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仏様からの贈り物③

 桜子が二度目の結婚相手と出会ったのは父が事故に遭う数か月まえ、高校の同窓会でのことだった。結婚するまでは毎年顔を出していたのだが、結婚を機に地元を離れてからの約五年間は(とはいっても住んでいたのは川向うだったが)一度も参加できていなかったので、その日の彼女が普段よりも浮かれていることは着ていた花柄のワンピースが物語っていた。何せ一度目の結婚相手と中学の同窓会で出会ったとき、彼女が着ていたのはその花柄のワンピースだったから。

 学生時代に話した記憶もなかったし、顔を見ても誰だかまるでわからなかったが、「そういえば後上んちって花屋だったよな?」とそのワンピースを見た彼が思い出したように言ったことから会話が始まり、そのまま酔った勢いで一夜を共にして結婚まで発展した経験が、今もなお桜子の記憶にははっきりと残っていた。その結婚が終わりを告げてから数年が経過し、そろそろ新たな恋をしてもいいころだと彼女の本能が訴えていたかどうかはさておき、少なくとも五年ぶりの同窓会でウッチーと再会した桜子は、花柄のワンピースを選んだことを間違いではなかったと思った。

 ウッチーこと内山田守は高校三年生のときの同級生で、当時の彼女の彼氏だった。面長のサラサラヘアーでいかにも優男といった風貌は当時から女子の間では人気で、高校時代に付き合った彼女の数は数知れず、桜子もまたそのうちの一人に過ぎず、交際は彼が大学に進学するまでとその付き合いは一年にも満たなかったが、数十年ぶりに再会を果たした元恋人同士が、昔話に花を咲かせるには丁度良かった。そこに多少の思い込みや誇張があったとしても、四十代ともなるとありのままの過去を曝け出すよりそのほうが気が楽だったし、桜子のように一度ならまだしも三度の離婚を経験している内山田にしてみれば尚更。結婚した三人とも元彼女という筋金入りの焼けぼっくいに火が付きやすいタイプで、偶然元カノと出会う度に運命を感じては離婚と結婚を繰り返してきた彼だったが、幸か不幸か子どもを作る能力だけは欠落していて、それが原因で三度目の離婚に至った。

 三度目の離婚を機に彼は勤めていた商社を辞め、実家の牧場を継いだ元同僚を頼って北

へと向かった。縁も所縁もない土地まで行けば、もう偶然誰かと出会って運命なんてもの

を感じることもないと思っての行動だった。もともと友達付き合いが多いほうではなかっ

たし、大学に進学してからは地元の連中と連絡をとるようなこともなかったので、違くに

越してしまった彼を探し出して同窓会に誘うような稀有な同級生は当然いなかった。

 しかし運命は内山田を見放さなかった。母親が脳梗塞で緊急搬送されたと父親から連絡をもらった彼は慌てて上京し、母が運びこまれた地元の大川病院を見舞ったのだが、その際に同じ病院に母親が入院していた同級生の井出達夫と偶然再会したのだ。

 病院の喫煙所で「もしかしてウッチーじゃねえ?」と声をかけてきた井出は煙草を吸っては「いやぁ、マジで懐かしいわ」と頻りに言ってくるわ、高校時代は内山田君としか呼んだことがなかったくせにウッチーウッチーと馴れ馴れしく呼ぶわと、三年間同じクラスで席が近かっただけとは思えないほどのグイグイさで内山田に話しかけてきた。正直その感じはウザかったし、母の病状のことでヤキモキしていた彼にはその軽さが癪に触って仕方がなかったのだが、そんな内山田の内心など知る由もない井出は立て続けに煙草を吸いまくり(実際はふかしているだけだったが)、自分の母親が骨折した経緯をしゃべくりまくり(駅の階段で躍いただけだったが)、内山田の母親の病状を聞いてようやく落ち着いた。急に井出が黙ったもんだから喫煙所内はしんと静まり返り、その静寂に耐えかねたように井出は「そういえば今夜同窓会があんだよ」と内山田に言った。

「お袋さんがそういう状況だからなんともいえねえけど」と井出はとってつけたように言葉を続けた。「でも、そういうときだからこそ良い気分転換になるかもしんねえからさ。良かったらどうだ?」 

 こうして内山田の運命は再び動き出した。特別仲が良かったわけでもない、一人の同

生との偶然の再会によって。井出とはその後も連絡を取り合うことになったし(半ば強引

に連絡先を交換させられたから)、内山田の生涯において数少ない友人の一人として名を連

ねることになるとは、そのときはまだ彼自身も思っていなかったが、桜子との出会いのき

っかけを作ったことを思えば、その時点で井出は内山田の人生にとってキーパーソンだっ

たことは否定できない。二人のささやかな結婚パーティーのとき、そこにいた同級生の誰

もがなぜ井出がいるのか首を傾げてはいたが。

 そういった経緯があって内山田が同窓会に来たことを桜子はもちろん知らなかったけど、 彼女と再会して焼けぼっくいに火が付いた内山田と同じように、偶然と運命を信じる桜子の頭の中では、内山田と話しているうちに妄想が肥大化していった。まだ付き合ってもいないのに、いずれまた自分が地元を離れることになると思っていたが、そのことで彼

女が結婚を躊躇する理由にはならなかったし、どうせいつかは弟が「花大」の跡を継いで実家に戻ってくると思うと、母親のことを心配する必要もなかった。まさか富田優の魔の手が後上家に追っているとは知る由もなかったから。距離が距離なだけになかなか実家に顔を出すことができなかった彼女が、実家を売ったことや(弟の言い分は老化のためだ

った)「花大」を廃業したこと(弟の言い分は採算が合わないためだった)、それに母が大

川マンションで一人暮らしを始めたことを(弟の言い分は実家を売ったお金で買える近所

の手ごろなマンションがここだけだったからだった)、ちゃんと弟から聞いたのは(弟の言

い訳は忙しかった、その一言だけだった)すでに母親が自分の意思で過去を語れなくなってからだった。

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