楽しみになるかもしれない。


 結末を知ってからそこに向かうのは、目を背けたくなるくらい辛いときだってあるだろうから。




 「斗真くん」


 「ん?」




 彼女は目を輝かせながら指さしている。その先を見て、思わずあっと声が漏れた。




 「ここって……」


 「うん。斗真くんと、私の大事な場所」


 「そう……だったね」




 すっかり忘れてた。


 どうして忘れてたんだろう?




 


 あの時から、僕は――




✯――――❂――――✯




 「斗真くん!」


 「何?」




 中学校に入って数ヶ月、大人に近づいた喜びよりも、小学生の自由さを羨ましく思っていた頃だった。


 僕の部屋に勢いよく飛び込んだ朱莉は、眼鏡の奥の瞳をキラキラ輝かせて、一枚のポスターを見せつける。




 「『向日葵ライブフェス』だって。今日あるらしいよ」


 「そうなんだ。良かったじゃん」 


 「良かったじゃん、じゃないよ!一緒に行こうよ、どうせ夏休み暇でしょ?」


 「嫌だよ。俺アイドルとか興味ないし」


 


 小さい頃から、朱莉はアイドルが大好きだった。




 ――この子はサイリウムカラーが青と紫。家族で決めたんだって!


 ――この曲はね、最初のセンターのサイリウムカラーを、ずっと引き継いでるんだよ。だから、いっつも緑一色の景色なんだ。


 ――この四人すっごく仲良くて、一緒に旅行するくらいなんだよ!




 ひとつ結びの髪を踊らせながら、弾けるような笑顔で語る朱莉のことが、僕は昔から好きだった。アイドルのことを話すときの彼女は、誰よりも輝いているって思ってたんだ。


 僕がノロノロとカバンを取り出すと、朱莉は意外そうに目を丸くする。


 


 「なんだ、来てくれるの?」 


 「ついてくだけだよ。それに、どうせ行くまで粘るでしょ」 


 「まあね」




 彼女は、太陽みたいに明るい光を溢れさせて、目をクシャッとしている。僕もつられて、口を大きく開いていた。




 家を出ると、並んで同じ歩幅で駅に向かう。


 遅れないように、急がないように。


 むかむかする夏の暑さも気にせずに、いつの間にか僕らは駅についていた。




 「斗真くんもアイドルになれば良いのに」


 「無理だよ僕は。根暗だし、かっこよくないもん」


 「ほらまたそうやって……かっこいいと思うけど」 


 「そんなの言うの朱莉くらいだよ……」




 電車の中での、他愛のない会話。


 雨が降り出していることに気がついたのは、見慣れない駅の改札を抜けたときだった。




 「雨だね……傘ある?」 


 「ない……朝晴れてたから……」


 「私も」




 お金も全然持ってきてなかったから、コンビニで傘も買えない。


 何もできないまま、ただ他人の傘を眺めるしかなかった。




 「雨、強くなってきたね」


 「うん。ライブやるのかな」


 「どうだろ」




 雨脚は強くなる一方で、僕たちはただ、そこにしゃがみ込むことしかできなかった。電車が一本、また一本と過ぎ去っていく。


 肩に、甘い香りが広がる。朱莉の髪はサラサラで、僕の肩から胸へと流れていった。




 「ライブ、終わったのかな」


 「わからない」


 「行きたかった」


 「そっか」




 気の利いた言葉なんて、何も思いつかない。ただ、肩を貸すことしか僕にはできなかった。


 行き交う人たちが、しゃがみ込んでる僕らを不思議そうに見る。空は一層暗くなって、気づけば改札には僕ら二人だけが取り残されていた。


 


 「……帰る?」


 「うん……」




 朱莉は、頬を思い切りあげている。


 違う。


 そんな無理やりの笑顔を、君にしてほしくない。




 「朱莉!」


 


 改札の階段を上って、小さな踊り場に立つ。はね返った雨が少しだけ当たるのが、なんだか不思議な気分だった。


 少しだけ、彼女の肩が揺れる。ゆっくりと僕の方を見上げた眼差しには、戸惑いと悲しみ。それに少しだけの期待がにじんでた。




 「えーっと……んん!その、大切な朱莉ちゃんのために、アイドルの斗真が歌います!」


 「へっ!?何言って……」




 彼女の声が途切れる前に、大きく息を吸い込む。ここで迷ったら、きっと歌うことなんてできない。吸った息を、この想いを精一杯紡ぎ出す。僕なりの音楽に乗せて。




 ――ねぇ、朱莉。僕は弱くて、すぐ迷子になるかもしれない。


 ――でも、絶対に君のこと見つけるから。




 無我夢中に歌って、最後の歌詞を言葉にしたとき、一気に恥ずかしさが押し寄せた。




 「えっと……どうだった?」


 「どうって……」




 彼女は、真顔だったのが、少しずつ頬を膨らまして、やがて我慢できなくなったように吹き出すと大声で笑い始めた。




 「ちょっ!笑うとこなんて……」


 「びっくりしたよ!だって斗真くん急に歌いだすんだもん」




 雨も吹き飛ばすんじゃないかってくらい笑ってる。それだけで、こんなに嬉しいなんて知らなかった。




 「それに雨で濡れてるし」


 「なんだよ……駄目だった?」




 雨音が反響して、二人だけの空間に閉じ込められたみたいだ。僕は手をせわしなく組み替えながら、朱莉の瞳を見つめる。そこにはもう、悲しさはなくて、代わりに溢れるくらいの光が灯っていた。


 彼女は、ゆっくりと瞬きをして、その後、勢いよく立ち上がる。




 「私アイドル大好きなんだよ?当然目も肥えてるから」


 「そっか……」




 だけど、彼女は笑顔のまま僕の方に来て、そしてこの手をギュッと握っていた。未だに震えてる、ちっぽけな勇気しか掴めない、この手を。、




 「だから、もっと見たい」


 「――!」




 朱莉は、手に力を込めて、紅潮したまま言った。




 「斗真くんの歌を、何度だって聴きたい。あなたの、ファンとして!」


 「それって……僕の歌、良かったってこと?」




 震える声でそう聞くと、彼女は僕を見上げて、意地悪な笑みを浮かべる。




 「どうだろ?スキルとかだと絶対K-POPのほうがあるし、ファンサだってJ-POPくらい熱くなかったからね」


 「なんだよ、結局実力ないんじゃ……」


 「だけど、斗真くんの歌は、もっと聴きたくなった。もっと、斗真くんのこと知りたくなった」




 朱莉は、気恥ずかしそうに改札の電光を眺めて、だけどはっきりと言った。




 「斗真くんは、アイドルだよ」




 駅には、僕たちしかいない。駅員さんすら、そこにはいなかった。


 でも、僕には――僕らには、確かに見えていた。


 この先出会う、数え切れない笑顔と、幸せが。

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