第3話
「ふうー。涼しいね」
「うん。ここらへん初めて来たかも」
駅の近くだから、行こうと思ったらいつでも行けた、どこにでもあるカフェ。そこが、こんなに涼しくて、落ち着いた音楽が流れてるなんて知らなかった。
「それでさ……どうして後ろ乗れとか言ったの?」
「いや……いいじゃんそれはもう……」
「えー。気になるよ」
向かい合わせの小さな机に座ると、早速朱莉は顔を近づけて尋ねてくる。その仕草にはどこかいたずらっぽさがあって、気をつけないとうっかり、思いっきり頭を撫でたくなってしまう。
「……ほんと、そういう所あるから後ろ乗せたくなったんだよ」
「だから何が?」
朱莉はまだまだ気になっているみたいだったけど、ちょうどそこで飲み物が置かれた。
「うわぁ……なにそれ?」
「えっと……キャラメルラテ」
「ふーん。斗真くん甘党なんだ」
「まあ、昔っから変わんないだけだよ」
「うん」
朱莉は、いつものように、宝石みたいな目を細めると、ポツリと言った。
「よかった。変わってなくて」
どう答えたら良いのかわからなくて、目をそらしてストローに口をつける。
――カシャッ
「……っな、だから写真撮るときは……」
「ごめんごめん。だけど……」
朱莉は、ちっとも悪びれずに笑いながら、傷だらけのカメラを眺めて言う。
「今の斗真くん、すごくかっこよかったよ」
「……やめてよ。困るじゃん」
どう反応したら良いのかわからない。「かっこいい」って、その一言で、無意識に先輩や後輩、学校の人まで引き合いに出して劣等感に駆られてしまう。それなのに朱莉に言われるとどうしてだろう、誰かと比べるんじゃなくて、僕自身に言ってくれてるんだって直球で伝わってくる。等身大の思いが、そのままぶつかってくるみたいな感じで、むず痒いのに、ずっと抱えていたいくらい嬉しい。
「朱莉は何か飲まないの?」
「私はお金ないし、それにダイエット中だから」
「そっか。無理すんなよ」
冷たいラテを一気に吸うと、口いっぱいに甘い香りとキャラメルのコクが広がっていく。今度はちゃんとカメラを見て、思いっきり笑顔を浮かべてみる。
カシャッ カシャッ
「うん。すごく良いよ」
「そっか」
それをどう使うとか、逆にネットにはあげないでとか、そんなのを言う気にはならない。言わなくて良いような気がする。
喉を冷たさが通るたびに、さっきまでのうだるような暑さが消えていく。それが、生まれ変わったみたいに爽快だった。
「朱莉はいつまでこっちにいるの?」
「うーん、夏休みが終わる頃には戻らないとだから……あと一週間くらい?」
「そっか。いつか、おばさんたちにも挨拶行っときたいから、また伝えといてよ」
「うーん……難しいかも、二人とも忙しいみたいだから」
「あー……そっか。ありがと」
しばらくの間、沈黙が続く。
店内に流れる、オルゴールの音が、やけに大きく聞こえた。
ちょっと前にヒットした曲ばかりで、ここも時間がその時に止まっているみたいだ。そんなこと考えると、なぜだか笑えてきてしまった。
「何笑ってるの?」
「何でも」
「ふーん」
彼女は、目を細めて笑っていた。
そのまつ毛は、触れてみたくなるくらい長くてきれいで、こっちまで笑顔になってしまう。
向かい側の窓から西日が差して、彼女の髪がオレンジ色に染まると、不意に、この時間もずっと止まってしまえばいいのにと思ってしまった。
朱莉と一緒にいる。ただ、それだけで。




