第5話
「――きて……起きて!斗真くん」
「んん……まだ寝る……」
「斗真!いい加減起きなさい!」
「んん……まだいいじゃん……」
遠くからお母さんの声が聞こえる。それに、もう一つ。暖かくて、優しい声も……。
「斗真くん起きてよ!」
「んん……んにゃ? ――っんにゃかり!?」
「あんた何してんの!さっさと朝ごはん食べなさい!」
「う、うん……」
お母さんはいつも通り、忙しそうに台所へ向かってしまう。残されたのは、いつものようにきれいな制服を着た朱莉と、あまりにも無防備な僕だけだった。
一気に頭が冴えてきて、部屋中に温かい味噌汁や、香ばしい卵焼きの香りが漂っていることに気づいた。
「斗真くん、早起きしないと長生きできないよ」
「別にそんな事ないでしょ……ってか、なんで朱莉がここにいるの?」
チラリと朱莉のことを見てみる。
おろした時につく、制服のシワは相変わらずで、リボンも綺麗につけられてる。少しだけ短く折ったスカートからは、ゆりのように白くて綺麗な膝が見えていて、少しだけ僕の布団を踏んでいる。きっと思った何倍も滑らかで……
「――っ……っかり!ちょっとあっち行って!……ほしいかも」
「えっ?……あっ……ごめん!」
急いで離れていく朱莉を、なぜだか名残惜しく思ってしまう。彼女の足音が聞こえなくなってから、思い切り自分の頬を叩いてみる。
「……いたっ」
頬には、確かに痛みが走る。でも、それじゃ隠しきれないくらい熱かった。
友達を見て、ドキドキするとか、最低だよな……。でも……ちょっとだけなら……。
「ん……うあぁぁああああああ!」
「斗真!」
「斗真くん!?」
「今はだめ!」
うん……今はだめ、絶対に。
✯――――❂――――✯
「斗真くんもう大丈夫なの?」
「はい……お騒がせしました……」
お母さんは仕事に行って、今は向かいの席に座ってる朱莉と二人きり。
着替えたばかりの服はまだひんやりしていて、心地良いけどどこかむず痒い。
「ねえさっき……」
「ええっと!朱莉!……おはよう」
彼女は耐えられないように口元を震わせて、やがて白い歯を惜しげもなく見せて笑い始めた。
朱莉が笑うと、温かくなる。穏やかな風が、部屋いっぱいに広がっていくみたいだ。
「あっ、そうだ。なんで朝からうちに来たの?」
「なんでって……」
彼女は、照れくさそうに目線をそらして、だけどやっぱりもう一回僕の顔を見る。頬は赤らめてて、真っ白な雪の下から、桃色の花が咲いたみたいだ。
「言ったでしょ?今日も明日も、斗真くんに会えるって」
――可愛い。
心のなかに隠していた何かが、一気に溢れた気がした。
可愛い可愛い可愛い。
真っ直ぐ伸びる黒髪も透き通るような大きい瞳も、顎に添えた小さな手さえも可愛い。
朱莉ってこんなに可愛かったっけ?
「斗真くん?」
「……」
「ねえ、とう――」
「朱莉」
朱莉の目を見る。朱莉も、僕の目を見ていた。
この瞳の前で、嘘なんてつけない。つきたくない。
「ありがと」
「えっ?なにそれ」
彼女は、笑いながら立ち上がって背を向ける。その先には、窓から青い空が広がっていた。
「私こそ、ありがとう」
「そっちこそなんだよそれ」
お互いの笑い声が部屋に響く。ご飯の香りは、まだほんの少しだけ残っていた。




