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コーポレート・ダンジョン  作者: 火川蓮
第一章

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4/5

第四層 沈黙の毒霧

会議室という名の監獄を出た私を待っていたのは、静まり返ったフロアだった。

さっきまで怒声が飛び交っていた空間とは別世界。


――音がない。

だが、何もないわけではない。

じっとりとした何かが、空気の中に溶けている。

悪意。あるいは、監視。

呼吸が浅くなる。

ここもまた、別種の魔窟だ。


【古参の門番ガーディアンの視線】

フロアの奥。窓際の席。

そこに、その女は座っている。

勤続の長いベテラン。役職はない。だが――

この場所の“ルール”を握っている。

誰も逆らわない。

いや、逆らえない。

席に戻ろうとした、そのとき。

背中に、刺すような視線が触れた。


「……あら。会議、もう終わったの?」


柔らかい声。だが温度はない。


「効率がいいのは結構だけど。

 周りの空気も、少しは読んだ方がいいんじゃない?」


挨拶ではない。

確認でもない。

これは――牽制だ。

じわじわと削るための、一撃目。


【毒霧のトラップ:ローカルルール】

このフロアには、公式の規定とは別のルールがある。

誰も明文化しない。

だが、全員が従っている。

コピー機を使えば、予備を横に置く。

お茶は新人が用意する。

帰る前には、あの女に一声かける。

些細なことだ。

だが無視すれば、終わる。


「協調性がない」


その一言が、毒のように広がる。

気づいたときには、誰も協力しない。

情報も来ない。声もかからない。

孤立。

この会社において、それは死と同義だ。


【攻略者のデバッグ】

私は立ち止まらなかった。

席には戻らず、そのまま奥へ歩く。

逃げない。

発生源を叩く。


「――先ほどの“空気”についてですが」


女のデスクの前で、足を止める。


「どの業務プロセス、あるいは規定に抵触する可能性がありますか。

 改善のため、具体的に教えていただけると助かります」


一瞬、沈黙。


「……はあ?

そんなの、自分で考えれば分かるでしょ」


目が細くなる。


「理屈じゃないのよ」


想定通りだ。

霧が濃くなる。

だが、問題ない。


「“理屈ではない”ということは、業務効率や利益とは無関係、個人的な感覚の範囲と認識します」


言葉を重ねる。止めない。


「であれば、私は公式の業務フローを優先します。

 もし、生産性に影響が出るデータがあれば、提示をお願いします」


逃げ道は与えない。


「それまでは、このやり方を維持します」


【毒の相殺】

沈黙。

周囲の空気が、わずかに揺れる。

聞いていた連中がいる。

全員、気づいている。

――今、何が起きているのか。

女は何も言わない。

言えない。


「……勝手にすれば。可愛げのないこと」


舌打ち。

視線が外れる。

それで終わりだった。

効いたわけじゃない。

ただ、通じないと理解された。

それだけで十分だ。


【リザルト:情報の透明化】

席に戻る。

やるべきタスクを並べる。

優先順位を決める。

ここでは、善意も悪意も意味を持たない。

すべてノイズだ。

必要なのは、最短距離で進むことだけ。


第四層、突破。

だが。


帰り際、デスクに一枚のメモが置かれていた。

『本日19時より、緊急親睦会。全員参加のこと(強制ではありません)』

――来たか。

次の階層が、口を開けている。

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